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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第六話「コウジマチサトルとダンジョンの町のお仕事」
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2・ダンジョンの中でのお仕事

 ダンジョン内への通路はかなり広く、五人が横に並んで歩いても障りが無いほどだった。

 通路はかなり長いようで、奥の方がはっきりと見えない。


 通路の途中にはいくつかの鉄の扉があったが、そのどれも開け放たれていた。

 いざという時に町を守るための防壁なのだとオリーブは説明をする。モンスターの大量発生などが起こった時に、この扉は閉められるのだそうだ。


 オリーブは通路を進みながら、今日の予定をサトルに再度確認する。とは言っても、時計などは持ち合わせていないので、ざっくりとした一日の目標程度と、帰着する予定日の確認程度だ。


「繰り返しになるが聞いてほしい。ボス、ローゼルさんからは、サトル殿に基本的なダンジョンでの注意事項を実地で教えること、それとルーがサトル殿や妖精殿を使って調査や実験を行いたいというなら、時間の許す限り協力する事、それ以外は自由にしていいと言われている。ルーの場合は現地を見ない事には、何をするか予定が立てられないそうだ。期間は今日、明日という予定だが、時間必要ならあと一日滞在してもいい。入り口から遠くへは行かない。行くにしても一番端になると、半日かかるからね」


 サトルがはじめてこの世界に来た場所とガランガルダンジョン下町の位置の事を思えば、ダンジョン内の空間は相当広いだろうと予想していたが、やはり間違っていなかったようだ。


「そんな広い空間が地下にあって、よく上の町に穴が開かないな」


 地下に空間があると地面が崩落する、というのはよくある事だ。

 イギリスの湖水地方で崩落が相次ぐ、等というニュースも見たことがあり、サトルは不安になる。


「ダンジョン内の空間は、外の空間と同じというわけではないようなんです。ダンジョン石の壁によって囲われている空間は、ゆがみが生じているようで、外から見て予測される空間よりも相当広いみたいなんですよ。天井なども、物質的な力で支えられているというわけでもないようです。ダンジョン石は内側から新しいものが生まれ、外側に向けて肥大化していきます。層が厚くなり、地表面に押し出される感じですね。ダンジョン石で囲われた空間に穴をあけると、そこから崩落がおこる事もありますし、そうなる前に自然に修復されることもあります。規則があるか否かはまだ分かっていません。以前これについての実験を私は行っていたのですけど、結果が出る前に先生が亡くなってしまい、いまだ実験の結果は出せずじまいです」


 オリーブに代わりルーが悔しげに答える。


 ダンジョンを外から見て予測される空間、とルーは言ったが、それはきっと平原のダンジョンの空間が地表面近くに来ている場所や、ダンジョンに潜るための祠の位置をルーが知っているからこそ言える事だろう。


「そう言えば、俺の認識としては、ダンジョン内の空間って、アリの巣のようなランダムに部屋があって、通路が繋がっているイメージなんだけど、実際はどうなんだろうか?」


 それはサトルがダンジョンの崩落に撒き込まれたときに、天井の形や自分たちが落ちてきた穴の位置を見て思ったことだった。


 ゲームなのどのダンジョンだと、建物の中を階層ごとに順序良くめぐるイメージがあるが、ここのダンジョンは一階、二階と数えられるような階層があるのではなく、アリの巣のように地中にいくつもの空間と、それを繋ぐ通路があるのではないかと感じていた。


「そうですね、ガランガルダンジョンにおいてはそのイメージはとても正しいです。ですが、アリの巣は上にも下にも伸びている感じです。山脈内部にも広がっているので」


「そう言えば、前にもそう言っていたっけね。どれくらい広いんだろうか」


「小さな国くらいはある、と思ってもいいんじゃないか?」


 オリーブの返事に、サトルの脳裏によぎったのは、元の世界の世界最小の国。


「俺の知っている一番小さい国は、ガランガルダンジョン下町の広場サイズだ。行ったことはないが、話には聞いていた。一度行ってみたいんだけど、人が多いらしくていまだに行けていない」


 旅行はゆっくりが希望のサトルとしては、あの有名な観光地では入場制限があったり、人にもまれて歩かなくてはいけないと聞いていたため、興味はあっても行ったことはなかった。


「ああ、ジスタ教の本山もそんな感じだと聞くな」


 驚いたことに、この世界の宗教の本山も似たようなものだという。

 サトルの元の世界と、こちらの世界の似ている部分を見つけるたびに、サトルはまるで世界に遺伝子でもあって、そっくりな世界が作られているかのように感じていた。


「……へえ、面白いね」


 それを言っても理解されるか分からないので、適当に言葉を濁す。

 そうこうしているうちに、通路は終わりを迎え、広い空間へと出た。


 初めてサトルがダンジョンに入った時と同じように、高いドーム型の天井だったが、あの時の亜熱帯を思わせる空間とは違い、薄曇りの空のようなほの暗さで、生えている植物も北部の湿地にあるような物ばかり。入り口の周囲にはあまり高い木はなかった。


