8・続、コウジマチサトルのお仕事
おもむろに増えた三匹の妖精。
サトル以外には淡い光にしか見えないそれに、サトルは話しかける。
「ええっと、君達は……」
フォンフォンと鳴く妖精たち。共鳴するようにキンちゃんたちもまたフォンフォンキュムキュム。
とりあえず、識別のためと、キンちゃんたちを落ち着かせるためにも、幾つか指示を出しておく必要があるようだとサトルはため息を吐く。
「……キンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃんは混じらないようにモーさんにくっついててくれ。テカちゃんも、一緒に静かにしていてください。よし、じゃあ新しい三人、君達に名前を付けてもいい?」
サトルの言葉にフォフォフォーンと嬉しそうに響く三重の鳴き声。
「じゃあ、キンちゃんとそっくりな君達二人、右の子がミコちゃん、左の子がシーちゃん、ギンちゃんにそっくりな君が、フーちゃん、でいいかな?」
キンちゃんと同じ金色の二匹と、ギンちゃんと同じ白っぽい一匹に、それぞれ番号を振るような感覚で名前を付ける。
後ろでサトルを支えつつ、ルーが「センス……」と呟いたのは無視した。
ミコちゃん、シーちゃん、フーちゃんは、名前を付けてもらったのが嬉しかったのか、フォフォフォーンと高い声をあげて、サトルの頭上を回りだした。
「光ってる」
アロエが笑いをこらえながら呟けば、モリーユもまた肩を震わせ大きく頷く。
「ものすごく光ってるわねえ」
「なるほどこれは不審者か……」
カレンデュラややオリーブも、感想を言う声が震えている。
「サトル眩しいし変な人みたいだ」
ヒースは笑顔で正直に失礼なことをのたまい、サトルに無言でチョップをされる。
「痛い」
「痛くした。変な人ってなんだ変な人って。この子たちはキンちゃんたちと同じ妖精だ。モーさんにくっつけばわかるよ」
サトルは指示のつもりで言ったわけではなかったが、それだったらとミコちゃんたちはモーさんに飛びつく。
びっくりしたのかモーさんはンモモーと鳴いてサトルに突進してきた。
ドフッとサトルの尻に体当たりし、サトルは地面に倒れ伏す。
「サトル!」
「モーさん駄目すよ! 襲っちゃだめです! 落ち着きましょう!」
興奮冷めやらぬモーさんを、ルーとヒースで上から抑え込み、倒れたサトルはワームウッドが引きずってモーさんから離した。
「うう……増えすぎるとこんな弊害があるのか」
「連れ歩く数は制限しないといけないね」
ぐったりとした様子のサトルに、ワームウッドは愉快そうにそう言って、サトルを放り出す。
体力を取られた後に、重い体当たりを受けて、サトルはもう起き上がる気力もない。
「でもすごいです! こんなに一気に増えるなんて」
嬉しそうなルーの声。これでダンジョンの平穏に一歩近づいたとでも思っているのだろう。
しかしサトルは嫌なことを考えてしまう。
まだ誰も踏破しきれていない前人未到の場所があるこのダンジョン。
山脈の内側や広い平原の地下を、空間をゆがめて存在しているこの広大なダンジョン。
ホールと呼んでいるこうしたドーム状になっている場所がいくつあるか分からない状況で、一つのホールに複数ずつ存在しているとするのなら、最終的には何匹になる事か。
「……君達ってもしかして、百人以上いたりする?」
サトルの声に、妖精たちの声が唱和し、フォン! と大きな返事が返る。
「ぐ……まじかあ」
地面に伏して唸るサトルをのぞき込み、ワームウッドが意地悪な笑みで問う。
「百匹に名付け?」
「するんだろうな」
やけくそ気味にサトルが答えれば、アロエとアンジェリカが笑って茶々を入れる。
「面白いじゃないか、集まったらさ、どんな名前にしたか教えてよ」
「百匹だったらまだましなのではないかしら? もしかしたら……数百、いたりして」
またも元気よく唱和するフォン!
