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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルとダンジョンの町のお仕事」
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3・交流も食事もお仕事

 一休みしたところで、今日するべきことを指示すると、オリーブが皆を呼び集めた。


 まずはルーに現状を確認するオリーブ。


「何をする、したいという事は今の所無いかなルー?」


「はい、ダンジョン内の現状を見てからと思っていましたが、やはり初階層はあまり変化が無いようなので……それに、初階層はモンスターが出ることも少ないですし」


 現状を見なければどのように調べるかも、調べればいいのかも検討が付かないということで、まずはダンジョンに潜ることが目的だった。その目的を果たしたものの、あまり変化の無い階層では、調べられることもないとルーは答える。


「私たちもここはいつもスルーするからな。あまり変化というものは分かっていない。一応私とカレンデュラとアンジェリカで、滞在者に聞き込みをするつもりだ。聞ける話がそれほど無いようなら、ついでに今日は複数の採取作業を一緒に行おうと思ってるんだが、構わないだろうか?」


 ダンジョン内はそこだけにしか生育しない植物や、ダンジョン内でしかとる事の出来ない鉱物などがあり、それらを採取して売る事で、わずかだが収入が得られる。

 オリーブたちは今回完全なタダ働きで、そうした採取をすることで、今回のダンジョンへ出向く際の支度金を捻出すると言う。


 本来ならば、護衛としてついて来てもらっているサトルかルーが出すべき金なのだろうが、それができないことをサトルは気に病む。


「すみません、依頼料なども払えなくて」


 そんなサトルの背を、アロエが思いきり叩く。バシンと激しい音がして、サトルは身もだえ蹲った。


「何言ってるんだよ、こっちが頼んで急いでもらってるんだから、いいよ」


「……痛い」


 絞り出すように言うサトルに、そんなに強く殴ったかなとアロエは首をかしげる。


「サトルって……細いね、ご飯ちゃんと食べてる?」


「うーん、私はそんなに少ないとは感じませんでした。けど、男性にしては食が細いかもですね」


「ルーと同じくらいしか食べないわよ、この人」


 サトルがどれくらい食事をするのか、ちゃんとした食事の席で見ているのはルーとアンジェリカのみ。二人は口をそろえてサトルは男にしては食が細いと言う。


「少なくない?」


「少ないんじゃないかしら? ルーも言ったけど男性ってもっと食べる物だと思っていたのよ」


「でも食いしん坊さんなんですよ、サトルさん。一度にいっぱいは食べられない、って感じです? 食べてる時とてもいい顔します」


「するわね、ヒースを撫でているとき以上に雄弁な表情よ」


 サトルとしてはいろいろ言いたいことがあったが、とにかく叩かれた背中が痛くてうまく声が出ない。

 筋肉が無いからか、それとも肺の真裏を叩かれたから、やたら息が詰まるのだ。

 心配そうにキンちゃんがサトルの背中に飛びつき、ようやく痛みが治まった。


 サトルが痛みに悶えている間にも話は進んでいたようで、オリーブが朗らかに宣言をする。


「なら、ダンジョン内での食料調達も大事だな、サトル殿にしっかり食べてもらおう! アロエ、モリーユ、ヒース、君達にも食料の調達を最優先に頼みたい。いいか?」


 オリーブの指示に三人は任せてくれと元気に返事を返す。


「何でそうなるんですか! いやいいですよ、オリーブさんたちの収入の方を優先した方がいい。そりゃあ食事は大事かもしれないけど、人の飯種奪ってまで食べるのは正直心が痛いですって」


「いいや、駄目だ。君は細い、細すぎる。体は資本だ! ダンジョンの上階や下階に挑むのならば、君はもっと体を作るべきだ」


 あわてるサトルの肩をがっしと掴み、オリーブは有無を言わせず断言する。


「オリーブ姐さんは一度言い出したら曲げないわ。しっかり食べなさいね」


 アンジェリカの宣言に、サトルはガクリと膝をつき肩を落とした。


「サトル殿、我々は君を快く思っているからこそ、君の力になりたいのだよ。どうか、受け止めてくれたまえ」


 オリーブは頽れたサトルの脇を抱え上げ、立たせるとさわやかな笑顔を浮かべる。

 いっそ男前だなと思いつつ、サトルは分かりましたと頷くしかなかった。


 うなだれるサトルに、ヒースが気にしないでと声をかけてくれるが、サトルは落ち込んでいるのではなく、自分の不甲斐なさに腹を立てていた。

 ただその怒りが激高とは程遠く静かなものだからか、人から見ると落ち込んで見えるらしい。


 人に迷惑をかけるくらいなら、多少無理をした方が心苦しくない。何だったらどんな仕事もするから振ってほしい。そう思っていたのに、オリーブはサトルに何も仕事を言いつけてくれなかった。


