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リーダー交代

「どうした!英!」


 大弥彦が声を上げるが、俺の喉はひゅうひゅうとおかしな音を出すだけだ。

 完全に呼吸が出来なくなったことで、俺の体がガクガクと痙攣しだした。

 痙攣する俺の身体は、跨いでいる自転車を倒す勢いで横倒しになりかけた。


 ああ、俺は圭を巻き込んでしまう!


「はなぶさ!」

「しっかりしろ!花房!」


 俺の身体は、大弥彦と桃井の両腕に抱きしめられて支えられた。

 俺の揺らぎかけた視界の中に、差し出された小さな腕も加わった。

 その腕は何かを持っており、俺の顔の前にそれを差し出している。


「英さん!国枝さんに電話を!タッチすればかかるから!」


 俺は圭の言うままに腕を振り上げ、その腕の重さで再びぐらついた。

 大弥彦達は二度と俺が倒れることの無いように、それぞれの腕を俺の身体に回し、俺を彼らの腕で雁字搦めに縛り付けた。


「うぐっ。」


 目頭がちかちかと点滅し始めた。

 もう駄目だ。

 いいのか?ここで死んでしまうのか?


「使えるもんは何でも使え。」


 それは火結の言葉のようでもあったが、声は虹河のものだった。


「画面にあなたが触ればいいだけだから!」


 圭!

 俺を生かすためにあの人は死んだんだ!

 圭を残して!

 俺は最後の力を振り絞って首を伸ばし、圭が翳したスマートフォンの画面に顎をぶつけた。


 ぴ。

 とるるるるる、ぴ。


「はい?うわ、ちくしょう!」


 え?国枝さん?

 国枝の声がしたとその瞬間、俺の喉の異物は一瞬で消え去った。


「う、ごほごほ。」


 俺は何が起きたのかと咽込みながら圭を見返したが、圭は俺のスマートフォンを俺に返すどころか地面にぽいと投げて落とした。

 虹河が選んでくれた俺の無駄にタフなスマートフォンは、手から落としたぐらいでは壊れないはずだった。

 が、地面の、それも、雑草の生い茂る柔らかそうな土の上に落ちただけのそれは、ビシっと音が聞こえるぐらいに画面を粉々に砕けさせたのである。


 それもそのはず。

 圭がそれに向けて彼の銃の引き金を引いていたのである。

 滅と唱えながら。


「圭君?」


 圭は声を掛けた俺では無く、俺を支えている桃井を真っ直ぐに見つめ、あなたがこれからリーダーだ、と言った。


「英さんのスマートフォンは壊れました。これからあなたが古室井さんとやり取りをして下さい。もともとこの旅は、イスズがあなたの為に考案したものでしょう?自転車で遠出をした事のないあなたへのルートです。だからあなたがリーダーです。そして、あなたがイスズのパートナーとして竜宮窟に向かうべきです。」


 桃井は三回ほど口をパクパクと動かしたが、口を閉じると唾を大きく飲んだ。

 そして彼は俺から離れると、草むらの上で酷い状況になっている俺のスマートフォンを拾いあげた。


「わかった。俺が古室井さんと連絡を取ろう。本来のイスズのパートナーとしてね。で、古室井さんの電話番号は、ええと、これの状態じゃ分んないよね。」


 桃井は苦笑しながら俺のスマートフォンを圭の目前にぶら下げて見せたが、圭は桃井に両の眉毛を上下してから鼻で嗤った。


「あなたのスマホにアドレスは送信してあります。」


 俺はこの小学生に吃驚だ。

 俺は大弥彦に囁いた。


「ねえ、あの優しい古室井さんが危険ってこと?」


 実を言うと俺は真面目な答えなどそれ程欲してはいなかった。

 一緒に食事をして、俺と桃井の身の安全を心配してくれた古室井の姿が偽物だと思えず、俺が彼に呪われていたとは思いたくなかったからだ。


「呪いは病のようにしてね、繋がり合った人間関係をそのまま侵食するんだよ。古室井さんが英を憎んでいなくともね、誰かの呪いの運び屋にはなれる。」


 俺は俺の身体に腕を回す大弥彦に両腕をまわした。


「君は大丈夫なの?」


 当たり前だが、大弥彦はいつもの台詞を俺に返した。


「私達は呉越同舟。」


「俺は泥舟なのに。」


「私も圭もお前の乗る舟が泥舟だってわかっていても乗るよ。私達がいればね、金槌のお前を岸に連れていけるだろ。」


「俺はあなたを助ける事が出来ないかも、なのに?」


「お前はほんとうに。」


 俺に体に腕を巻きつかせたままの大弥彦は、俺の左肩に彼女の頭を乗せた。

 俺の胸の心臓の辺りはドキンと高鳴り、俺の右胸のヘドロ部分は女の柔らかい体だと俺に囁いて嫌らしい笑い声を立て始めた。

 俺は大弥彦を俺から離さなければ、と思った。


「筋肉が無い脂肪だけの人は水に浮かびやすいそうですよ。いざとなったらあなたを僕達の浮袋にしますから心配しないで。」


 俺の胸の高鳴りどころか、右胸の人面疽まで黙らすとはどういうお子様だ。

 俺と大弥彦は互いの体から腕を解くと、何事もなかったようにして自転車に跨り直した。

 そして、彼女は彼女らしいことをした。


「私は好きでお前に群がっているんだ。お前が私が邪魔じゃ無いなら、俺のせいで、なんかいちいち言うなよ!」


 俺への叱責だ。


「言うよ。これからも。篤子さんが俺を叱ってくれるなら、言うのを止めない。」


「ばか!ちゃんとこれからも叱るから、そういう事は言うな!」


「うん。叱ってよ。じゃ無いと俺は泣くからね。」


「もう!知らん!」


 篤子は大きく叫ぶと自分の自転車のペダルを大きく踏んだ。

 俺は俺達の先に行ってしまった篤子の後ろ姿を眺めながら、ついさっき殺されかけた呪いに感謝もしていた。

 大弥彦といつものような会話が出来た、から。

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