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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは精霊と仲良くしたい」
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2.5・妖精と油と砂糖ともふもふな猥談

 食事を終えてもまだ時間はそれほど遅くはなく、陽は沈んだが空の端はまだ明るい頃。

 さすがに室内はうす暗く、とてもではないが活動をするにふさわしいとは言えない。


 本来だったら明りを灯すのだろうが、何せここは赤貧であるルーの家。しかも今回下宿を受け入れるにあたって、少しばかり部屋の改善をということで、寝具や一部の道具を購入し、今後食器なども新調しなくてはいけないという。

 油を買うお金をどうするかと頭を悩ませるルーに、サトルが、だったら妖精を明り代わりに使えばいいと提案した。


「ミコちゃん、シーちゃん、フーちゃん、協力してくれるか?」


 新しく見つけた妖精たちは、喜んでと言わんばかりに元気よく返事をした。


 もちろん彼らにはただ働きなどさせられない。お給金としてシュガースケイルを日に三つ与えることにした。

 ルーが言うには油を一晩燃やし続ける場合の量の値段は、市場でシュガースケイルを十五個買う時の倍以上かかるのだとか。


 シュガースケイルはダンジョンが地下に広がる場所ならば、探す必要はあるが地上でも見つけることが出来るので、この時期なら子供が小遣い稼ぎに採ってくることも多い。

 一度見つけるとその場所に数匹、数十匹と集団でいることもあるそうで、なかなか効率のいい小遣い稼ぎになるらしい。そのため油を取るために植物を育て、収穫し、干すなどの加工をし、機械や人手を使って絞るという手間がかかる油より安い。


 人間の歴史において油で苦労をしたというのは結構あるあるな話だ。

 オリーブという木が神が与えてくれた太陽の樹とされるのも、鎖国状態だった日本が開国を求められた理由のアメリカの捕鯨も、そしてロシアが地図上から湖を一つ消し去った理由も、油を求めての事だった。


 砂糖のための大規模農園と、油を求めた人間の業は、どちらの方が罪深いのだろうか。


 そんなことを考えながら、サトルは掌の上でシュガースケイルを齧るミコちゃんを見る。


「そう言えば、互助会の会所とか、いろんなところで猫っぽい光精見たな」


「あれはボスとか、この辺りでお仕事してるシャーマンが、呼び出してる光精だよー。気難しいし扱い難しいから、ずっと明るくしときたい所でしか使えないんだよね」


 アロエが寝椅子にだらしなく寝そべりながら言う。

 場所は東棟の客室の一つ。いるのはサトル、オリーブ、カレンデュラ、アロエ、モリーユの五人。

 部屋はサトルの会社の部屋よりもなお広く、しかも二間続きで部屋ごとに上水道が付いているという豪華仕様だった。サトルが寝かせられていた木の床、木の天井の部屋とは大違いで、相当くすんではいたが壁紙もあれば天井の装飾もあった。


 ふとサトルは思う。


「俺相当扱い悪かったんじゃ……」


 答える声はない。


 元々ルーの師が亡くなってもしばらくオリーブやアンジェリカたちが使っていた部屋で、家具には布をかけて埃避けをしていたのだという。

 ミコちゃんは今日からこの部屋での明かりがお仕事だ。


 少し埃っぽくはあったが、すぐに使える状態の部屋で、サトルは不思議に思った。


「そう言えば、ルーの師匠って、いつ亡くなったんだ?」


「一応死亡が決定ってなったのは半年くらい前」


 アロエがぶっきらぼうに答える。

 アロエの言い回しでは死亡決定になる前にも色々とあったように聞こえた。


「なるほど、だからまだここはそんなに変わってないんだな」


「まあね」


 本当は他の部屋もすぐ使えるんだけど、と苦々しく言うと、アロエは彼女にしては珍しい大きなため息を吐いた。やはり何かがあるのかもしれない。


 話し相手がアロエだけなのは、先ほどからオリーブたちは久方ぶりの部屋の片づけをしているから。

 アロエだけは下手に物を触ると逆に散らかすと言われ大人しくさせられている。

 サトルはアロエにミコちゃんの扱いのレクチャー役だ。


 まるで間接照明のようなほの明るさに見えるが、それでも広い室内全体に光が行き届くという不思議な現象に、サトルは若干疑問を持ったが、まあそれはきっと妖精なのだから、説明を求めても意味がない事なのだろう。


「あー、それにしても本当に明るい。凄いね妖精って」


「ああ、すごいよ。みんな自分たちの名前を認識してるから、光量の調整もお願いできる。この子はミコちゃんだ。明かりを維持するのはそんなに苦労することじゃないってのも、ちゃんと確認済み」


