11・仲良くできない奴もいる
ストレス描写があります。
苦手な方はお気を付けください。
ひとしきりローゼルと会話をした後は、以前に約束していた通り、次の精霊を召喚してもらい、サトルはその精霊と契約をすることになった。
あえて潰れるまで酒を飲まされ、気が付いたら日暮も間近。
しかも頭が割れそうな酷い鈍痛が残っていた。
キンちゃんもギンちゃんもいない状態で酒を飲んだらこれなのだから、やはりここ数日の寝起きの体の軽さは、妖精たちのおかげだったようだ。
「あー、二日酔いかも。それに久しぶりにしゃべりすぎた気がする」
重い足取りでルーの家に帰るサトル。
ルーの家は上の町の端、ダンジョンの傍にあるせいで、下の町にある互助会からは遠い。
せめて一人くらい妖精を連れてきておけばよかったとサトルは後悔する。
それでも歩けば距離は縮まるもので、足取り重くも何とか上の町には着いた。ルーの家までもう少しという所で、サトルに声をかける者があった。
「貴方! コウジマチサトル!」
「……」
聞こえないふりをして、重い足を必要以上に動かし距離を取ろうとするサトルに、声の主が追いかけてくる足音が聞こえた。
「待ちなさいサトル! 貴方を探していたの」
振り向かないサトルのシャツの裾を掴む手。細く白い少女の手を確認し、サトルは重いため息を吐く。
「不愉快だ、二度と話しかけてくれるな」
サトルを呼び止めたのはアニス。ジスタ教会で出会ったあの少女だった。
サトルは顔も見たくないと言った態度で、ちらりともアニスに視線を向けずに手を振り払う。
「待って、違うのよ! 私貴方に謝りたくて」
「いらない。あんたの言葉は何一ついらない」
「ごめんなさいサトル、私は貴方の家族を貶めたかったわけじゃないの!」
謝罪などいらないと切り捨てるサトルに、それでも話を聞いてほしいと縋るアニス。
しかしどんな言葉を並べ立てられたとしても、サトルは一度拒否した彼女を受け入れる気はなかった。
神を信じないだけで地獄に落とされるなんて理不尽だと憤りを感じるし、亡くなった身内の死後の冥福を祈れないのも、次の人生の幸を祈れないのも、サトルは絶対にごめんだった。
「ただ、私にとって神を信じることは正しい事なのよ、それを理解してほしくて」
サトルはアニスの信仰を否定するつもりはない。だから勝手にしろと放り出したのだ。
「ねえ話を聞いて」
しかしアニスはサトルに自分の信仰を認めてもらいたいと願っている。
それがサトルには不思議でならなかった。
信仰を続けたければ続ければいい。他者にそれを認めてもらう必要も、押し付ける必要もないはずだ。
もし誰かに自分の行いを認めて欲しいと必死になるのだとしたら、それはきっと、自分の信仰に自信を持っていないからではないだろうか。
もしくは、信仰を集めることによって、お布施だの納税の手数料だのを集めるためか。いや、そういった金銭の絡む考えをアニスが持っているようには見えなかった。
「お願いだから!」
必死にサトルの名を呼ぶアニス。
「サトル!」
もう一度サトルのシャツを掴み、ごめんなさいと涙のにじむ声で繰り返す。
それは親に捨てられそうな子供が、もう悪いことはしないからと、泣いて縋るような声に似ていた。
サトルはたまらず振り返る。
アニスは目に涙をため、頬を赤く染め肩を震わせていた。
「もう勧誘なんてしないから!」
「俺は……君の言葉を聞きたくない」
それはサトルが自分自身に言い聞かせるつもりで吐いた言葉だった。
それでもアニスはサトルに縋って首を振り、駄々をこねるようにごめんなさいを繰り返す。
「私、貴方に許してもらいたいの」
許すも何もない。受け入れられない、本当にそれだけなのだ。
サトルはアニスを受け入れない。しかしそれではアニスはサトルのシャツから手を離さないだろう。
