桃井佑丞君
桃井君は崇継のメールの後にすぐに返信を寄こし、マンションの地下駐車場で出待ちをしていたのかと邪推するほどにすぐに我が家のドアを叩いた。
正しくは、エントランス受付のコンシェルジュから我が家に連絡があり、崇継が桃井を通すように伝えるというやり取りであったが。
だが、その後の桃井の到着は少し遅かった。
エレベーターに乗ってしまえばあっという間だろうに、桃井がなかなか我が家に到着しないのである。
心配した俺は彼にメールを送り、その数分後に彼はようやく我が家の玄関ドアの前に辿り着いた。
「遅かったね。どうしたの?」
俺が玄関ドアを開けて桃井を迎え入れたのだが、彼は俺に何かを言う前に我が家の玄関で四つん這いに近い形で崩れ落ちた。
「どうしたの?具合が悪いの?」
「うるさい。俺が馬鹿だったんだよ。ああ、そうだよ。学園持ち上がり組の、有名で人気者の花房君じゃないか!」
「一体どうしたの?桃井君?」
俺は本気で彼を心配していた。
エントランスのコンシェルジュが送って来た映像での桃井の姿は、俺の記憶していたチャラい格好そのままの桃井であった。
ゆるっとした大き目のシャツに、少々光沢があるような化学繊維のゆるっとしたパンツを合わせている、という格好は「悪そう」ではなく「可愛い」が先に立つ姿だった。
彼の制服を着崩した姿からは想像できないものであったが、だからこそ好感が持てたのかもしれない。
教師の誰もが信じなくとも、俺自身は心から品行方正を目指している。
さて、そんな好感の持てる彼の来訪を待ち受けるぐらいだったのに、当人がなかなか来ないどころか、ようやく来てみれば今の落ち込みようだ。
俺はやっぱり彼に何かが起きたのかと、彼の身の上が酷く心配になっていた。
彼はやはり術者か何かに操られていた人なのか?と。
俺の見守るその前で、桃井は玄関の固い大理石に右手の拳を打ち付けた。
「ももい、くん?」
「お前は誰よりも金持ちだったんだな!お呼ばれした中で一番すごいよ!最上階のワンフロアが全部お前ん家ってどういうことだよ!」
うわお!
過去の俺の動揺ぶりに、虹河が大人げなく喜んだ気持ちが今わかった。
桃井のこの嘆きは、俺が初めてこの家に入った時に感じたものと同じだ。
この家の豪奢さに圧倒された間抜けは、自分だけじゃないって喜びが自分の中でほわっと湧いて出てきたのだ。
ちなみに、圭は全く動揺をしなかった。
それどころか、当時の俺が迷った「どこで靴を脱ぐの?」を簡単にクリアしたどころか、この家に住んで数十年な人の落ち着いた振る舞いしかしなかった。
だから、尚更に桃井に俺は好感を抱いたのだろう。
だろうじゃない、メチャクチャに好感を抱いた、だ。
俺と桃井は庶民な類友っだって感覚だ。
俺は桃井の前にしゃがむと、彼の肩をポンと叩いた。
「金持ちなのは兄だから。」
「意味わかんない。で、俺はどこで靴を脱げばいいのかな。」
「桃井!君は俺の友人だよ!俺もこの家に来た時にはそうだった!」
「意味わかんないよ。で、どこで靴を脱ぐの?」
「ここですよ。普通にスリッパが置いてあって、マットが敷いてあるじゃないですか。これでどうして迷うのか、僕はそっちの方が不思議です。」
圭君が靴を脱ぐところのライン上に立っていた。
俺と桃井はてくてくと無言でそこまで歩いていき、なんだかいたたまれない気持ちになりながら桃井はスリッポンからスリッパへ、俺は玄関サンダルからスリッパに履き替えた。
「こんな金持ちなのに、玄関サンダルは貧乏くさいんだな。」
桃井がぼそっと呟いた。
俺は嬉しくなりながら笑い声をあげると、桃井をリビングに連れて行った。
リビングにはこんな暮らしを俺に与えた王様が俺達を待ち構えていて、桃井が別の意味で腰砕けになりそうなほどの笑みを浮かべていた。
俺だって眩しさに視界が焼き付くほどだったのだ。
「うぉっ!兄さんが余所行きまる出しの笑顔をしている。って、きゃあ!」
崇継がクッションを俺の顔に投げて来たのだ。
けれど、このやり取りが良かったのか、緊張しきっていた桃井は気楽そうな笑顔になり、チャラい外見と違い、礼儀正しく挨拶をし出した。
「初めまして。お邪魔させていただきありがとうございます。お、僕は、ハナエ君と同じクラスの桃井佑丞と言います。」
崇継はニコッと笑った。
「知っているよ。入学式で英の斜め後ろにいた子だよね。」
俺はガバッと振り返り、今は真横にいる少年を見返した。
お前かよ!
学年三番のメガネ君か!
クラスの誰とも話した事が無いという噂の君か!




