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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル異世界に行く」
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9・やっぱり謎の妖精再び

動物を解体する描写があります。

苦手な方はご注意ください。

 血抜きの済んだモンスターの死骸は、普通にその場に残っている。

 腐ってダンジョンに取り込まれるとルーは説明したが、今の所匂いも新鮮な血肉の匂いのままだ。


 時間がかかるのだろうかと、直視しないように気を付けながら、サトルは犬を棒から降ろす。

 せめてこれくらいはと思ったのだが、手にかかる重みがやはり生々しい。


「あ、でもこの木がモンスター除けになるなら、何でこの犬は」


「そうなんですよね、不思議ですよね。もしかしたら、キンちゃんに引き寄せられてとかでしょうかね? ほら、お腹の中にキンちゃんのお仲間さんがいらっしゃるようですし。あくまでも仮説ですけど」


 開いたら分かるかなと、何とも楽観的にルーは言う。

 最初からこのモンスターに対して、何でここにと言っていたので、ルーとしても気になっていたのだろう。

 仮説を立てるにもモンスター自身はもうすでに息絶えているので、その死骸を検分するという事か。


「心なしかワクワクしているように見える」


「探究心は多い方ですので」


 こんな探究心は嫌だなあと思いつつ、サトルはナイフをルーに返す。


 ルーは受け取ったナイフを、何かの獣の皮のような物で拭う。シャリンと金属音にも似た音がするので、もしかしたらこれもただの毛皮ではないのかもしれない。


「それはちょっと面白そうだ」


「ニードル種の毛皮ですよ。これもこの辺りの特産品ですね。とても硬いので、防具に使うほか、若い個体の毛皮だと、こうしてナイフの手入れにも使えるんです。興味がおありでしたら、帰ったら先生の本をお見せしますよ。こちらの文字は?」


 自動翻訳のせいか、サトルには音として聞こえるニードル種というのが、一体何かわからなかった。

 分からないが、たぶんモンスターだ。自動翻訳でニードルになっているのだとするならば、毛皮が針のようなモンスターという事か。


 言っていた通り獣の解体に慣れているらしく、ルーは喋りながらよどみなく野犬の正中線刃を立てる。

 見るに内臓を傷つけないように、先に皮をある程度剥いで、そこから筋肉に沿って刃を入れるらしい。


 本当に手馴れている。頭をゴリっとおとし、皮さえ剥がれれば、それはサトルが旅行先の市場でよく見た吊るしの肉と変わらなくなった。


「あー……たぶん読めないんじゃないかな。言葉はたぶんキンちゃんが翻訳してくれてるんだと思うけど」


 相槌を打ってキンちゃんがフォーンと鳴く。ついでにモンスターの腹の中の妖精もフォフォフォーンと共鳴する。

 もしかしたらこれはけっこううるさくなるかもしれない。


「あら、では学びますか? 私も一度は弟子を取ってみたいと思っていました」


 本気か冗談か、ルーはくすくす笑って上機嫌だ。

 獣の腹を捌きながらそんな笑い声を立てられると、正直ちょっと怖いが、サトルとしては助けてもらっているのであえて指摘しないでおく。


「文字は興味あるけど……」


 とたんキンちゃんがフォフォーンとひときわ高く鳴いた。

 すると同時に、ルーが開いていた獣の腹から、スポーンと飛び出してくる真っ白な光。


「あ……この光ですかね」


 光はルーにも見えていたため、腑分けの手を止めて飛び出してきた光を手に取ると、それを背後のサトルへと手渡した。

 少しべちゃっとしたのはご愛敬。


「うお……キンちゃんとおんなじ顔」


 手渡されたそれを恐る恐る見てみると、恐れていた血まみれスプラッタという事もなく、キンちゃんそっくりの何かがいた。

 細部は若干違うし、色もキンちゃんと違って真っ白だ。キンちゃんが微妙に崩したテルテル坊主に手と羽を付けたような見た目に対し、こちらは手の代わりに足が付いている。


「そうなんですか?」


 ルーにはどちらもうすぼんやりとした光にしか見えていないので、同じと言われても全くぴんと来ない様子。

 ただサトルがキンちゃんや今しがた取り出しばかりの妖精に対して、かなり好意的であることは見て取れたのか、微笑ましそうに言う。


「そういう生物がお好きなんですか?」


「うん、凄く可愛いよ」


 サトルの言葉に「(・∀・)」な顔の妖精が、嬉しそうに掌の上で跳ねる。


 キンちゃんも負けじとサトルの頬にもっちりとくっつき頬刷りをする。

 ふわふわのマシュマロをこすりつけられているようでとてもくすぐったい。


「あははは、こらこら、そんなにじゃれつくなって」


 ぼんやりとした光とじゃれ合う成人男性。

 ルーからしてみると、そこに何があるという事もなく、何となく空間が光っているだけだというのに、サトルは子猫でも可愛がるように、掌で優しく撫でたり、何かを押し返すようなしぐさをしている。


