兄との出会い
俺の名前は秋津英。
物心ついた時から施設にいたからか、自分の身の上を不幸で可哀想と周囲に言われてもピンとは来なかった。
不幸だったな、と思ったのは、兄が俺を迎えに来た後だった。
ある日、施設の職員に呼ばれて応接間に入ってみれば、中年男性と学生服姿の青年が俺を待っていたのである。
青年は俺が室内に入るや顔を俺に向けて、とても気さくそうに声を掛けた。
「英君?俺は君の兄の花房崇継という。せっかくの家族なんだ。一緒に住もうか?」
え?
こんにちは、も、はじめましても無く、それ?
単刀直入すぎる言葉に俺は驚くばかりだった。
それに、そんなに簡単にいくの?と少々擦れていた俺は思ってしまった。
俺は十二歳になったばかりで、兄は高校三年生だというではないか。
驚くばかりの俺に崇継は笑顔を見せたが、彫りの深い目鼻立ちを微笑ませれば華やかで花が咲いたようであり、彼の漆黒の瞳は中に宇宙でもあるかのように煌いているしで、俺は安心させられるどころか彼に圧倒されるばかりだった。
しかし、彼の存在感がかなり強いのに儚さも感じたというそのちぐはぐさは、彼の肌が白すぎる上に頭髪が一本もなかったからであろう。
当時の兄は白血病を患っており、抗がん剤の影響で眉毛もまつ毛も抜けていた。
毛糸の帽子は毛髪の無くなった頭部を隠して保護するためだったのであろう。
詰襟制服に黒の不格好な毛糸の帽子。
そんな姿でも美しいと、いや、だからこそ彼を尚更に人形のように美しく感じたのだろう。
じろじろと見つめるだけの俺に、彼は微笑みを困ったような笑みに変えた。
「あ、すいません。失礼でした。」
「ははは。いいよ。吃驚したよね。うん、僕は白血病でね、それで親戚連中がドナー探しにね、戸籍に載っていなかった者までひっくり返しての大騒ぎをしてくれたんだ。それで、君を見つけた。」
「ああ、ドナーですね。ドナーだから僕を。」
俺の心は一気に冷たくなってしまった。
出会って一分ぐらいの人に見惚れ、そして、ドナーを探していただけだと真実を知り、納得するどころか落ち込んでしまったのだ。
「いや、弟がいてくれてよかったなって事だよ。僕には家族と言えるものがいないんだ。父は心を病んで入院中の面会謝絶状態だ。母はいない。これから僕には一年も無いけどね、手を握ってくれる人が欲しいなって、情けないがそんなことを考えているんだよ。君には酷な話かな?」
俺に手を握って欲しいだけ?
俺と一緒にいたいだけ?
俺が彼の弟だから?
「でも、お、俺は、はな、はなぶさ、なんて名前じゃないです。き、きっと間違いです!」
俺はそんなに神々しい外見じゃないし!
崇継と違って髪の毛も茶色いし、クラスの男子の中では小さい方だし!
崇継はハハハと笑い声をあげたが、その笑い声は低すぎず高すぎず、とても好ましいと俺は思ってしまった。
馬鹿な子供だと思われたに違いないと、とっても恥ずかしかったが。
だって、俺は、花房じゃないけれど、英なのは事実だし。
「確かにね。苗字を変えたら君はハナブサ・ハナブサになって可哀想だ。うん、秋津のままでいいよ。で、僕と一緒に住んでくれるんだろう?僕は一度くらい家族を体験してみたいんだよ。」
崇継は俺に右手を差し出した。
俺が彼の手を両手で握っていたのは当たり前だ。
握れる肉親の手があると、そして、俺が握る俺の手を握り返す手の温かさに、俺は初めて自分が可哀想な一人ぼっちと言われていた意味を知ったのだ。
だから、だから、兄と住むようになってすぐに、俺は兄の主治医に秘密のお願いをしたのである。
ドナーになれない十二歳の俺だけども、兄のドナーになれるのならば、今すぐにでも兄に自分の骨髄を移植して欲しい、と。
俺と兄が本当の意味で完全なる血のつながりが出来たのは、俺が彼と住むようになってから半年後の事だった。
俺はこのことに関して後悔など一度もした事は無い。




