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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは精霊と仲良くしたい」
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7・蜜酒の妖精と仲良くしたい(強制)

 買い物から帰ったサトルたちを待ち受けていたのは、やけにぎすぎすした空気と、お手上げといった様子でサロンに避難していた男たち。


 どうやら買い物に行っている間にひと悶着あったらしい。

 モリーユが泣いて部屋に引きこもってしまったと聞き、サトルは慰めるのをオリーブに任せ、アンジェリカやカレンデュラにはあえて触らないことにした。


 何せ彼女たちがいさかいを起こしているのだとしても、それの当事者は彼女たち自身ではないのだ。

 外から働きかけたところで、原因が二者の間に無い「感情論だけの喧嘩」には、火に油になりかねない。


「と、言うわけで、蜜酒作りをしようと思う。講師はこちら、蜂蜜に宿っていた妖精のラブちゃんです」


 そんなこんなで、炊事場に買い物の荷物を運び終わったサトルは、サロンへとマレインを呼びに来た。

 一緒に連れてきたモーさんの背中には、デフォルメした蜂のキャラクターの様な妖精が一匹。

 妖精は「(α_α)」な顔で、じいっとマレインを見上げている。


「この子は気難しいので、是非とも言葉には気を付けてください」


「何でだ!」


 思わず突っ込んだのはクレソン。

 サトルが受け入れていた状況を、いきなり知らない妖精が増えてるっておかしいだろうと否定する。

 突込みのおかげで、サトルはようやく状況を受け入れる以外の方法もあったのだと気が付き、両手で顔を覆う。


「炊事場にいたんだよ……ラブちゃん、採取したミードバチの蜂蜜の入った瓶の上に。ものすごく自己主張してきたんだよ。もう受け入れるしかないと思って」


 さめざめと泣くサトルに、一体何があったとのかとクレソンが聞くが、サトルは言いたくないと首を振る。


 とりあえず、どういう理由でサトルがラブちゃんに逆らえないのか確かめようと、セイボリーが尋ねる。


「気難しいとは?」


「名前を決めるのに十数回やり直しを食らいました。気に入らない名前のたびに尻の針で刺されます」


 言われてみれば、サトルの手には赤い湿疹のような跡が十数個。大きな怪我ではないが地味に痛いのだろうと思えた。


「それでラブちゃんですか?」


 どういう名付けの理由なんだとバレリアンが聞き、それに対してサトルは言葉を間違えないようにしっかりと伝える。


「愛らしい、愛くるしい、愛おしい、で、ラブちゃんです」


「なるほど」


 サトルの紹介にラブちゃんはプーンと鳴いてモーさんの上から飛び立つ。そうなると姿が見えず、金色の光の粒のようになってしまうのだが、ヒースはその光の粒に臆さず手を伸ばした。


「でもなんか可愛いと思う」


 ププーンと嬉しそうなラブちゃんの声。

 露骨なラブちゃんの態度に、クレソンとマレインが唸る様に言葉を交わす。


「喜んでんな」


「私を愛してくれ、という事か」


「っげえ、そういう自己主張の激しい女って、後々面倒なんだよなあ」


「同感。この妖精はなかなか、扱いが難しそうだ」


 ゾッとしないと頷き合う二人に、サトルは少し思った。

 最初からそういう女と付き合わなければいいのではないだろうかと。最も、最初からそういう地雷系女だと分かるなら、世の男はここまで女を恐れないかもしれない。



 そんなこんなで場所を移して炊事場へ。

 サトルについて蜜酒作りに付き合うのは、マレイン、クレソン、バレリアン、ヒース、そしてアロエとルーの六人。

 全員で作業台の上に必要な道具類を用意し、サトルとアロエの分け前分の蜂蜜を使い作ることになった。


 サトルは気になり確認をする。


「アロエはいいのか? ラブちゃんに作り方教えてもらうんで」


「いいよ、あたしだと雑にしか作んないから、発酵の時に悪くしちゃうし、何だったらいっそマレインさん作っちゃいます?」


 酒は好きだが自分じゃ作れる気がしないと、アロエはいっそ丸投げする気のようだ。

 マレインは苦笑し、良いですよと請け負う。しかしその尾は喜びを隠しきれていない。


 道具は焼いて殺菌をするらしいが、それもどうやら魔法で済ますことが出来るようで、これはマレインがまとめてやってくれた。本当に蜜酒を作るのが楽しみでたまらないらしい。


「で、このミードバチモドキが何を教えてくれるって?」


 マレインに任せておけば問題はないんだろうとクレソンはラブちゃんを小馬鹿にするが、そんなことをラブちゃんが許すはずもなく、お前は炊事場から出ていけとばかりにクレソンの手に飛びつき、甲ををぶすぶすと刺した。


