うつうつおばけ3~四月~
うつうつおばけ うつおばけ
ぼくとわたしはおわりへと
わすれんぼうのきみがむすぶ
きのうのきみにいろがついていないから
ひとつのかたまりになってはしゃいだ
めをさまして あしをあらう
あいたい あいたい
うつうつおばけは、人間の意思が集まって出来た透明な集団。生まれは人間だが、死ぬと物怪に生まれ変わった者たち。
夢の中、うつうつおばけは、牢獄のように閉じ込めて尋問する――それは、いずれは醒める悪夢で、飽いたら忘れ去られる夢魘。
自分にとっては嫌な夢で、辛い夢で、全然楽しくない夢だった。
全く……誰が、うつうつおばけという嫌なものを広めたんだろう?
――丸山刻名
「…………あの、何をしているんですか?」
「ん?」
友達に頼まれたので、部活動の勧誘のポスターを掲示板へ貼りに行ったら、不審な行動をしている生徒がいた。
ちらりとネクタイの色を確認すると、一つ上の学年であった。
何で目を瞑って、ポスターに手を合わせているんだろう、変な人。
オレンジ色のお洒落なヘッドフォンを首に掛けているけど、変な人。
顔が良いのに残念だな。
「ああ、ポスターを貼りに来たんだ。ごめんね、直ぐに退くから」
「あっ、はい、ありがとうございます」
話し掛けたら、すんなりと移動してくれた。変な人だけど、まともな人で良かった。
それにしても、どこの部活のポスターを拝んでいたのだろう?
さっきまで、先輩がいた付近の掲示板に目を向ける。
「僕が手を合わせていたポスターが気になる?」
「えっええ、はい」
頷くと、先輩は指を使って教えてくれた。
「このポスターだよ」
「なるほど、これですか」
それは美術部が作ったポスターだった。絵を描く部活なだけあって、貼られているポスターの中で一番目立つ。
しかし、このポスターは……
「このポスターって去年のですよね?」
「うん、僕が今日剥がすから、明日以降は新しいポスターが貼られると思うよ」
去年の美術部のポスターを拝んでいた先輩。改めて、顔が良いけど変変な人だ。
「君はうつうつおばけに会ったことあるかい?」
何の前触れもなく、世間話のようにうつうつおばけについて聞かれた。
思わず、宗教勧誘や悪徳訪問販売が頭に過った。
いやいやいや、これはちょっとジャンルが違うか。
「えっと、はい、あります。去年ですけど……」
混乱して、ちゃんと答えてしまった。あやふやに、お茶を濁す予定だったのに、しまったなぁ。
「そうなんだ。俺も初めて会ったのは、去年なんだ!」
ニッコリと嬉しそうに笑いながら、先輩は話す。
この話題は、そんなに素敵なことではないと思うんだけどなぁ。
「僕は三年の△△っていうんだ、よろしくね。君の名前は?」
「二年の〇〇です」
彼が△△先輩なのか。過去と今では、雰囲気が全然違う。
しかし、私が想像している以上に変わった先輩だなぁ。関わらないと本当の姿が見えないってやつだね。
ふー、☆☆に話すと、からかわれそうだから、今回は黙っとこう……内緒は大事。
△△先輩は、うつうつおばけが好きなのか、それとも興味を持っているのか、毎回私と出会う度に話す。
そのせいで、私は、うつうつおばけの夢を見る回数が増えていく。まるで、悪夢の回数券を押し付けられているみたい。世界で一番欲しくない券だ。
「△△先輩は、なんでそんなに、うつうつおばけに詳しいんですか?」
前から疑問視していたことを尋ねる。
うつうつおばけは、電子機器に疎い。
――インターネットを使えば、うつうつおばけのことを書き込んでも、大丈夫。
――アプリケーションの中で、うつうつおばけについて会話をしても問題はない。
――電話越しで、うつうつおばけの話をしても、周りに誰も居なければ夢の中へ現れない。
そんなルールを知っている人物は先輩ぐらいだろう。
「それはね、自分で試してみたから」
「そ、そうですか」
態々自分で試したのか。相変わらず、奇人な先輩だ。
「あ、因みに、独り言でうつうつおばけのことを喋っても、夢には出てこないみたい。やっぱり、聞き手が必要なんだろうね」
うん、なんだろうね。先輩は壁を相手にして、うつうつおばけについて、ブツブツと喋っていたのかね。
不審者。正真正銘の不審者だ。
「先輩は幽霊やお化けといったオカルト物が好きだから、うつうつおばけに興味津々なんですか?」
百物語や学校の怪談が好きそう。
そんでもって、廃墟とか心霊スポットとかも好きそうだ。
「ははは、まさか――幽霊なんているわけがないだろう?」
「えっ……?」
あれだけ、うつうつおばけについて語っていたのに、オカルトを否定した!?
「幽霊もお化けも妖怪も、此の世に存在しない……一度も見たことないものを僕は、絶対に認識しない主義なんだ」
「はー……△△先輩は幽霊を見たことあるって勝手に思ってましたよ。意外ですね」
オカルトが好きなんだから、幽霊もバッチリと目にしたことがある人だと思っていた。
それが、まさかの全否定とは驚いた。
「もしも、幽霊がいるなら真っ先に、僕の元へ飛び込んで来るはずさ。来ないってことは、そういうこと」
先輩は自信満々に『幽霊が存在しない』と確信している。
それでは、うつうつおばけは、どういったものと捉えているのだろう。
「多分、君とは考え方が違うだろうね……僕にしてみれば、うつうつおばけは場所」
私の顔を見つめながら、真剣な表情をした先輩は答える。
現象ではなくて場所? よくわからない。
「それも、夢の中でしか行けない特別な場所だね。遊園地、美術館、薔薇園、そういったロマンチックな観光スポットに近いかも。入場するにはチケットがいるね……」
先輩はそう言って、暗く澱んだ笑顔で笑う。
目の隈が、また深くなっている。