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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第七話「コウジマチサトルは精霊と仲良くしたい」
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2・もっとみんなと仲良くしたい

 サトルとワームウッドが互助会に行くと、オリーブたちは報告をしている最中で、サトルの体に問題がないと分かると、サトルたちは先に帰るように言われた。

 その際サトルとワームウッドの取り分だと渡された皮の袋には、銀貨や金貨が入っていた。


中には見たことのない金属光沢をしているのに、何故か鞣し革の感触の謎のコインも。


「サトル君はそう言うの好きそうだと思ってね、一応金額を合わせつつ、この町で使われているコインのほとんどの種類を詰めてみた」


 ローゼルはそう言ってニヤリと笑う。

 確かにサトルは海外旅行で現地の貨幣や紙幣を見るのが好きだったが、そういう趣味はこの世界にもあるのだろうか、という疑問が一瞬頭をよぎる。


 革の貨幣というと、鋳造技術が拙い時代の貨幣だと思っていたが、ダンジョンの町の革の貨幣は別の意味があるようにも見えた。 


「おやおやサトル君はそれが気になるかい? 青いやつ、それは一番金額が小さい革貨だ。その次が黄色、赤だ。それらは色を付けずにその鮮やかさだ、すごいだろう? この国でのみ獲れるモンスターの革だからね、この国の貨幣だと、すぐに分かるのだよ」


「そういう理由か」


 何処の国の貨幣かを明確にするという事は、貨幣の価値を担保するのは国なのだと分かった。

 つまりこの世界では行商のルートや設備を持った商売人よりも、商売をするための土地や需要を持った国の方が強いという事だろう。

 国が強いというのは、国が安定しているという事だ。


「こんなに? いいの?」


 と驚いたのはワームウッド。


「君達の取ってきた巣にはねえ、蜜酒がたんまりできるだけの蜜が入っていたよ。等分してルーとヒースの分は私たちで買い取ったのでね、その中身はそれぞれルーの分と、ヒースの分も入っているから、ミードバチの蜜の分配ともども、君達で決めるといい。サトル君は蜜酒を作るのだろう? 精霊もさぞ喜ぶだろうねえ」


 それなら納得とワームウッド。

 袋の中には少なくとも八種類の貨幣が確認できるのだが、金貨が最大の貨幣として、ミードバチの蜜は一体どれほどの値段で取引されたのだろうか。サトルは金額を考え唸る。

 オリーブたちのほくほく顔も納得の収穫だったということが、こうして形になるとよくわかった。 


「ああ、蜜酒は良いぞサトル殿!」


 オリーブは絶品の酒なので、是非とも堪能してくれと、それはそれは嬉しそうにサトルの肩を叩く。

 むしろ作れ、絶対に作れ、作って飲んでみろ、という圧が感じられるほどの上機嫌だ。


「蜜蝋の材料のコームも、サトル殿とワームウッドの分はヒースに持って帰ってもらっている。それと、ルーがモーさん用に荷車を新調することにしたらしい。もしそのことで相談があるようだったら、いつでも言ってくれと伝えておいてくれ」


 蜜蝋と聞いてサトルは目を輝かせる。

 サトルにとって「彼女」ともども愛読していたターシャテューダーの世界感に、蜜蝋の蝋燭は欠かせない物だったからだ。


 蜜酒も蜜蝋も、サトルの中ではファンタジーや絵本の世界の物。お土産屋でたまに見るとつい手に取ってしまっていたそれが、本当のファンタジーと相まって、今目の前にあると気が付く。


 金貨や銀貨といういかにもな貨幣も見ていて楽しい物ではあったが、それ以上に、ダンジョン内で手に入ったファンタジーな品がサトルをワクワクさせる。

 むしろダンジョンではワクワクするよりも、役に立たなくてはという使命感や、命の危機を感じて、ドキドキの方が強かったので、純粋な意味で楽しんでいるとしたら、今まさにこの瞬間の方だった。


「それじゃあ、また後で」


 興奮していたせいで、この時はその挨拶がどういう意味なのかサトルは気が付かなかったが、その意味はルーの家に帰ってから分かった。


 ルーの家は元々正面にリビングやサロンなどの客をもてなすための大きめな部屋があり、右手に主人たちのプライベートな部屋、左手に客を泊めるためのゲストルームなどがある造りだったらしい。

