4.植物採取というお仕事
お昼は現地調達の食材で、調味料は持ってきているとヒース。
それなら自分に任せろとアロエ。
「美味しそうな兎獲ってきてやる!」
鼻息荒く、それこそ自分の得意分野だとアロエは自信満々。
ウサギを追うのは百エーカーはありそうな森ではなく、その手間に広がる背の高い草が生い茂る草地でらしい。
アンジェリカやオリーブすでに情報収集に向かったので、ここにはいない。
いないが、サトルは如何しても口にしそうになる疑問を、必死でこらえる。
サトルの知る食肉の兎というと、フレンチやターキッシュの食材くらいか、後は子供心のトラウマ、ピーターのお父さんのパイだ。
サトルが住んでいた土地の小学校は校庭が完全に人工グラウンドの町中だったので、地面を必要とするウサギやニワトリなどは飼育できず、飼育している動物と言えば中庭の人工池の金魚とメダカくらいだったため、サトルは実は本物の兎を触ったことはない。
なので兎がどういう風に逃げる生き物なのか、人間の足で追えるようなものなのかも分からない。
「ダンジョン内に兎……いるのか」
「いるんですよ」
何故かどや顔で答えるルー。
「モンスターではないと?」
「モンスターには悪素があるから、すぐに分かる。不安だったら、この薬草を使うといい」
モンスターかどうかに答えたのはウッドワーム。その手には塩の結晶が付いたように見える、人差し指ほどの長さの乾燥した草が一枝。
「これは?」
「ホリーデイル。デイルの中でも特に効果の強い種類で、ダンジョンの悪素を退けるんです。持ち歩いてらっしゃったんですね」
「ダンジョンの悪素は、冒険者も気を付けるところ」
ミイラ取りがミイラになっては意味がないと、ワームウッドは至極真面目に答える。
自動翻訳のせいなのだろうが、ミイラという単語が通じるのは意外だった。
「ダンジョンの悪素って結局何なんだ?」
それは自分がと、またルーが答える。
「まだはっきりとは分かっていません。ただ、ダンジョンの悪素により変質し、モンスター化した動物の肉を食べると、人間でもモンスター化する可能性があることは分かっています。たいていは死んでしまいますけどね。毒と同じだと思われています。このホリーデイルを使うと、その進行が抑えられ、死を回避し、治療をすればモンスター化は免れます」
それはつまるところ、死を回避しても治療をしないとモンスター化する危険があると言う事だろう。なかなか恐ろしい話である。
「……普通の獣が、モンスターになるんだ?」
「ええ、普通の獣が、です」
「だからグラスドッグとかロックハウンドとか、肉食の獣がなりやすいんだな?」
「はい、そうなんですよ」
サトルが出会ったモンスター2匹は今の所犬のような見た目のやつばかり。話を聞く限り、やはりモンスターは肉食が多いらしい。
ただ、ワームウッドは兎肉の調理にもホリーデイルを使う気でいることや、あくまでも肉食の獣がなりやすい、という表現をルーが訂正しなかったことから、草食のモンスターがいないわけではないだろうことも分かった。
「植物系のモンスターはいないのか?」
「動植物系のモンスターならもう少し下の階層か、奥のホールですね。一応、不動植物系のモンスターに分類される存在なら、この初階層でも目撃例はありますね」
「動かないモンスターって?」
「待ち伏せ系の、食獣植物です。見れば分かるので、見つけたら教えますね。一緒に行動しましょう。せっかくなので、私たちも採取です!」
ルーの提案に、サトルは自分にでもできることがあるならと、同意する。
アロエとモリーユが兎を狩りに、ヒースを護衛にサトルとルーがキャンプ地周辺のみでの植物採取、ワームウッドがキャンプ地での見張り兼食事のための簡易の竈づくりと決まった。
唯一攻撃手段を持たないサトルの植物採取には、少し離れても大丈夫なように、妖精たちを引き連れていくことが厳命された。その理由にサトルはちょっとだけ不満があったが、妖精たちとの共同作業は嫌ではなかったので承諾した。
採取となると恐ろしく張り切ったのがニコちゃんで、ワームウッドが見えなくなるほどに遠くに行くなと言われていたにもかかわらず、ニコちゃんは一人でどんどん離れて行っては、何かを見つけてサトルを呼びに来た。
森の手前に川という絶好の水場があるからか、さまざまな植物があり、食用になる物も多かった。
サトルの知る多摩川の河川敷くらいには、食べられる植物があった。