「あ、これいますね」
ルーが真顔で呟き、オリーブが真顔で頷く。
「ああ、いそうだな」
打ち捨てられたサトルを、ヒースだけが心配するように支え起す。
「サトル大変だね、頑張って」
頑張れと言われても何を頑張ればいいのか、サトルの疲れた頭では、まるで考えも浮かばなかった。
もう話す気力もないと、サトルはぐったりとヒースに体重を預ける。
そんなサトルの様子に、流石にちょっとは休ませた方がいいだろうと、サトルはキャンプ地で寝かせることに。
ダンジョンに潜った目的は、ほぼ完遂していると言っていいほど上々の成果。これ以上色気を出して、翌日もダンジョンの異変や妖精を探すかどうかを話し合う。
「とりあえず、サトルさんには休んでていただいて、少し体調が戻ったら、実験してみませんか?」
「実験?」
ルーの提案に、ワームウッドを筆頭に、オリーブやカレンデュラも興味津々に耳を傾ける。
「ダンジョン石はダンジョンを形成する重要な存在です。これを任意に作り出せるのなら、もしかしたら、任意に形を変えること、出来るんじゃないでしょうか?」
「それは! 確かにそうか、そうかもしれない」
「だとしたら、ダンジョンの変化を調べるのに、役に立つかもしれないわね」
明日と決めた実験だったが、サトルの全力疾走をした後のような疲れや息が上がる感覚は、思いのほかあっさりと回復し、サトルとキンちゃんたちによるダンジョン石での実験は、当日中に行われることになった。
サトルを休ませつつ行われた実験は、昼過ぎから夜になるまで行われた。
ダンジョンの中にも夜はあるらしく、昼間は明るかったヒカリゴケが、だんだんと光を弱くし、夕暮れほどの暗さになった。
これがダンジョンの夜だという。
夕食はキャンプ地で摂った。
昼に仕込んでいた兎のスープの他に、実験の最中にヒースやアロエたちが採ってきた野草や魚を調理したものが並んだ。
春に生える種類のキノコなどもあったが、サトルはそれらを口にする勇気も元気もすでになかった。
サトルは兎の骨や肉から取ったスープに、水分を極限まで抜いた硬いパンを浸して啜る。
兎の出汁は肉同様に甘味を感じる物で、デイルで焼いた肉よりもやや癖を強く感じたが、それでも鴨や雉などの野鳥の肉で作った水炊きの様だと感じた。
先ほどから一言も発することのないサトルに、ヒースが心配そうにしているが、ワームウッドがその襟首をつかんで大人しくさせる。
今のサトルには率先して言葉を発する体力も残っていない。
代わりというわけでもないが、代表してオリーブとルーが、今日行った実験の総括をする。
「たった一日で分かったことも結構あったな」
「はい、ダンジョン石を作ることが出来るのは、金色に光るキンちゃんチームの子たちだけ。ダンジョン石を作るにはサトルさんの体力と魔力がある程度必要。ダンジョン石を変形させるには白っぽく光る銀ちゃんチームの子たちの力が必要。こちらはサトルさんの魔力を主に使います。ギンちゃんチームの子がダンジョン石を柔らかくし、キンちゃんチームの子たちが成形する。これを調べるためにサトルさんの魔力枯渇で二回気を失いました」
「体力の方は休めば回復するが、魔力の回復は遅いするがからな、これで今日の実験が終了したのはいたしかたあるまい。ダンジョン石の性質もなかなか興味深かったし、これを知り得ることが出来たのは行幸だったと思うが、どうだろうか」
「そうですね柔らかくしたダンジョン石は、私たちが手で触っても柔らかいままでしたが、時間がたつにつれ硬くなりました。一時間の放置で、ほぼ私たちが普段木材代わりに使っているのと同じくらいの硬さになりました。踏んでも潰れません。刃物は通ります。石材の代わりとして使うくらいに硬くなるには、まだ時間がかかりそうなので、目印を付けて、保管するために一つ持ち帰ります」
「ああ、これをもっと効率よく行うことが出来れば、今使われている以上の細工を、ダンジョン石に施すことが出来るかもしれない。そうなれば新しい素材として、使うことが出来るようになるだろう」
「だといいのですが、サトルさん以外が、キンちゃん、ギンちゃんに力を与えることはできるのか、これはまだわかってません」
「そうすると、サトル殿の力が無い状態で、ダンジョンの変形はなぜ起きるのか、というのも気になる所だな」
「ですね。もしかしたら私たちが見えていない、気が付いていないだけで、私たち一般の人間からも力を得ている可能性も否定できません。これは今後調べていきましょう」
実に満足げに言葉を交わし合う二人を横目に、サトルは周囲に聞こえるか聞こえないかの擦れた声で呟く。
「俺は本当に試験薬の鼠だった」
長いアンジェリカの耳がピクリとサトルの方を向く。
「ボスはもしかしたら、こうなる事を予測していたのかしらね。サトルがダンジョンに入る事で、必ず何か発見があると……」
それに伴いサトルが酷く疲弊する可能性も含め、とアンジェリカはサトルに耳打ちする。
「わざわざヒースたちまで手配していたしな」
答えてサトルは、口の端に小さく笑みを浮かべる。
「けど、それを承諾したのは俺だから」
「望んで実験動物になったと?」
「というか、実験動物でもいいから、君らの助けになりたかったんだ……」
そう言ってサトルが視線を落としたのは、サトルの腕にまとわりつきながら、サトルの食べるスープを、物珍しそうに見る妖精たち。
もはや目印のついているキンちゃんとギンちゃんとテカちゃん以外、どれが誰やら分からない。
「約束、したもんな?」
サトルの言葉に、キンちゃんが嬉しそうにフォーンと鳴く。
腕に触れる小さな温かさが、サトルの疲れた体にはとても心地よいものに感じていた。