「一体いつの間に?」


「ダンジョンに入る前。一晩中明るくしてても平気ってさ」


「そう言えばダンジョンの中も一晩中うっすら明るいもんなあ」


 ダンジョンの光はまた別の妖精なのだが、サトルはあえて訂正はしなかった。

 そんなサトルたちの話を聞いて、オリーブがなるほどと口を挟む。


「妖精が現れると光が見えると言うし、妖精にとって光る事は特段技術や労力のいる事じゃないのだろうね」


 ミコちゃんへの明かりの調節の頼み方をレクチャーし終え、屋敷にあった籠で簡易に作ったミコちゃん用ベッドを置いて、サトルはオリーブたちの部屋から出た。

 次はセイボリー達の部屋だ。


 セイボリー達の部屋もやはり二間続きの豪華な部屋で、こちらは奥の部屋をセイボリー、マレイン、ルイボスが使い、手前の部屋をクレソンとバレリアンが使うという。


「懐かしいよなあ、まだ半年だってのによ」


「一年以上過ごしてましたしね」


 クレソンとバレリアンの言葉では、どうやら彼らも元々この屋敷に下宿していたらしい。


 ルーがオリーブたちのみならず、セイボリーのパーティーともとても親密な様子だったのにも納得がいった。


 ワームウッドとヒースは現在セイボリー達とメインで契約しているとかで、このクレソンとバレリアンの部屋に居候するという。

 あわただしく運んでいた家具の大半は、二人のための物だったらしい。


 サトルはシーちゃんとフーちゃんをそれぞれルイボスとヒースに預けた。

 小動物の世話ならこの二人がいいと、満場一致で決まったからだ。


 サトルが部屋を出て行こうとすると、クレソンがなれなれしくサトルの肩に腕を回し引き留めた。せっかく男だけなのだから、言いたいことがあるなら言えよとニヤニヤ。

 その呼気はやけに酒臭い。

 アロエが買ってきた麦酒をどれだけ飲んだのだろうか。


 せっかくも何も、サトルとしては何か男だけでしたい話というものはなかった。

 この世界の事で聞きたいことなどは色々あったが、わざわざ男女の違いに言及して迄話したいことが、今はまだ見つからない。


「いや無いよ」


「うっそ吐け、あんだろー? ルーちゃんのおっぱいデカいとか、ケツ触りたいとか、そういうのでいいんだよ。これから一緒に暮らすんだぞ、色々思ったりすんだろ?」


 クレソンの言葉にサトルのみならず、バレリアンとヒースが分かりやすく顔をしかめ、不機嫌そうに床に尾を叩きつけた。


 どうやらバレリアンとヒースはあまりそちらの話は好きではないらしい。

 軽蔑しきった目でクレソンを見ている。

 同じような目で見られてはたまらないと、全く別の話に話題を振ろうとサトルは考える。

 そして気が付く、感情をそのまま表すような彼らの尻尾。


「そう言えば、何でシャムジャはオスだけ尻尾を出してるんだ?」


 単純な質問のつもりだったが、クレソンは吹き出し、ヒースはぶわりと毛を逆立てた。まるで尾が箒の様だ。


「サトルのえっち!」


「サトル、駄目だよ、それは駄目」


 思わず叫ぶヒースに、痛ましい物でも見るかのように忠告をするワームウッド。

 しかし何が問題だったのかサトルにはわからない。

 いや考えれば尻尾のことを話題に出したのが悪いというのは分かるのだが、しかし目の前の男性は皆その話題の尻尾を当たり前のように出しっぱなしにしている。


「え、な、なに?」


「ははあん、お前そういう趣味なのか? やべえな、おい」


 クレソンがニヤニヤしながら上機嫌にサトルのこめかみに拳を当ててくる。

 肩を組まれているので逃げられないし痛いしで、サトルは困惑しながらクレソンの顔面を押さえて引き離す。


「ちょ、どういうことだよ? ヒース俺は何を聞いちゃったんだ?」


「どういうことお、ってわかってんだろ? なあヒース。サトルがお前ご指名で教えて欲しいってよ。ほらほら、お前サトルに教えるの好きなんだろ? 教えてやれよお、何で女は尻尾を出さないのか、あひゃひゃひゃひゃひゃ」


 ケタケタと笑うクレソンに、自分がますます燃料を投下してしまったと気が付き、サトルは困惑したまま助けを探す。

 目が合ったバレリアンは、どうやら硬直していたようで、ハッと我を取り戻す。


「ちょっと、皆さん、落ち着いてください。サトルはシャムジャのやラパンナのいない国からいらしたんですよ。だったら知らなくても仕方ないでしょう」


 隣の部屋でこれだけ騒がしくしていれば、流石に気が付くというもので、様子を見に来たセイボリーが咳払い一つし答えてくれた。


「女性の尾は、性的な象徴なのだよ、サトル。それも、胸元や臀部などよりも直截的な……股座の名称を言うほどに卑猥な話を、君はしてしまったのだよ」


 セイボリーの言葉を聞き、サトルは量の手で顔面を覆って呻く。


「ごめんヒース、えっと、俺知らなかったから……その、本当ごめん」


 自動の翻訳ですら婉曲に、出来るだけ優しい言葉で伝えてくれたのが分かるセイボリーの気遣いが逆につらい。

 申し訳なさに沈むサトルの肩を、ワームウッドが楽しそうに叩く。


「まあそうなるよねー。サトル、子供をいじめて悪い大人だ」


 からかわれているだけと分かっていながら、サトルは言い返すことが出来ずに呻くのみだった。


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