表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

うつうつおばけ1.5~十二月~

 ――✕✕さんは自家用車の助手じょしゅ席で亡くなったようだ。

 ――なんでも、晩御飯を食べた帰り、車が電柱に衝突したらしい。


 彼女と同じ部活のクラスメイトが、ぐちゃぐちゃになった泣き顔でそれを話していたのを、私は盗み聞きして知った。

 というか教室の中で、あんな馬鹿でかい声でしくしくと喋っていれば、誰の耳にも届くか。



「〇〇ちゃんも見に行く?」

「えっ、ごめん、ちゃんと聞いていなかった。何を見に行くの?」


 ざわめきが減って居心地いごこちの良い教室で、スマートフォンをいじっていると、仲の良いクラスメイトにさそわれた。


 やけに静かだけど、今日、何か大きい行事なんてあったっけ……?


 不審に思い、軽くパッと周りを見回すと、次の授業は移動教室でもないのに、教室内の生徒数は何故か少なくなっている。



「ほらっ、✕✕さんて美術部だったでしょう。彼女の最後の作品を見に行こうって話だよ。明日の朝方、親御さんが持ち帰るみたいだから、今のうちにね~」

「ああ、それなら見に行くよ」


 ✕✕さんは高校生ながら、イラストレーターとしてもネット上で活躍をしていたようで、絵が本当に上手うまいと校内の噂話で耳にしたことがある。

 一体どんなジャンルの絵をえがいていた人だったのか、今とても気になっている。



「最近()いていたラフ画は、夢に出てくるものをモチーフにしたらしいよ。◇◇ちゃんが言ってた~」

「へえー、そうなんだ」


 休み時間より長い休憩時間とはいえ、昼休みは半分以上過ぎているから急がないと。


 廊下を早歩きで移動する。

 目的地の美術室へは、もうすぐ到着する。








 どうやら、私たちのようなミーハーな生徒が美術室へ乗り込んでいるようだ。

 学年関係なく、美術室に人が集まっている。



 美術室には初めて入ったが、やはり教室よりは広々(ひろびろ)としている。

 私たちは生徒が群がっている箇所へ狙いを定め、足を進めていく。

 


 音楽室の壁のように穴が空いているキャスター付きのパネルに、部員の作品が飾っており、彼女の遺作も同じように展示されていた。

 その有孔ゆうこうボートの展示パネルは、生徒たちに悪戯いたずらをされないように、周りをぐるりと黄色いテープで囲ってあった。


 また、上級生の美術部員が目を光らせて警備に当たっており、あまり作品に近付きすると注意されるみたいだ。


 仕方がないので、他の生徒と同じように立ち入り禁止のテープから離れた位置で、彼女の絵を眺めることにした。



「おー、凄くプロっぽい作品だ。さすが! とても上手じょうずだね~」

「うん、なんていうか、配色が独特で迫力のある絵だね。威圧感がズシンと来る……」


 今まで絵画を真面目に鑑賞したことは一度もなかったけど、私の目にはかくたる名作に映るほど、彼女の作品は大変素晴らしかった。



 ……そういえば、私は彼女と別クラスだから会話をしたことはないし、選択授業で重なったこともない。

 また、入っている委員会も全く違うし、体育の授業も一緒ではない。

 それに、掃除の場所も美術室ではなくて一階の廊下だったから、これまでここに入室したことはない。



 ――私は✕✕さんとは、一度も関わったことはないのだ。損したな。

 ――そんなに凄い人なら、一回でもいいから話し掛けてみれば良かった。そう、友達になれば最高だったな。



 彼女のえがいた力強い絵画を見て、私はそんな風に残念に思ってしまった。



 なんとまあ、烏滸おこがましい考えなんだろう、()()



 胸に宿った傲慢ごうまんな想いを恥じて、私は自分の指を爪で、ぐりぐりと傷付ける。


 沸き上がる自己嫌悪。気持ち悪い。

 どこでもいいから、今は独りになりたい。


 だんだん気持ちが暗く沈んでいく。

 正面を向いていられず、身体がうつむく。



「〇〇ちゃん、ラフ画の方も見に行く? ラフは動物の絵だって~」

「……あっ、ごめん、急にトイレに行きたくなっちゃった。多分、時間ぎりぎりになるから、ラフは見れないっぽい」

「あちゃー、しょうがないね。じゃあ、私は見に行って来るね~」

「ごめんね。私、トイレに行ったら、そのまま教室に戻るからさ」

「了解~」


 自分に吐き気がして、私は急いでトイレに駆け込んだ。幸運にも、トイレには誰もいなかった。

 ふらつきながら、手洗い場の前に立つ。

 鏡に映っていたのは、暗く硬い表情をした私であった。それは、愛想あいそ笑いすら上手く作れない証拠でもある。



 ああ、みにくい自分を誰にも見られなくて良かった……


 引きつった笑顔になっている、鏡の中の私を見てうんざりした気持ちになる。


 ああ、先程生まれたばかりの不愉快なこの感情を、窓からほうり投げて楽になりたい……


 つらくなって鏡から逃れようと、両手を使って顔を隠す。

 後ろ向きになって、私の顔を映さないように鏡から逃げる。


 今は鏡を見つめているだけで、嫌な気持ちがどんどん吹き出てくる。うとましくて、疎ましくて、どうすれば……


 駄目だ。駄目だ。このままでは、駄目だ。

 休み時間の間に立ち直らないと……



 その後、何回も何回も溜め息をついては、冷水で顔を洗う。

 そうして、おぞましい自分の姿を必死におおい隠してから、教室に私は帰っていった。

 

  








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