「ぎゃ、痛い痛い、地味に痛い。って、こいつ触れねえ!」


「実体化してるのに?」


 追い払おうにも追い払えないラブちゃんに悲鳴を上げるクレソン。すでにモーさんや共にいた妖精たちを触った経験があるヒースが驚く。


「妖精たちは、任意で触れる状態とそうでない状態を使い分けてるっぽい」


 だから馬鹿にしたら攻撃される一方だと、サトルは冷めた様子で説明する。


「ほら」


「うわあ、生えた」


 そのサトルの頭から、にょきりと生えるるギンちゃんとテカちゃん。下半身は完全にサトルの頭部にめり込んでいるように見える。


「じゃあ続けていい?」


 妖精を頭から生やしたまま続けようとするサトルに、ちょっと待てとクレソンが叫ぶ。


「色々とサトルは動じなさすぎだろこれ! お前それ気持ち悪くないのかよ!」


「妖精は、いやこの世界は何でも起こるんだって、諦めた」


「諦めるのはえーよ!」


 そう言われても起きるものは起きるのだから仕方がない。

 頭から生えたままギンちゃんとテカちゃんはキュムキュムフォンフォンと楽し気に鳴いているので、もう楽しいならそれでいいや、というのがサトルの心境だった。



 騒がしさはあったが、蜜酒作りは順調に進んだ。

 分量はマレインとラブちゃんがかなりシビアに調整するよう命令してきたが、作り方自体はかなり簡単だった。

 これでアルコール度数1パーセント以上の物を作ってしまうと、日本では税金がかかるというのだから、簡単な密造酒と言われてしまうのも納得だと、サトルは甕を目の前に唸る。


「こんなに簡単でいいんだろうか?」


「簡単に見えるだろうが、わずかな分量の違いがアルコールの強さや味の違いになるんだよ」


 くくっと、喉の奥で笑いながら、マレインは自分の分の甕にドライフルーツにしたクラビーと乾燥したホリーデイルを加える。少しだけ生の状態の蜂蜜を残し、飲む段階になってから加えるらしい。

 これはマレインが独自にやっているアレンジだという。蜜酒はアレンジ品も多く見た覚えがあったので、サトルはすんなり納得できた。


「最後に、紙、布、ダンジョン石の灰、紙で蓋をして、縛る!」


 手慣れた様子で甕の上部を封じていくマレイン。

 雑菌が入らないようにらしい。


 生成されて間もないダンジョン石は燃やすことができ、この灰は殺菌作用が高いらしい。これも一種ダンジョンの恩恵なのだろう。


 酒造では植物の灰を雑菌防止や滓を取り除くのに使うことがあるので、この町で酒が上手くできやすいというのは、もしかしてこの灰のおかげかもしれないと思い、サトルはルーにそれを伝える。


「かもしれませんね、うん、その内実験してみましょう」


 と、いつも持ち歩いているメモ帳に書き留めるルー。どうやらルーは今まで自分で酒を造る事は無かったようだ。


 サイズで言うならラグビーボールより一回り大きいか、という程度の甕二つ分。数日すればこれが冒険者たちを魅了する蜜酒になるのだ。

 目安は中から発酵時の気泡がはじける音が聞こえなくなるまで。

 甕に耳を近づけると、すでにシュワシュワと発酵の音が聞こえていた。


「ふふふ、こうして自分が手掛けた酒が、数日して出来上がる事を思うと、心が湧きたつね」


 マレインの恍惚の言葉に、プーンと相槌を打つラブちゃん。

 ラブちゃんはマレインの掴む甕に寄り添い、愛しい物を愛でるように、何度も小さな手で撫でる。


「やはり君もそう思うんだな。ああ、本当に楽しみだ」


 何故かすっかり意気投合したらしい一人と一匹。

 そう言えばこの人も、最初は自分に意地悪をしてきたんだよなあ、とサトルは諦めきった目でその光景を見つめる。


 クレソンもまたサトルと同じような顔で、意気投合する一人と一匹を見つめる。


「なあサトル、俺おもんだよ」


「何だよ?」


「サディストって共感しあう生き物なのか?」


 サトルは答えられない。代わりにバレリアンが口を挟む。


「それお二人に直接言ってみては」


「俺まだ五体満足でいたいから遠慮するわ」


「それが賢いと思います」


 普段衝突することも多い二人だが、今回ばかりは珍しくすんなりと意見の合ったクレソンとバレリアン。サトルも、そしてその横でヒースも力強く頷いていた。


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