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自死代行  作者: 久保谷充
第一章
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回顧録 夏

中学に入学して最初の夏、アヤとの再会は突然だった。


「…もしかして春ちゃん?春ちゃんだよね!久しぶり、綾だよ!代永綾!覚えてない?お盆によく一緒に遊んだ」


「…アヤちゃん?本当に?」


日曜の昼下がり。精舎の掃除をしていると、見かけない少女が前のめりに話しかけてきた。言われた内容にすぐにピンときて記憶をたどる。ずいぶんと成長しているが、面影は残っている。

耳が全部見えるほど短い髪に、猫のように大きな瞳。口からは八重歯が覗いている。成長したといっても背丈は年の割に小柄なままだ。ノースリーブの青いワンピースから伸びる白い手足が眩しい。


「うわぁ、うわぁ。大きくなったね!中学生だよね、学校どう?部活入ってる?元気にしてた?」


「ちょ、ちょっと落ち着いて。元気だよ。というか、日本に帰ってきてたの?」


「うん!帰ってきて、今年度からこっちで暮らしてる!六年生だよ!来年は一緒の学校通えるね!」


興奮気味の少女にたじろぎながら、俺の心は高鳴っていた。


アヤの家は芦川寺の熱心な壇家で、以前は墓参りのたびに家族で芦川院を訪ねて来ていた。顔を合わせれば境内でよく一緒に遊び、アヤの家族も俺によくしてくれていた。親の仕事で家族でカナダに引っ越してからは会うことがなくなり、実に四年ぶりの邂逅だった。


「学校楽しい?いいなぁ中学生。早くセーラー服着たい…」


矢継ぎ早に話す彼女に懐かしさを覚え、胸が温かくなる。見た目は変われど、表情豊かなところは変わっていない。

アヤに会いたくて、昔はお盆が楽しみでしょうがなかった。夏の短い時間だけ会うことの出来る少女。俺の初恋だった。


「もうすぐ飽きるほど着れるよ。俺は部活は天文部で…えーと、代永さん」


「やだ、名前でいいよぉ!あっ、でも「ちゃん」付けは恥ずかしいかも」


「えっと、アヤさん?」


何で余所余所しくなるの!?と怒ってきそうな勢いのアヤに、思わず笑ってしまった。


「わかったって。俺の方が先輩だし、別におかしくないか。アヤ、これでいい?」


アヤも満足そうに笑った。


俺の中学生活は平穏そのもので、実質帰宅部状態の天文部の活動とうたって、平日の放課後は学校のパソコンに触れていた。大学進学は厳しいだろうことを考えると、身につけられるスキルはなるべく早く習得しておきたい。天文学は好きだし少しぐらい同級生たちと青春したい気持ちもあったが、いかんせん部員も少なく幽霊部員ばかりだったので、幸か不幸か勉学に励む日々だった。

来年もしアヤが入部することがあったら、そのときはちゃんと天文部らしい活動をするのもいい。そんな気が早いことを考える。


「今日はこの後予定ある?せっかくだし、遊ぼうよ」


アヤのお誘いに思わず大手を振って喜びそうになるが、俺は「ええっと」と言葉を濁した。

しっかりと約束したわけではないが、日曜は涼平の家で過ごすのがお決まりになっている。平日こそ会わなくなったが、俺が中学に進学してもそこは変わらなかった。涼平の様子も今までと特別変わったところはなく、ただ俺に置いていかれたくないのか暇を持て余しているのか、以前より勉強に取り組んでいるようだった。

約束しているわけではないのだから放っておいてもいいかと考えて、しかしそれは後々怖い気がする。かといってわざわざ断りの電話を入れるのも、本当のことを言うのか嘘をつくのか、どっちも気が進まない。俺たちは携帯を持っていないのでメールなど出来るはずもなく、連絡手段は精舎の電話と涼平の家電だけだった。

俺が迷っていると、「もしかして、お友達と約束ある?」とアヤが尋ねてきた。


「約束ってほどのものでもないから、せっかくだし、アヤと」


「春ちゃんのお友達、会いたいな!私も一緒にいっていい?」


「………」


アヤの笑顔と押しの強さに咄嗟に返事が出来ない。せっかく再会したのだから二人で話したいことが山ほどあるし、正直アヤに涼平を紹介したくなかった。しかしアヤのお願いを無碍にすることも出来ない。


「……一緒にいこうか」


アヤと涼平は同い年であるし、どちらにせよいつまでも存在を隠すことは出来ないだろう。場所を借りると思えば悪くないかと思いなおし、アヤと二人で涼平の家を訪ねることにした。