 暖炉兼調理要設備、ではなく、専門の調理をする場所がある時点で相当だとサトルは思っていたが、改めて建物を内外から見て、本当に小さい「城」なのだと確信した。


 炊事場はその正面から右の裏手、左の裏手は部屋から見えることを考えて花園だったそうだが、今ではルーの薬草やハーブをメインに育てた菜園になっている。


 また建物の右手はルーや師の残した研究室、書斎、実験用の部屋各種、更に実験や道具の補完に必要だからと、木ではなくダンジョン石で増築された倉庫。

 左手はサトルを寝かせる部屋以外は閉鎖した状態だった。


 しかしその閉鎖されたはずの左側を、せわしなく動く影がいくつか。


「いったいどういうことだ?」


「下宿として貸し出すことにしたんです。というか、先生が生きていた頃はそうしていたんですよ」


 少し寂しそうに、けれど嬉しそうにルーが説明する。


「せっかく懐に余裕もできましたし、炊事場を仕切ってくれる妖精さんたちも増えましたし、オリーブ姐さんたちと、ちょっと下宿の再開を検討しようかと話をしていたんですけどね、そうしたら」


「ちょうど我々の拠点としていた場所が契約更新の時期だったので、サトルの護衛や監視を兼ねて、ここに下宿をさせてもらえないかと、ルーに頼んだのだ」


 セイボリーが言葉を継いでそう説明する。

 二メートルを超えるのではないかと思う巨躯。サトルの腰回りくらいはありそうな太い腕や脚、赤い鬣の獅子で、実はサトルは一目見た時からこの人物を恰好良いなと思っていた。

 ゲームで言うなら絶対に強キャラ! と、声には出さずに内心興奮するサトル。


 どうやら騒がしくしているのは、下宿として部屋をある程度使えるように、掃除し、使える家具が残っている部屋から移動させているらしい。


「あ、サトルさんのための部屋も、これを機に右翼の方へと動かしますけど、いいでしょうか?」


 これを機にという事は、家賃を取る下宿人と、家人やその身内を分けるという事だろう。アンジェリカも右翼に住むことになるとルーは言う。


「それは別に構わないよ。俺は今のところこの服以外の個人の持ち物が無いし」


 服と靴はサトルの個人の物として、元の服を人に渡して手に入れた物だ。それ以外の所有物が無いというサトルに、ルーはへにゃりと耳をたらす。


「サトルさんの剃刀はサトルさんの物だと思います」


 一応ルーに買ってもらった物ではあったが、それはルーがサトルにあげた物だと、ルーは拗ねたように唇を尖らせる。


「君の役にまだ立ててないけど」


「立ってますってば、ダンジョンの事も、あとキンちゃんたちの事も、色々助かってるんです! 今は時間取ってないからまだ何も書き出せていないですけど、すぐにでも論文書けるくらい色々分かったんですよ! なのにサトルさんったらまるで自分は何もしてないって態度で、それ狡いですよ! 感謝の気持ちくらい受け取ってください! 私サトルさんにたくさん助けてもらって、ありがとうって伝えたくて仕方ないんですから!」


 ルーの瞳に涙が浮かび、サトルはぎくりと身を強張らせる。

 緊張した空気を壊したのは、セイボリーのパーティメンバーの一人、黒いオオカミ耳のマレインだった。


「ルー、喧嘩はいいから手伝ってくれないか? 仕事に使える大きな机が欲しいんだ。どの部屋から持ってくればいい?」


 マレインに聞かれ、ルーは我に返る。


「あそれでしたら倉庫の方に。製図もできる特注の机なので、マレインさんだけじゃちょっと運べないと思います」


「オーケー、セイボリー、ワームウッド、クレソン、手伝ってくれ」


 マレインの要望にまっさきに了解を示したのはセイボリー、その後に続いてワームウッドが「来たばっかりなのにな」とぼやきつつも従い、クレソンは「げえ、めんどうくせえ」と言いながらもマレインに付いて行く。