例えば日本で言う所のスベリヒユの仲間。例えば日本で言う所のツワブキの仲間、そのまま日本でも通じるようなタンポポ、オオバコ、クレソン、ヨモギなどもあった。
茹でて灰汁抜きするか、油と合わせて灰汁を感じなくさせるかすると美味しい植物だ。
さすがに油は料理に使える物を持ってきていないだろうから、食べるとしたら茹でる程度で食べられる物に限るだろう。
とりあえずサトルにとっては好物の部類であるクレソンとヨモギは多めに採っておく。
キンちゃんたちもヨモギは好きなようで、サトルの採ったヨモギの匂いを嗅いでは、フォンフォンと嬉しそうに笑っている。
試しに少し千切って口元に持って行くと、キンちゃんもギンちゃんも喜んでヨモギを口にした。テカちゃんに至っては嬉しすぎて緑色に光りサトルを驚かせた。
モーさんは自分で牛よろしく生えているのをそのまま食べていた。
「ヨモギに対する食いつきが凄い」
もしいつか餅米が手に入るなら、妖精たちのためにヨモギ餅でも作ろうかと思った。
「山菜摘みしてるみたいだ……」
小学校の頃にやったきりの春の行事を思い出し、サトルは少しおかしくなる。
サトル自身がそれを理解して採取しているのではなく、妖精たちやルーに教わって採っているに過ぎないが、なかなか楽しくなってくる。
またニコちゃんが激しく反応した場所があり、サトルは微笑ましい気持ちでニコちゃんに答える。
そこに生えていた草には見覚えがあった。ルーがシュガースケイルのスープを作った時に使っていた香草だ。
しかもその香草には、まるで露が降りたような輝く結晶が輝いていた。
「あ……これって」
八百屋のほうれん草の束三束分ほどのそれを採取し、サトルは少し離れたルーとヒースに見せに行く。
「なあ、さっきの、ホリーデイルって、これでいいのかな?」
ヒースが驚いたように尾を立ててサトルの手元をのぞき込む。
「間違いない、これだよ! 凄いどうしてこんなに?」
「ニコちゃんが見つけてくれた」
ニコちゃんはモーさんの背中の上で、どんなもんだとでも言うように、自慢げにフォーンと鳴く。
頑張った分ニコちゃんを撫でてやれば、ニコちゃんはもっともっととサトルの左手にすり寄った。
「うわあ、これだけあったら、結構なお金になるよ」
「じゃあ、君らの収入になるかな?」
「まだ気にしてた」
ヒースは驚くが、ルーはサトルの心情が分かるらしく、激しく頷いていた。
「だって、迷惑かけたくないですもん」
「迷惑じゃないってー」
昨日、一昨日と、サトルはルーにさんざん人に頼るべきだと説いていたのだが、それを思い出し、いたたまれない気持ちになった。
言うのは簡単だが、実際自分が他人に頼る場面になると、なかなかうまくはいかないものだ。
ひっそりと胃を痛めるサトルに、モーさんたちが心配そうにすり寄る。
「けど凄いなー、これ。サトルみたいに妖精の導きに従えば、いっぱい採れるってことかな?」
ヒースがサトルから受け取ったホリーデイルを採取用の麻袋に入れながら、純粋に喜びながらそうが、サトルはそれを少しまずいのではと思った。
山菜取りの基本として、来年のために少しは残す、ということがあるとサトルは聞いた覚えがあった。
「かもしれないけど、採りすぎたりしないだろうか?」
「大丈夫だよ。これくらいで採りすぎるってなるなら、誰もダンジョンで採取作業なんかできないって」
「そういう物なのか」
「そういう物だよ。というか、初階層でこんな風に採取をする奴ってのは珍しいんだ。皆大したもの採れるって思ってないんだよ。町の外で採れるものとあんまり変わらないって」
実際サトルが妖精の力を借りずに採取できたものと言えば、ヨモギやクレソンと言った、本当にただの野草だ。これは採取してもその場で食べるか持ち帰って食べるくらいしか使い道はないと説明を受けていたので、ヒースの言葉に納得せざる得なかった。
「それにさ、ちゃんと売れるもの採ったら、お金になるよ! サトルとルーの心配事解決するんじゃない?」
「ですね。もっとガンガン採ってオリーブ姐さんたちに恩を返しましょう!」
そうしたら思い切り甘える気にもなれるはずと、ルーはサトルを鼓舞する。
それに同調するように、モーさんとキンちゃんがモー! フォフォーン! と元気よく鳴いた。
「そうだな……うん、恩を返すためってのは良い口実だ。頑張るよ俺も。ニコちゃん、キンちゃん、ギンちゃん、テカちゃん、モーさん、よろしく頼む」
もう一度上がる元気のいい妖精たちの鳴き声に、ルーもヒースも頑張るぞ、と気合を入れた。