「あれ?遠野くん?」


「………」


涼平の家の玄関先で、三者三様に違う反応になった。俺は何故かアヤと涼平が既に知り合いである想定をしていなかった。


「……誰」


涼平は相変わらずの無表情だが、「面白くない」と顔に書いてある。…ある程度は覚悟していたが、盛大に居心地が悪い。


「遠野くんだよね?同じクラスの代永綾だよ」


「覚えてない」


涼平に素っ気無くされてもアヤは気にしないようで、「遠野くんのお家大きいね!」と嬉しそうにしている。


「春ちゃんのお友達が遠野くんだったなんてびっくり!遠野くんクラスメイトだよ」


「…………ハルちゃん………?」


涼平の視線が痛い。俺は少々冷や汗をかきながら、何とか笑みを顔に貼り付かせた。


「あはは…。涼平、こっちは幼馴染の代永アヤさん。カナダに住んでたけど、四年ぶりに日本に帰って来たんだ。ていうか、クラスメイトなら俺より知ってるはずだろ。転校生だし」


「クラスメイトの事情なんて知るわけないだろ」


涼平は踵を返して家の中に入っていく。玄関を開けっ放しで、どうやら中へは入れてくれるらしい。「お邪魔します!」とアヤが元気よく挨拶して、二人で後に続いた。




「お父さんとお母さんいないの?一人暮らし!?すごい!あっ楽譜!もしかしてピアノ弾く?私もヴァイオリン習ってるんだ!」


「……………」


涼平はお茶を入れながら見たことのない表情で俺を見ている。その顔には「助けろ」と書いてあって、俺は吹き出してしまった。


「アヤ。もっとゆっくり話さないと、涼平は返事出来ない」


「あっごめんね!私お喋りで…。そうだ春ちゃん、今度サクラに会いに来る?サクラも大きくなったよ!」


アヤの言葉に思い出す。俺が涼平と初めて会ったとき、捨て犬を拾った。精舎では飼えず、裏山でしばらく涼平と二人で世話をしていたのだが、この先どうするかと困っていた。そんなとき、引越しの挨拶に来た代永家がその子犬を引き取ると申し出てくれたのだ。俺はアヤと子犬、両方にお別れを言うことになり、とても寂しかったのを覚えている。

拾ったときに涼平の家で飼えないかと打診したが、「死なせてしまうから」と涼平は頑なに首を縦に振らず、名前をつけることにすら賛成しなかった。俺は勝手にサクラと呼び始めたが、涼平は結局、ただの一度も名前を呼んでやらなかった。どうしてなのかと聞くと、「かわいそうだ」と苦い顔をしていた。名前を呼んでやらない方が可哀相だと俺は思ったが、幼かったこともあり深くは追求しなかった。

サクラを人に引き取ってもらったと涼平に話したとき、涼平は特に反応しなかった。きっと動物がそこまで好きじゃないのだろうと、そのときは思った。


「サクラも元気なのか、良かった。涼平、覚えてるか。うちで拾った犬だよ。アヤの家に引き取ってもらったんだ」


「…覚えてる」


「遠野くんもサクラを知ってるんだ!今度連れてくるね!サクラも喜ぶよ!」


嬉しそうなアヤに、アヤも連れてきて良かったと思った。涼平は人見知りを通り越してもはや人間嫌いだったが、思ったよりも平気そうにしている。涼平に対して、重荷のような、腫れ物に触るかのような感覚がどうしても拭えずにいたが、第三者の存在は予期せず俺たちにとって良い方向へ転がるのかもしれない。

この頃はまだそんなぬるいことを考えていた。





アヤの家に行くことは涼平が嫌がったので、学校が休みの日は三人で涼平の家で過ごすことが増えた。アヤがサクラを連れてくるので三人と一匹だ。子犬の頃は犬種がよくわからなかったが、おそらく柴犬と何かの雑種なのだろう。見た目は柴犬だが柴犬よりずいぶんと大きくなっていて驚いた。

サクラと再会したとき、サクラは異様に喜び、俺によく懐いた。サクラは元々人懐こい犬だったが、涼平がぼそりと「お前のこと、覚えてるんだ。名前をくれたから。だからかわいそうだって言ったろ」と言った。サクラはアヤの家族に大事にされて、今もこうして幸せそうだ。何が可哀相なのか俺にはわからなかった。


涼平の家には防音室があり、その中にはなんとグランドピアノがあった。俺は涼平が弾いているところをほとんど見たことがなかったので存在ごと忘れかけていたが、そのピアノにアヤがとても食いついた。


「遠野くん、ピアノ弾けるんでしょ。聞きたいなあ。せっかくグランドピアノあるのに。もったいないよ」


「俺は弾けない。弾きたいなら好きに使え。調律はしてある」


涼平はアヤに塩対応だった。無視こそしないが、目も合わさなければ三人でいる間はにこりともしない。俺とアヤが話している間は会話に入ろうとせず、一人で本を読んでいることが多かった。アヤが話を振ってもこんな具合で、話が続かない。それでも三人の間に嫌な空気が流れることはなかった。アヤが底抜けに明るいせいもあったが、涼平が大人しくアヤを家に上げたことは少し意外だった。

