疑問の答えは?
少年は透き通るような青い髪が目にかかり、その奥に王族特有の琥珀色の瞳が浮かんでいる。
俯き加減で表情は良く見えないが、とても整った顔立ちで、口元が王妃に似ていた。
背丈は私とあまり変わらない、けれど彼は私の方を見ないようにしているのか……視線があわない。
この方は確か……第一王子ですわね、何度かお城でお見かけしたことがあるわ。
まぁ見かける程度で、こうやって面と向かって会うのは初めてだけれども。
私は失礼のないよう、王子へニッコリと笑みを浮かべると、ドレスの裾を持ち上げ淑女の礼をみせた。
すると彼は徐に顔をあげ、呆けた表情を見せ、琥珀色の瞳と視線が絡む。
「初めまして、公爵家の長女、シャーロットと申しますわ」
澄んだその瞳をじっと見つめていると、彼はハッとした様子で慌てて視線を逸らせた。
「あッ……ッッ、よっ、宜しく……たのむ……。俺は……その……マーティンだ」
なんとも口ごもった挨拶に戸惑う中、彼はムスッと唇を噛むと、頭を垂れる。
どうしたのかしら……?
好意的ではないその態度に頬が引きつっていく。
私は何とか笑みを張り続けると、琥珀色の瞳を覗き込んだ。
すると彼は逃げるように後ずさり、視線を逸らせる。
何なのかしら……この態度は……もしかして嫌われてしまった?
いえでも……まだ挨拶しかしてないわよ……?
何とも気まずい空気が流れると、王妃が慌てた様子でマーティンと私の間へ割り込んだ。
「シャーロット、ごめんなさいね。この子少し……人見知りなのよ」
「いえ、大丈夫ですわ。あの……私そろそろ行きますわね」
王妃の何とも困ったような表情に、私はサッと逃げるようにその場を離れると、会場の中央へと足を向けた。
はぁ……何だか疲れたわ。
一体何だったのかしらあの態度。
次期王子が人見知りなんて聞いたことがないわ。
それにあの短時間……一言しか話していない。
まぁ、考えてもわからないわね。
王子と話す機会なんてないだろうし……気にしないでおきましょう。
そう気持ちを切り替えると、私はキョロキョロと辺りを見渡しながら、今回の主役で侯爵家のウィリアムを探し始めた。
彼とは公の場で会ったことはない。
けれど研究者であるとの噂は聞いていた。
城には来ず、独自で研究する変わり者。
確か彼の父親は騎士団の団長だったはず。
大体親が騎士だと子供も騎士になることが多いんだけれども……でも確か弟さんは騎士だったかしらね。
そんなことよりも、なぜ今回の書物だけ書き方が違うのか、気になって気になって仕方がないわ。
会場を見渡していると、人だかりが出来ている場所を見つけ、私は急ぎ足で近づいて行く。
そうして人だかりを何とか抜けると、そこに目的の男が佇んでいた。
「ご機嫌よう、この度はおめでとうございます。私、公爵家のシャーロットと申しますわ。素晴らしい論文を拝見致しました。宜しければ、少しご質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
そう声をかけると、彼は快く受け入れてくれる。
真相を早く知りたい、だけどこれだけ人が集まっている中はっきり聞くことは出来ない。
だから遠回しに尋ねてみるが、どうも話がかみ合わない。
うだうだと話が進まない中、彼が一瞬浮かべた気まずげな表情に何かを隠している、そうピンっとくると、私は波が引くようにその場を静かに立ち去った。
彼から離れ壁際へと移動すると、近くにいたメイドからグラスを受け取り喉を潤す。
一瞬だけ見せた彼の曇った表情……何かあるわね。
あれは大人たちと生活を共にする中でよく見た反応だわ。
まずい、気づかれたくない、鬱陶しいそんな表情。
あぁいう大人は、正直に答えてくれないことも知っている。
あれ以上あそこにいても答えは出ない、あぁでも気になるわ。
一体何を隠したがっているのかしら。
本人が隠したがっている以上、関わらないことが正解なのだろうけれど……。
さてどうしたものかしら。
ゆったりと流れる艶やかな夜会を眺めていると、妹の姿が視界に映った。
私と同じ色のドレスで、いつもと同じ長い髪を二つに結んでいる。
シンシアはニコニコと愛嬌ある笑みを浮かべ、父と共に挨拶回りをしているようだ。
ふぅ……こんなお祝いの場で険悪なムードを作るわけにはいかないわね。
私は妹から離れるようそっとその場から離れると、ふと冷たい風が頬を掠めた。
おもむろに視線を向けると、どうやらテラスへ続く扉が開いたようだ。
私は気分を変えようと扉を潜ると、外には美しい夜空が現れた。
丸い月が金色の光を放ち、夜の世界を静かに照らしている。
今日は月が明るいため、星の輝きはいつもり少ないが、それでも負けじと瞬くように輝いていた。
空を見上げながらゆっくりと足を踏み出すと、ひんやりとした風が流れていく。
魅入るように夜空を眺めながら歩いていると、ふと人の気配を感じた。
そっと視線を下ろし足を止めてみると、その先には私と同じように静かに空を見上げる、漆黒の髪に夜空と同じ瞳をした青年が佇んでいた。