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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルとダンジョンの町のお仕事」
78/162

8.5・千手観音と二本の手

読み飛ばし可

少しですが主人公のトラウマ、災害についての記述があります。

苦手な方はお気を付けください。

 この日サトルたちはダンジョン内で「野宿」をすることとなった。

 モンスターの接近に備えたり、燃やしている灯を絶やさないように、交代で見張りをするのだが、サトルとルーはあくまでもゲストということで、この見張りの交代要員にはされなかった。


 夜になり光が弱まると、気温もだんだんと低くなってくる。野宿に慣れていないだろうサトルとルーのためには、特別にフェルトのような布が一枚ずつ用意されていた。これもローゼルの指示だったと言う。


 最初からサトルが疲弊することを見越していたような至れり尽くせりに、思う所が無いわけでもなかったが、サトルはありがたく毛布を使った。

 ぐったりという表現そのままに、ただただ静かに横たわるサトルに、ヒースが心配そうに寄り添う。


 社員寮で飼われていた猫を思い出し、サトルは苦笑する。

 あの猫は風邪を引いた人間のベッドに潜り込むのが癖だった。


「サトル大変だね」


 ワームウッドには、疲れている相手を必要以上にかまうな、と注意されていたのだが、それでもヒースはサトルのことが気になるらしい。

 サトルは目を閉じたままヒースに答える。


「んー……でもまあ、これくらい大変な方が、人の役に立ててる気になるからいいんだ」


「それって危ない思考だと思う」


「分かってる」


「無茶しないでね?」


「ああ……」


 まだ何か言いたげなヒースだったが、少し離れた場所から火の番をしていたワームウッドがヒースを呼んだ。これ以上サトルにかまうなという事だろう。


 ヒースが声の届かない場所に離れたことを確認し、近くに寝るルーにも聞こえないよう、小さな声でサトルはつぶやく。


「俺は、そこまで無理してるつもりないんだよ……それに、さ、それに」


 実感の伴わないことは、証人欲求を満たすに当たらない。

 大きなヒーロー願望はなかったが、サトルの中の証人欲求はねじくれて、間違いなくサトル自身の首を絞めていた。


「サトルさんは、そんなに人の役に立ちたいんですか?」


 どうやらルーには聞こえてしまっていたらしい。

 起きていたのか、起してしまったのか、もしかしたら最初からヒースとサトルの会話を聞くために息を殺していたのかもしれない。


「何か理由があるのですか?」


 無視して寝ようかとも思ったが、目を閉じても心臓の音がやけに大きく聞こえて、サトルは眠るのを諦める。

 疲れすぎると眠るに眠れない。体の興奮が上手く収まらない。


「……俺がまだ十代の子供だった頃、ヒースくらいの歳の頃かな」


 突然始まったサトルの昔話に、ルーは驚いたように身じろぐが、言葉を遮りはしなかった。


「大きな災害が起きてさ……」


「水害ですか?」


「分かるか」


「ええ、まあ」


 サトルが水を苦手としているらしいことは、町に来た時に気にしていたことから推測できたのだろう。ずっと町の造りを気にしていたサトル言葉や態度、その露骨さは、話を聞けばすぐに納得のいくものだった。


「町が全部押し流されるよな洪水だったんだ。水が上がってくる、って言う話じゃなくて……建物は土台しか残らないような」


「それは……想像ができません、ですが、恐ろしい事のように感じます」


 想像ができないと言うルーの感想に、サトルもそうだったと頷く。


「俺もそうだった、あの洪水があるまで、俺は自分がそんな恐ろしい災害に巻き込まれるなんて思っていなかった。だから俺はその時何の役にも立てなくて……社長に助けてもらってなければ、今頃どうしてたかな」


 当時の何もできなかった自分を思い出し、サトルは身を丸め、低く呻く。


「彼女を連れて高台に逃げるのが精いっぱいだった……皆、誰も助からなかった」


 あの時自分が引き返していれば、もしかしたら誰か一人くらいは助けることが出来たかもしれない。

 あの時茫然自失で動けなくなってさえいなかければ、水が引いた後に人を探しに行く手伝いができたかもしれない。

 あの時ああしていれば、こうしていれば、なぜ自分は動けなかったのか、なぜ自分は動かなかったのか、思い出すと考えてしまう。

 考えて、考えて、また動けなくなってしまう。


「俺は英雄にはならないでもいいから、誰かの助けになりたいんだ」


 ルーがサトルの背に自分の掌を当てる。まるで母親が悪夢にうなされる子供の背をさする様に、震えるサトルの背をさすった。


「私の助けになってくれてるじゃないですか」


「助けて欲しいっていう人はいっぱいいるだろ?」


「全員は助けられないと思います」


「だよなあ」


 助けて欲しいと願う人、全部を助けることが出来るほど、サトルは力があるわけでもなければ器用でも頭がいいわけでもない。

 誰彼構わず助けていられるほどの体力はなおさらない。

 だから助ける人間の取捨選択をする。


 その取捨選択が、また心が痛むのだ。


「千手観音菩薩には敬服する」


「何です?」


「俺の国の神様の一柱。千本の手で色んな人を救ってくれる神様なんだ」


「凄い神様ですね」


「助けて欲しいから、神様がいっぱいいるのかもな……」


「神様は助けてくれませんよ……」


 ルーは言う。

 ルーの知る神様は、ジスタ教の主神の事だろう。 

 ジスタ教の神は、人に試練を与えるらしい。それがダンジョンであり、そのダンジョンで彼女の大事な人は死んだ。

 だからルーは神を信じることはないのだろう。


 だから、ルーは神ではなく、ダンジョンの妖精を連れているサトルに助けを求めた。


 サトルの握る左の拳に、寄り添うようにキンちゃんが留まっていた。

 キンちゃんたちもまた、サトルに助けを求めていた。


 二本しかないサトルの手では、救える数に限りがある。そんなことは最初から分かっていた。

 だからサトルはその二本の手で、救える人だけを救いたいと思った。


「助けるのは俺だ……俺がこのダンジョンを、キンちゃんたちを助けるんだ」


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