3・妖精もみんなと仲良くしたい
翌朝、サトルは陽が昇り切るころに妖精たちに起こされた。
頭上でフォンフォンと鳴くキンちゃんとギンちゃん。
サトルは騒がしく鳴くキンちゃんたちに連れられて炊事場に行く。するとモーさんがサトルの足に駆け寄り、思いきり体当たりをかました。何とか踏ん張るサトル。
「何だよ、寂しかったのか?」
聞いてみれば、モーさんはその通りだと言うように、モーっと鳴いた。
「何だこれは」
廊下から聞こえた驚愕の声に振り返れば、そこにはマレイン達の姿があった。
マレイン、セイボリー、ルイボス、クレソン、バレリアン、もちろんワームウッドとヒースの姿もある。
こんな早朝にいったい何の用だろうか。
驚きわなわなと震えているのはマレインのみで、クレソンとバレリアンは驚愕に固まり、セイボリーとルイボスは興味深そうに炊事場の中をしげしげと見つめている。
その視線を追うように、サトルも炊事場の中を見る。
自分の足元には懐いてくるモーさん。その背中にはテカちゃんが気持ちよさそうに寝ている。さすがに天井にも張り付けるヒカリゴケの妖精か、全く振り落とされる気配はない。
ニコちゃんはどうやら使われていない窯の中に入るらしく、妙に反響するフォーン、が聞こえてくる。
ディーヴァとプリマはそこが気に入っているのか、広い作業机の上で、ドレスに足を隠し座り込むような形で眠っている。眠るときすら優雅である。
「妖精ですよ。モーさんは知ってますよね? この子の力で、この炊事場だけは妖精が見えるようになってるみたいです」
「うわ、すっげえ! マジだったのか」
「本当に凄いですね。ヒース君とワームウッド君は先に見ていたんですか?」
サトルの説明にクレソンとバレリアンが興奮し炊事場になだれ込む。
その後ろでワームウッドとヒースが苦笑いしているのは、サトルから妖精たちの性質を聞いていたから。
「まあね、うん、ここの子全員じゃないけど……そこの赤い子とか、見たことないしね」
ワームウッドの笑みは苦笑いではなく、意地悪な笑みだったようだ。
ワームウッドの言葉に誘導され、クレソンとバレリアンの二人はディーヴァとプリマの眠る作業机の前に。
人の気配を察してか、二匹の妖精は目を覚まし立ち上がる。
そしてサトルにして見せたのと同じように、それはそれは見事なカーテシーを披露する。
とたんクレソンとバレリアンの耳と尾の毛が逆立った。
「おー、この赤いの凄いな。良い匂いするしよ……なんか、すっげえわ」
「確かにこれは……素晴らしい所作です。まるで淑女のような優美さ!」
興奮して凄い凄いと繰り返す二人の目は、瞳孔が収縮し、二匹の妖精以外見えていないように見えた。
自分たちを称賛する二人に、まるでお礼のように歌い舞う二匹の妖精。
二人のあまりの興奮具合に、マレインが慌てて炊事場に駆け込む。
「まてまてまて、この赤い妖精はちょっとおかしくないか? まるでこの様子は、魅了の術にかかっているような」
魅了の術と聞いて、そう言えば自分もこの二匹にやけに興奮したなと、サトルは思い出す。
「ディーヴァ、プリマ、君達はそんなことをしてるのか?」
二匹の妖精は、サトルの問いにリンリンリリンと鈴の声で答える。どうやら肯定らしい。
「なるほど、ええ、これは魅了の術と同じような物みたいです。でも簡単に解けます」
そう言ってサトルはクレソンとバレリアンの肩を、とんとんと軽くたたいた。
びくりと肩が跳ね上がり、二人の逆立った毛がふわりと倒れた。
「うお、ああ、なんだ? 俺に今話しかけたんだよな?」
「ついうっかり見入ってしまいましたね。いやでも本当に素晴らしい踊りと歌だった」
「ついうっかりって、お前たち本当に何ともないのか? 妖精に夢中になっていただけなのか?」
我に返った二人に、まさか洗脳でもされていないよなとマレインが確認する。しかし二人はマレインがいったい何に慌てているのか、全く理解できない様子。
「この子たちは自分たちを見てもらいたかっただけなのかも」
「だとしてもこれは危険だろう……」
サトルの言葉に、マレインはげんなりとこぼす。
「これじゃあ沼に人を引きずりこむモンスターと変わらないだろ」
魅了することに悪意が無かったとしても、人の行動を縛る存在は危険だとマレインは言うが、当の縛られたクレソンとバレリアンは、尚も二匹の妖精に興味を持つ。
