彼は騎士?
私よりも幾分背が高く年上だろう、腰には騎士団の紋章入りの剣をさし、長いサーコート姿。
茫然とその姿を眺めていると、青年は私に気が付いたのか、おもむろにこちらへ顔を向けた。
月の光が反射し、まるで夜空のように彼の瞳がキラキラと輝いている。
この方……開宴時の挨拶の時、ウィリアム様の隣に並んでいた……確か弟。
武術を極めている彼の家と私の家とはかかわりが薄いため、こうやって直接対面したのは初めてだ。
夜会開宴時、確か紹介があったわね。
私よりも6歳年上で、名はケルヴィン。
長男とは違い、研究者ではなく父と同じ騎士を目指している。
武術の腕前は相当の様で、紹介時に数人の貴族たちから、彼を絶賛する声が耳にとどいていた。
そう確か……既に騎士団への入団は決まっていると話していたわね。
「ごきげんよう、公爵家の長女、シャーロットと申します。この度は多大な功績素晴らしいですわ。おめでとうございます」
私はニッコリと笑みを浮かべると、ドレスの裾を持ち上げそっと頭を下げた。
すると彼は夜空と同じ瞳が細められ、爽やかな笑みを浮かべる。
「ありがとう、僕はウィリアムの弟のケルヴィン。初めまして」
騎士特有の礼をみせる彼に、私はそっと頭を上げると蒼瞳を真っすぐに見据えた。
「息抜きのお邪魔をしてしまったかしら?」
「いえ、そんなことはありません。可愛らしい御令嬢と話が出来るなら嬉しかぎりですよ」
私は扇子を開き口もをヘ当てると、表情を隠す。
やっぱり彼がウィリアムの弟……なら彼と話せば、何かわかるかもしれないわね。
「ふふっ、お上手ですわね。ところで……」
そう話を切り出したが、後の言葉が出てこない。
あら、どう尋ねようかしら?
先ほどのように遠回しで尋ねる?
だけど今は周りに誰もいないわ。
う~んでもねぇ、あぁ難しいわね。
「うん、どうかされましたか?」
「あぁ、いえ、ごめんなさい。その……お兄様とは仲が宜しいのですか?」
「そうだね、悪くはないかな。自慢の兄だよ」
そう答える彼の表情を見つめていると、ふと何か違和感を感じた。
「……そうなのですね。研究の内容はご存知ですか?先ほどお兄様にご挨拶に伺ったのですが……人に囲まれておりまして……」
「あぁ……少しならね……」
私の質問になぜか困った表情を浮かべると、歯切れ悪そうに答える。
そんな彼の様子を気にしながら、論文の話を出してみると、思っていた以上にスラスラと答えが返ってきた。
夜風など気になるなくなる程、夢中で論文について話していると、楽しい気分になってきた。
先ほどウィリアムと話していたときは違い、質問にちゃんとした答えが返ってくるの。
少しならと言ってたけれど……とても熟知しているわ。
「とても勉強になりますわ。では論文にありましたこれは……」
「これは家にある井戸水を使用してみたんだ。それにしてもまだ12歳だというのに、すごいな」
「ふふっ、新しことを学ぶことが好きなだけですわ」
最初は簡単な質問だったが、次第に話が盛り上がってくると、細かいところまで根掘り葉掘りと尋ねてみる。
会話がヒートアップし、彼はとても楽しそうな表情を見せ始めると、まるで自分自身が研究していたかのように、本には載っていないことまで話し始めた。
彼の知識深さに内心驚いていると、ふとあることが頭を過る。
そう……先ほどまで疑問に思っていたその答え、もしかして……。
「そうなのですね、彼の論文は素晴らしいものでしたわ。だけど少し気になることがありましたの……。彼の過去作品をいくつか拝見したのですが、どうも今回の論文と過去の作品とで小さな差異が気になりましたの。筆跡に違いはなかったのですが、なんと言えば……言い回しと言えばいいのかしら、それが他の作品とは違っていて、そう……まるで別の人が書いたような……」
そこで言葉を切ると、彼の反応を窺うように視線を向ける。
パチッと視線が絡むと、彼は目を泳がせ、慌てて私から視線を逸らせた。
「そんなはず……ッッ、どうしてそう思ったの?」
その反応に私は確信めいたものを感じると、ようやく胸につっかえてしこりが綺麗さっぱり消えていくのを感じた。
「ふふっ、その反応、ようやくすっきりしましたわ。あれはあなたが書いたものなのですわね。彼の書いた本には、全て独特の言い回しと言うか、構成と言えばいいのかしら……癖みたいなものを見つけました。けれど今回の書作にはそれがなかった。きっと本人も無意識に出ているものが、簡単になくなるはずがないわ。先ほどお兄様とお話をしてみたら、何かを隠している様子で、どうしても気になってしまったの。でもあなたと話せてやっとわかりました。ご兄弟でしたら筆跡を真似ることは容易いだろうし、それにあなたはあの本に書いていない事柄まで、事細かく答えられる。ここまで揃えばさすがに気が付きますわ。あぁ~これで今日は安眠出来ますわ」
晴れ晴れとした気持ちで一気に話すと、狼狽している彼に向って小さく微笑んむ。
「いえ、違う、その、何を言っているのか……ッッ」
「大丈夫ですわ、このことは今後一切口にしない。まぁ話したとしても、信用してもらえないでしょうけれど……だってあなたは騎士様ですもの」
彼の姿を上から下までゆっくり眺めてみると、おもむろに扇子を閉じる。
私は彼に向って小さくウィンクを見せると、そっと後ろへと下がった。