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自死代行  作者: 久保谷充
第一章
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回顧録 秋

小学校最後の夏休み、俺はハルキに頼まれて、代永のヴァイオリンコンクールの伴奏をした。うちで毎日のように三人で集まって練習した日々は楽しかった。代永もハルキもよく笑ってくれた。ピアノは人に聴かせるようなものじゃないと思っていたけど、二人が喜ぶならそれでいいと思った。

でもきっと、ハルキは俺のピアノが好きじゃなかっただろうと思う。ハルキはずっと代永ばかり見ていて、俺はそれが少し寂しかった。

コンクール当日、代永の水色のドレスがスポットライトを浴びて輝いて、観客席のハルキが眩しそうにそれを見つめていたのを覚えている。俺と代永は審査員特別賞というよくわからない賞をもらった。代永は俺を名前で呼んで飛びついてきて、代永の小さい身体を受け止めながら、俺はただただハルキの視線が怖かった。

代永ではなくハルキに名前を呼んで欲しかった。けれどもうずっとハルキの声も目も冷たいままで、その冷たさを大事に持っていることしか出来なかった。


コンクールが終わって二学期が始まり、三人で過ごす機会が徐々に少なくなっていった。ある日代永が一人でうちに来て、自分のことを名前で呼んで欲しいと言った。代永の名前はハルキが大切にしているものだから、俺が勝手に呼んではいけない気がした。俺は何も言えず、それでも代永はいつものように笑っていたので、これでいいのだと思った。


冬が来てクリスマスの頃、久しぶりに三人で過ごせることになって、代永が買い物に行きたいと言い出した。電車に乗って行ったことのない街へ行って、目が回るような装飾や人波の中を歩いた。俺は二人のことを見失わないように必死で、二人が楽しそうにしていたことだけを目に焼き付けた。日が落ちて、大きなクリスマスツリーの前に着いたとき、代永がハルキと付き合うのだと教えてくれた。寄り添う二人は幸せそうに笑っていて、息が白くても少しも寒そうじゃなかった。俺はそういう映画を見ているような気持ちで、その日一緒にいられたことを良かったと思った。

年の終わりと始まりをハルキと過ごすのが俺はとても好きだったけれど、もうその時間はやってこないのだと、その数日後にわかった。


俺はピアノを弾く時間が増えた。ハルキと同じものを見ていたくて勉強もしていたけれど、それでも時間があり余ってしまい、昔を思い出してはひたすら音を奏でた。

ハルキのことを考えれば俺はいつだって幸せになれた。でもそれがいけないことなのだと俺はもうとっくにわかっていて、盗みを働く泥棒はこんな気持ちなのかもしれないと思った。ハルキをさらってどこか遠くへ行きたくなるたびにピアノを弾いた。卒業式のあの日、どうして俺はあのまま消えてしまわなかったのかと悔やむたびにピアノを弾いた。もう一度昔みたいに笑って欲しくて、それが叶わないことを確認しては、ピアノを弾いた。


冬が終わって春が来て、俺は中学生になった。代永はすっかり子供っぽい言動がなくなっていて、セーラー服を着ると別人のようだった。ハルキと代永は学校の名物カップルになって、周りより大人びて見える二人をみなが遠くから羨ましそうに見ていた。俺もそのうちの一人だった。

二人は時折うちに遊びに来たけれど、代永が以前ほどお喋りじゃなくなったせいか、俺は少し居心地が悪かった。二人は無言でも通じ合っているようで、恋人とはそういうものなのだと思い知らされるようだった。


夏の終わりのある日、代永が一人でうちにやって来た。特にいつもと変わりない様子で、ハルキがいなくなればいいのに、と言った。喧嘩したのかと聞いたが、していないと言う。俺はすっかり代永のことがわからなくて、去年のコンクールからまだ一年しか経っていないのが信じられなかった。あの夏の出来事は夢か幻だったのだろうか。


秋が来て、ハルキと揃いの学ランにもすっかり慣れた。風が気持ちよくて、俺は何となく芦川院に足を運んだ。中学に上がってから芦川院に行くのは初めてだった。

長い階段を上ると、変わらない景色が俺を出迎えた。紅葉の中で昔を懐かしんでいると、いつの間にか隣にハルキが立っていた。俺は驚いて、でもハルキが遠くを見たまま動こうとしないので、俺も黙っていた。ハルキの横顔は去年より輪郭がはっきりして大人っぽい。少し痩せたのだと気づいた。

ずいぶん長い間風の音だけが聞こえていて、俺はそろそろ帰ろうかと思ったとき、ハルキが口を開いた。片思いは辛いかと。

俺は去年のことを思い出した。ハルキが怒鳴ってうちから帰ってしまったあの日。ハルキは俺に親を求めているだけだと言っていた。俺なりに考えて、けれど親がどんなものなのかもわからず、結局考えることをやめてしまった。生まれてすぐハルキに会えるならそれは幸せだと思うけれど、なぜか俺はハルキの子供に生まれたいとは思わない。もう一度人生があったとしたら、また自分の足でハルキを探したい。何度だって、いつかの奇跡みたいな光景の中で、ハルキを好きになる。

俺が辛くないと答えると、ハルキの顔は能面のようになった。顔色が悪くて心配になり俺が歩み寄ると、気持ち悪いから近づくなと言った。

俺は足をとめて、気持ち悪いという言葉の意味を考えた。体調が悪いのではなく、俺のことが気味が悪いのだ。

俺はそのまま芦川院を出てまっすぐうちに帰り、ピアノを弾いた。片思いは辛くないけれど、両思いとはどんなものなのだろうと考えると、少し苦しい気がする。


今年の冬はどう過ごそうか。カレンダーを新しいものに換えるとき、昔みたいにハルキが隣にいてくれたなら。新しい世界が始まる瞬間に俺たちは地球にいないのだと、二人でジャンプ出来たなら。

きっとそんなことを思いながら、一人ピアノを弾くんだろう。凍えるように寒くても、俺はきっとハルキと一緒に見た冬の星空を思い出すだけだ。


無知は罪なのだとわかろうとしない俺の奏でるピアノは、きっとひどい音がしている。

秋の夜長を眠ることなくピアノを弾き続けた。

春視点でひどい話にするか涼視点で気持ちの悪さが天元突破するかの地獄の二択


細々続きます

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