クレソンなどはわざわざ屈みこみ、二匹の姿を視界に収める。
「あ? こいつら……酒の匂いがする」
顔を近づけたことで気が付いたのだろう、そう言ったクレソンの言葉を確かめるために、バレリアンも腰をかがめる。
「本当だ、クランブルワインの匂いですね」
「俺も嗅ぎたい」
クレソンとバレリアンの言葉にヒースも興味を持ったらしく、俺も俺もと炊事場へ。
だったら自分たちもと、セイボリーとルイボスも揃って炊事場の中へ入ってくる。
男ばかり八人詰め込んでも、炊事場はまだすれ違う余裕が十分にある広さで、サトルは改めてこの部屋広いんだよなと、どうでもいいことを思う。
それでもさすがに一カ所に集まってはむさ苦しいので、奥の竈の方へと行けば、ニコちゃんがサトルの顔面目掛けて飛びついてきた。
フォーンと上機嫌なニコちゃん。おはようの挨拶のつもりなのだろう、何度もフォンフォンと鳴き声を上げる。
ニコちゃんには目印になるように、昨晩ルーが持っていたレースのリボンが首に結ばれていた。この上機嫌はそれからずっと続いている。
ミードバチの巣を見つけてくれたお礼でもあるとルーは言っていたが、サトルはいつかこのリボンや、キンちゃんギンちゃんの花の飾りのお礼を用意しようと考えていた。
「やっぱり女の子なんだよなあ、君達」
ニコちゃんだけでなく、ずっと頭上に張り付いていたキンちゃん、ギンちゃんがフォフォーンと鳴いた。
クレソンとバレリアンは作業机の前から横に移動し、ヒースたちも妖精がしっかり見えるようにした。
「気を付けろよー」
クレソンのその言葉は、下手に魅了されるなよ、という事か。
分かってると返し、ヒースが作業机に顔を近づけると、ディーヴァがどうぞと言うように、ヒースに顔を近づけた。
「こっちの子はジャムの匂いだ」
良い匂いと笑うヒースに、ディーヴァも嬉しそうにリィンと鳴く。
一人廊下に残ったワームウッドが、ヒースに聞く。
「モーさんは?」
モーさんは自分が呼ばれたと理解してか、廊下のワームウッドに向かってのしのしと歩き近付く。
自分で確かめろと言うようなモーさんの行動に、ワームウッドがしゃがみ込めば、モーさんは大型犬のようにワームウッドに前足をかけ、その顔面をべろりと舐めた。
「うぷ……これは、ピクルスとチーズとヨーグルトの匂い?」
ワームウッドの感想に、ルイボスが笑い、笑われるのはあまり好きじゃないと、ワームウッドは唇を尖らせる。
「おやそれは、美味しそうな匂いですね」
「食べたら腹下しそうですけどね」
その様子が楽しそうで仕方なかったのか、テカちゃんがモーさんの背中から飛び上がりサトルの元へ飛んでくる。サトルの左手にすり寄り、キュムンと控えめに鳴いた。
サトルが左手を顔の前に持ち上げれば、テカちゃんは嬉しそうに頬刷りをする。
「テカちゃんは……なんだろ? ダンジョンの匂い?」
ダンジョンの匂いと聞き、クレソン、バレリアン、ヒースの耳がそろってサトルに向く。
ルイボスとセイボリーに作業台の前を明け渡し、どれどれと興味深そうにテカちゃんの匂いを確かめに行く三人。
三人はとても好奇心が強いらしい。
「っつうか、濃い緑の匂いだな。あと土の匂いもするぞ」
「こっちの子は、苔の匂いですね。僕この匂い嫌いじゃないですよ」
「あ、鳴いた。この子人懐っこい」
キュムンと鳴くテカちゃんに、ヒースが可愛いと言えば、テカちゃんはキュムキュムと鳴いて返す。
妖精たちの思いの外人懐こい様子に、ルイボスとセイボリーも感心しているようだった。
セイボリーがサトルに視線を向ける。何か用だろうかとサトルは背筋を正す。
「サトルは、彼らを使役できているのだろうか?」
「使役というよりも、お願いを聞いてもらっています。俺も彼女たちのお願いを聞くことで、対等な関係だと俺は思っていますね」
対等という言葉に、ルイボスがそれは面白いと、また愉快そうに笑う。
ルイボスもまた、目元を和らげ、好ましい物でも見るように妖精たちを見ている。
「精霊とシャーマンでは、精霊の力が強ければ、精霊の立場が上になるのですがね」
「ああ、だが妖精たちは違うようだ。皆人間を好み、サトルを慕っているように見える」
「何なんだ、このモンスターハウスは」
皆がすっかり妖精を受け入れている中、マレインだけが取り残されたように、ぐったりと肩を落としてため息をついていた。