俺に気を遣っているんだろうと思った。アヤを受け入れなければ俺がここには来ないと、涼平はおそらくわかっている。俺はアヤと二人きりの時間が欲しかったが、アヤと二人だとしきりに涼平の話題を振られるのが面白くなかった。アヤに涼平のことを質問攻めにされるよりはこうして三人で過ごす方が精神衛生に良い。三人で過ごすことは俺にとっても涼平にとっても妥協案だった。


「今度ヴァイオリン持ってきていい?一緒に弾こう」


「弾かない」


この二人は学校でも同じ教室で過ごしているのだ。そう思うと、生まれて初めて涼平のことを羨ましいと感じた。





もうすぐ夏休みに入ろうかというとき、久しぶりに涼平と二人で過ごしていると、涼平の口から耳を疑う言葉が飛び出してきた。


「好きなのか」


「…な、何が」


「代永。他と態度が全然違う」


「すっ…」


小学校の卒業式以降、涼平からの好意には見て見ぬふりを通し続けている。胸の内を言い当てられてしまった恥ずかしさと涼平への罪悪感が混ざり、何と返したらいいのかわからない。不自然にならない程度に話を逸らそうとして、思わず普段気になっていることが口をついた。


「…アヤ、学校だとどんな感じ?」


「俺たちといるときより大人しいというか、大人っぽい。ハルキに甘えてるんじゃないか」


淡々と言ってのける涼平に、自分から聞いておきながら、女子のことなんていつもなら見てないだろ、と急に苛立った。俺の知らないアヤを涼平が知っていると思うと腹に黒いものが溜まっていく。


「…お前が女子を観察してるなんて初めてじゃないか?お前こそどうなの。好きな女子とかいないの」


涼平の気持ちを知りながら、我ながら意地が悪いと思う。苛立ちが抑えられなかった。

涼平は動じた様子もなく、「いない」と言い切った。そうだよな、お前が好きなのは俺だから。好きな女子なんているわけがない。俺が一番よく知っている。


「初恋もまだなくせして、人のこと詮索してんなよ」


「………ハルキ、俺は」


俺の刺々しい物言いに、涼平が驚いたようにこちらを見ている。今まで無意識に溜めていたストレスが表出するのを感じる。

そんな目で、俺を見るな。


「なあ涼平。刷り込みって知ってるか。聞いたことあるだろ。雁が一番最初に見たものを親だと思う学習現象。親を求める、雛の本能だ。たった一瞬の出来事が頭に印刷されて、ずっと消えない。生きるための、本能なんだ」


涼平は何か信じられないものでも見るように呆然と俺を見つめ続けている。口が止まらない。


「……お前のそれは、恋なんかじゃない。ただの刷り込みだ」


お前は、親がいないから。とどめのように言葉を放つ。それは自分にも突き刺さった。思わず顔を背ける。

涼平は黙ったままだったが、しばらくして「ごめん」と呟くのが聞こえた。


「…中学に上がれば生徒も増える。上級生や下級生、部活によっては他校の人間と関わる機会もある。自然とそのうち、好きな女子の一人や二人、できるだろ」


涼平の顔が見れないまま、自分自身に言い訳するように言葉を並べた。お前が全然知らないやつを好きになってくれれば俺はこの重荷から解放されるのに。アヤを取られるかもなんて心配しなくていいのに。

涼平を突き放すことが出来ない自分を棚に上げて、勝手な嫉妬心から涼平を傷つけた。自分が嫌になって、けれどこの年で親にように求められる身にもなってみろ、とも思う。


「…今日はもう帰る。アヤには何も言うなよ」


「ハルキ」


玄関に向かう足をとめて振り返る。涼平の黒い瞳が俺を見ている。その表情からは何も読み取れない。


「俺は、どうしたらいい…?」


涼平の言葉にかっと頭に血が上った。


「…っ。少しは自分で考えろ!!」


依存されているストレスが爆発して、出会って初めて涼平を怒鳴りつけた。勢いのまま涼平の家を出る。途中雨が降ってきて、精舎に着く頃には濡れ鼠だった。気持ちが落ち着くことはなく惨めさが増し、その日は一睡も出来なかった。





夏休みに入って最初の日曜、アヤが俺を訪ねてきて、「ヴァイオリンのコンクールに出ようと思ってるんだけど、遠野くんに伴奏お願いしたくて。引き受けてくれると思う…?」と言った。期待と不安を隠せていないその様はとてもいじらしく、本の中の登場人物のようだと思った。

恋に落ちた、可憐な少女。

俺はとびきり優しい笑顔で、「引き受けるさ。あいつは優しいから」と答えた。


蝉の声が洪水のように鳴っていて、煩わしいな、さっさと死ねばいいのに、と思った。



次を誰の視点で書くべきか悩んでいます…決まってないんかい

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