サトルを引き留めるアニスの姿は他人の目を集めているようで、サトルはどうやって逃げればいいんだと困ったように頭を掻く。
胃も痛い、頭もいたい。胸も痛い。痛いところまみれで、サトルは内心妖精たちに助けを求めていた。
困ったように立ちすくむサトルたちに、助けが現れた。チャイブがサトルたちに向かって小走りに駆け寄ってきたのだ。
その傍にはダンジョンに潜った日に会った二人の冒険者の姿。どうやら二人が呼んできてくれたらしい。
「アニス何をしているのです」
あわてた様子のチャイブを見たとたん、アニスの目から涙があふれる。
「助祭様……私、私、サトルに、許してほしくて……だって、あんな、怒らせちゃうって、知らなくて、だから、ごめんなさいってえ」
ひぐ、ぐすっと、肩を跳ねさせしゃくりあげながらアニスが説明すれば、チャイブは仕方ないのだと首を振る。
「アニス、吐いた唾は飲み込めないものです。人に投げた石が自らに返る事もあるのです。もう、この方に貴方の謝罪は届かないのですよ」
アニスはチャイブの胸に縋りつき、わんわんと泣き出した。
いったい何が彼女をそこまで感情的にしてしまったのか、サトルには全くわからない。しかし、彼女にとってサトルを怒らせてしまったことは、自分自身が容認できることではなかったのだろう。
「俺はもう行きます……許すとか許さないとかじゃなく、もう2度とかかわらないで欲しいです」
チャイブに向け頭を下げ、サトルは背を向ける。
足を止めさせて申し訳ないとチャイブが言う。
「ごめんなさい」
少し離れてもアニスの声はサトルの背を追いかけてくる。
それがまた痛く感じて、サトルは駆けだした。
「胸糞悪い。子供を泣かせたいわけじゃないんだ、こっちだって」
ただ許したくない。許せるほどサトル自身の中でも整理のついていない感情だった。
もしかしたら、地獄に落ちると言われていたのが自分の両親だけの事だったら、自分が供養していたのだからそんなわけないだろうと落ち着きどころを見つけて、まだ何とかなったかもしれない。逆に身内だけは皆無事だったら。
手を合わせても手を合わせても、どうしても足りない気がする瞬間があった。
サトルの中にあるヒーロー願望も、その時からずっと続く無力感のせいなのだろう、そういう認識もあった。
アニスの言葉は、サトルのトラウマにひどく刺さりすぎていた。
「構ってくれるなよ……」
完全にアニスの声も姿も見えなくなり、サトルは大きくため息を吐いた。
もうルーの家は目と鼻先だ。
「ひどい顔だねえ」
右手から掛けられた声に顔を向ければ、ワームウッドがそこにいた。
ニヤリと笑てサトルの横に並んで歩きだす。
「何だよ?」
「迎えに来てあげたんだよ」
「いらないよ……有難う」
サトルのふらつく足を支えるように、ワームウッドの手が背中に回される。
「はは、本当に酷い顔」
「悪意のない善意は恐ろしい」
笑うワームウッドに、ひどい目に遭ったんだと愚痴をたれれば、ワームウッドは目を細めて揶揄する。
「不思議と自分が悪い人間になった気がする? それは善い人間であろうとするから感じる罪悪感じゃない?」
そうなのかもしれない。
いい人であろうと、正義のヒーローであろうとするから、そうなれない自分の感情に、更に罪悪感を感じてしまうのかもしれない。
「正義の味方の方が紳士って感じだろ?」
サトルは自分の感情を隠すように、軽口で返し、ワームウッドはそれをも笑い飛ばす。
「はは、何それ面白い」
「笑ってくれるなよ、これでも悩んでいるんだからさ」
「じゃあ善い人辞めればいいさ。自分が笑えないんじゃ、人生損でしょ」
誰かのために、そんなことばかり考えてきたサトルにとって、ワームウッドの何気ないその言葉は、妙にすがすがしい気持ちになった。
「ありがとうワームウッド、あんたが迎えに来てくれてよかったよ」