「あのさ、俺料理できるんだよ! いつもセイボリーさんたちに飯作るの俺なんだ。だから、今日はサトルに作るから、だからさ、食べて欲しいんだ」


 一生懸命サトルに元気を出してもらおうとするヒース。ソワソワと揺れる尾が、まるでヒースの心情を表しているかのようだ。


 不甲斐ない自分自身への苛立ちが、かえって周囲に気を使わせてしまったようで、サトルの胃がしくりと痛んだ。


「ああ、ありがとう。ヒースは良い奴だなあ」


 思わず手を伸ばすサトル。その手に自らすり寄り、ヒースは大人しく撫でられる。

 アニマルセラピーという言葉がサトルの脳裏をよぎる。


「くすぐったい」


「悪い」


 離しかけたサトルの手に、もう一度撫でてとばかりに頭を押し付けるヒース。ふわふわとした毛を堪能しながら、サトルはなおヒースの頭を撫で続ける。


「これ嫌いじゃない」


 うっとりと言うヒースの頬をつつきながら、ワームウッドが意地悪く笑う。


「嫌いじゃないどころか、ゴロゴロ言ってる。ベビーみたいだね」


 からかう言葉なのだろうが、ヒースはそんなことも気にせず、本当にゴロゴロと猫のように喉を鳴らす。

 喉鳴るんだなと、思わず真顔になってしまうサトル。

 ちなみに妖精たちが自分たちも撫でて欲しいと左手に集まっているのだが、見えていない者達の前で撫でるべきかどうか、サトルは葛藤している。


「撫で方が絶妙で……」


 離れがたいとヒースが呻く。本当はそろそろやめるべきと思っていても、サトルの手があまりにも気持ちが良すぎるんだと、言い訳をしながらなおゴロゴロ。


 ヒースのあまりの陶酔ぶりに、ワームウッドはまじめな顔になると、サトルの左手をがしりと掴んで自分の頭に当てた。

 自分の事も撫でろと言うのだろう。


 サトルはぎょっとしつつも、ワームウッドの頭を撫でてみる。


「え、っと……失礼します」


 ヒースの髪質よりもやや硬くストレートの黒髪。毛の流れに沿いつつ、耳の根元を掻くように撫でてやると、ワームウッドの尾が激しく揺れた。


「これは凄いな……なんてえっちな手だ」


 ふるふると肩を震わせワームウッドが至極真面目にそう言うと、サトルたちに注目していたオリーブたちがざわついた。


「師匠がまた変なこと言ってる」


 と、ヒースは冷静なようだったが、女性陣の反応が酷かった。


「えっち……」


 ごくりとオリーブとアロエが唾を飲む。


「幼い顔して、やることはやってるのねえ」


 うふふとカレンデュラが意味深に笑う。


「男も行けるのね、厭らしい人」


 実は分かって入っているだろうアンジェリカの表情は、ひどく楽し気で、背後のお兄ちゃん(仮)はサトルを憐れむように見ている。


「やだサトルさんの変態!」


 本気なのか冗談なのか分からない様子でルーが叫び、流石にサトルも我慢できずに叫んだ。


「何でそうなる!」


 この反応を見るに、自動翻訳により「えっち」という言葉は「変態の頭文字」と同じような意味合いの言葉になっているのだろう。


 やはり自分も撫でてもらいたいとサトルに引き寄せられるオリーブを、カレンデュラが襟をつかんで引き留めていなければ、もっとひどい状況になっていたかもしれない。


「オリーブ、駄目よ、貴方は私が撫でてあげるから」


 言われてしょんぼりしつつ、オリーブがカレンデュラに頭を差し出す。慣れた様子でカレンデュラが頭を撫でると、重く垂れていたオリーブの耳が、気持ちよさそうに揺れた。

 アンジェリカの言っていた通り、本当にこれはいつもの事だったらしい。


「あ、カレン姐さんあたしも撫でてー」


「ん……」


 オリーブにつられてアロエとモリーユも撫でてくれとカレンデュラに群がる。

 その光景を見ながらサトルは思う。たまにある猫や犬の動画で、飼い主の手を取り合うってのあるよなあ、と。


「君ら撫でられるの好きなんだな」


「うー、サトルの手が魅惑の手過ぎるのが悪いんだよ」


「ヒースの言う通りだと思うよ」


 サトルにいつまでも撫でられながら、ヒースとワームウッドがそう答える。


 そんな様子を、放置された妖精たちが羨まし気に見ていることに、サトルは気が付いていなかった。


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