「……俺の部屋も、家具移動しなきゃいけないのかな」


 まるで引っ越しでもするような大変さが、見ているだけでも伝わる中、サトルは自分だけじゃ大きな家具は運べないよと肩を落とす。

 しかしそれが杞憂で、すでにセイボリー達の手でサトルの部屋が整えられていたことは、この大掛かりな引っ越しがすべて終わってから伝えられた。


 昼食抜きでの大仕事を終えた後、オリーブたちが帰ってきた。

 まるでタイミングを見ていたかのような時間に、クレソンとワームウッド、ヒースが少しばかり不満の声をあげたが、その手に持ってきた食事を見て、すぐにその態度は一変した。

 食材の買い出しにも言っていないので、このままではルーの家にあり物で食事を済ませることになる所だった。


 ルーの家は大きな屋敷なのでリビングがあり、そこには何代も前から使っていたという大きなテーブルと、倉庫から出してきた椅子が並べられていた。

 今後食事はここか、くつろぐために開放しているサロンで摂ることになるらしい。


「って、言っても、揚げパンと酒と、後はちょっと摘まめるように干しブドウとだけだけど、サトルはそれでもいい?」


 アロエがそう言いながらテーブルに買ってきたものを適当に「ぶちまけ」た。

 驚きはしたが、テーブルクロスや食器類は財産で、一人での食事をするルーには必要のなかった物としてすでに売った後だったので仕方がなかった。

 仕方がないので最初から綺麗に拭き上げてある。


 ちなみに家具は埃をかぶらないよう管理するために一カ所に集めただけで、大きさや重さもあって、売却先も決まらず売ってはいなかったらしい。

 サトルが以前寝かされていた部屋は、左翼棟の何にも使われなかった日当たりの悪い部屋だったそうで、よくまあそんな所にとサトルが恨み言を言えば、皆が一様にマレインを見たことから、そうするように提案したのはマレインだと分かった。


「俺は特に気にしないけど、ダンジョンの中でもそうだったけど、どうして俺にばっかり気を遣うんだ?」


 しょっちゅうグルメだと揶揄されたり、ヒースも食事に関してサトルに気を使ったり、その顔を見て一喜一憂したりと、なかなかに扱いが特殊な気がして、サトルは不思議に思っていた。

 そんなサトルの質問に、ルーが困ったように答える。


「サトルさんの国ではどうだったのか知りませんが、平時の食事を娯楽のように楽しむことは、ダンジョンの町以外ではあまりない事なので、ダンジョンを知らないのに食事を娯楽と感じているらしいサトルさんは、私たちから見れば不思議なんですよ。名前も家名が付いてらっしゃるし、仕事も文字を読み書きしていたというので、やっぱりノーブルなんだなと」


 聞いて今度はサトルの方が困ってしまう。


 ずっとこの世界は中世か、近世のような文化を持っている世界だろうと思っていた。中世ヨーロッパのような文化だとしたら、確かに祭りの時や大きな都市でもない限り、食事が娯楽という事も無ければ、メインの仕事が文字の読み書きという知識人の仕事をする人間も限られているだろう。

 サトルが気を使われる理由は、サトル自身にあったらしいと気が付き、サトルは困ったまま後ろ頭を掻く。


「本当にノーブルではないんだよ。文化の違いでしかないというか」


「分かってるよー、サトルっちがそんな身分とか気にしないっての。身分とか気にする人間が、あたしらと一緒に地面に寝たりしないし、適当に転がされてて怒らないとかないじゃんか? ただちょっと気を使ってやらなきゃ可哀想かなって思っただけだし」


 これでもかと眉間に皺を寄せるサトルの背を、アロエがバシンと力強く叩いて笑う。

 そのあまりの強さと、肺の真裏を狙うような攻撃にサトルはもんどりうって床に倒れた。


「サトルさん!」


 倒れたサトルを床に膝突き介抱するルー。


「あれ?」


「何やっているのよアロエ。貴方前もサトルさんを叩いたでしょう。この人が弱いと分かっているのだから、力は加減してあげなきゃ」


 カレンデュラがアロエを咎めるが、当のアロエはあははははと軽く笑っている。

 その全く人を敬う気配のない様子からサトルへの気遣いが、権威や権力への気遣いではなく、本当にひ弱なサトルへの心配や、弱い物への配慮なのかもしれないと思えた。


 でもどうせ配慮するなら、こういうガサツなところどうにかしてくれた方がいいんだけどな、と、痛みと息苦しさにせき込みながらサトルは思った。


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