「一見すると危ない人です」


 ルーが思わずこぼした一言に、サトルはぴたりと動きを止める。


「それは俺も思ってました」


 やっぱり俺危ない人だったわ、と独り言ちて、サトルは深呼吸を一つ。


「ルーはともかく、やっぱ人前でキンちゃんに話しかけるのは止めよう」


「私もその方がいいと思います」


 真顔で頷き合う二人。

 下手をしたら幻覚を見ている怪しい輩である。


 サトルは気を取り直し、キンちゃんを片手で掴み、ニューカマー妖精の横に並べる。


「白っぽいからこっちはギンちゃんにするか」


 ニューカマー改めギンちゃんが、フォンフォンと嬉しそうに鳴きサトルの頭上に飛び上がる。

 よほど名前か、もしくはサトルのことが気に入ったようで、ギンちゃんはサトルの頭にくっつき頬刷りを繰り返した。


「名前は貴方が付けてらっしゃったんですか?」


「何かいっぱいいて、集めてほしいらしいから、識別しておきたくて」


「そうでしたか。いっぱい……」


 いっぱいと聞いて何故かじいっとギンちゃんを見つめるルー。その物欲しそうな視線の意味は察して余りある。

 が、しかし、キンちゃんもギンちゃんも自由意志でサトルの周辺に集っているようなので、この子らをルーに譲渡するという事はできない。


 サトルはルーの視線をあえて、あえて心を鬼にして無視をする。


「ギンちゃんよろしくな」


 名前を呼ぶたびにギンちゃんはフォフォフォフォフォーンと激しく鳴く。キンちゃんよりも自己主張が激しいようだ。


「凄い鳴いてます」


「で、も、喋れはしないのかあ」


 ルーにもはっきりと聞こえるくらいに鳴いているというのに、ギンちゃんも意味のある言葉を発してはくれない。

 キンちゃんギンちゃんとサトルは、お互い好意を持って接しているが、どうも意思の疎通はままならないらしい。


「うーん、ダンジョンに関係するのは確実っぽいんですけどね」


 意思の疎通はできないどころか、ルーではその声を聞くことがやっと。それでもせっかくのダンジョン研究の手掛かりと思うと、ルーとしてはどうしてもそばに置いて置きたいらしい。

 その気持ちは分からなくもない。サトルとしても、まだよくわからない世界について聞きたいことが沢山あるので、ルーがどこか住みよい場所を提示してくれるならば、それに乗る気もあった。


「あの、さっきの弟子の話なんですけど、良かったら家に居候してくださいません? 部屋だけならいくらでもあるんで、薪の代金だけいただければ、何泊していただいても構いませんから! そうしたら私が文字も教えますし、色々、こちらの国の事、文化の事とか教えて差し上げることが出来ると思うんですよ」


 それはサトルにとっても願ってもないことだった。

 住む場所の確保は何より優先しなくてはと思っていたし、先ほどのように薬草の採取を教えてもらえれば、今後は自力で採取し金に換えることもできるだろう。


 モンスターの腹の中からギンちゃんを見つけたことを考えると、それこそ昔やった三日貫徹デスゲームのように数日徹夜で町やダンジョンを徘徊しなくてはいけないかもしれない。

 さすがにそれは効率が悪すぎるし、勇者と言われても、実際は一般人として育ってきたサトルにとっては死しか見えない無謀な行為だ。


 住みよいかはさておき、信頼できる住居。知識を提供してくれる誠実な人間、それと生活の糧。こちらが提供するのは、リスクも負担も無いキンちゃんやギンちゃんの反応。断る理由はない。

 わずかの間にサトルはそれだけ考えて、ルーの条件を受け入れることを決めた。


「それはありがたいな。こっちの条件はキンちゃんたちで」


 グギュルルルルルと響く、空腹の音。

 サトル自身の言葉を遮るように響いたその音に、サトルもルーも固まってしまう。

 先に我に返ったのはルー。


「お腹空いてらっしゃいます?」


「あははは……」


 乾いた笑いで生返事を返し、恥ずかしげに頷くサトル。

 ずっと空腹は感じていたが、何も今こんなに盛大にならなくてもいいではないかと、自分の腹を殴りつけたい衝動に駆られる。


 そんなサトルを慰めるように、キンちゃんとギンちゃんがサトルの頭の周りをぐるぐる回っては、フォーンフォーンと鳴き交わす。

 発光も強くなっている。

 いたたまれないサトルを全方向から全力ライトアップだ。


「何でそんな羞恥心煽るようなことすんだよこの子たち」


 両手で顔を覆って蹲るサトルに、ルーは憐れむように声をかけた。


「じゃあ、ご飯ご馳走しますよ。この出会いを祝して、ちょっとした会食という事で」


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