 何よりも違いがあったのは、あの時の亜熱帯の空間には、天井を支えるようにいくつも柱が立っていたというのに、この湿地帯の空間には、一本の柱も立っていなかったこと。

 もしかしたらあの柱だと思っていた物は、柱ではなく、崩落したダンジョンの床だったのかもしれないと、今更ながらにサトルは気づいた。


 人の出入りが多いからか、順路のように踏み固められた地面があり、オリーブたちはその道に沿って歩き出す。


「奥の方には森があるんだな」


 遠目に森が見えた。薄暗く霧がかって見えるせいで、黒く盛り上がり、見通せないその木々の塊はロード・オブ・ザ・リングか百エーカーの森の世界だ。


「ああ、この辺りは水が多く湧き出ていて、植物が豊富だ。今日はどうやら曇りらしい。ときどきは綺麗に晴れやかな天井の時もあるんだが」


「雨は降ったりするのかな?」


「はは、時折霧が降るようにね、そんな時は雨宿りしても濡れてしまうから困る」


 引き続き案内はオリーブがしてくれるらしい。

 アロエやカレンデュラが話に口を挟まないのは、どうやら周辺への警戒を怠らないようにだというのが、そのせわしなく周囲に向けられる耳からわかった。


「植物があまりない階層もある?」


「ある。だがサトル殿をそこまで案内するには、時間がかかるだろうな」


 かなり上の方なんだとオリーブが苦く笑う。それでもいつかはサトルが行かなくてはいけない場所なのだろう。

 少し体力付けなくちゃなと、サトルは声に出さず独り言ちる。


 目的は森の入り口付近だと言うオリーブ。

 他にも早朝からダンジョンに入る者達がいるようで、そちらは初階層を探索すると言う事もなく、自分たちの目的の階層へ行くために、オリーブたちの進む道とは違う方へと歩いて行く。


 森の手前には大き目の川が流れているようで、その川の上流に崖状になった場所があり、石造りの橋が架かっているのが見えた。

 サトルの記憶で一番近い物は、以前祖父の地元で見た水道橋、通潤橋だろう。


「あれは? 人口の建造物の様だ」


「ああ、橋だよ。この初階層は通路の変化こそあるものの、ここ自体はほぼ変化しない。だから道も整備できるし、人口の建造物もある。百年以上前から、この初階層に住んでいる人間もいたくらいだ」


「何のために?」


 町中よりもよほどモンスターも出る可能性がある場所に、わざわざ居を構える必要がある人間とはどんなものだろうか。


「塩の採掘だ。この初階層を通って、塩の層がある場所まで行くんだ」


 ルーの話していた、ダンジョンは攻略者以外には寛容だと言う話を思い出し、サトルは納得する。


「という事はあの橋は水道橋か」


「よくわかったな」


「塩水にして運び出しているってのは聞いていたから」


 ダンジョンの中にも意外と人の営みがあるという不思議に、サトルはしみじみ面白いなと感じる。


 そうやってダンジョン内を観光気分で歩いているうちに、オリーブが目的の場所に着いたことを教えてくれる。

 うっそうとした森の手前、少し小高くなった場所を中心に、木造のロッジのような物が並んでいた。


「ここは初心者の冒険者をダンジョンに慣れさせるために使われているコミュニティだ。どこの互助会に所属していなくても使える場所だが、自分たちの互助会の管理している施設の方が安心できるので、その内冒険者になるつもりがあるのなら、覚えておいてくれ」


 このロッジのような丸太づくりの家に滞在し、ダンジョンに慣れる訓練をするらしい。

 今回はここを使わず、管理者に挨拶だけをし、近くの開けた場所での野宿だと言う。


 ロッジの並ぶ斜面の更に奥に、薄紫の煙るような花畑が見えた。


「おお、嵐が丘の世界」


「何ですそれ?」


 思わず感嘆するサトルに、ルーが不思議そうに首をかしげる。


「俺の国、というか、近くの国にある物語の舞台が、こんな感じなんだよ……ああいう紫色の花が霧がわだかまる様に咲いててさ」


 綺麗だけど物悲しく見える風景だ。その言葉は飲み込み、サトルは景色を目に焼き付けるように見つめる。

 ルーはそんなサトルを不思議そうに見ながら、色気のない話を返す。


「あの花は毒なので、あまり触らない方がいいですよ」


「そうなんだ」


「使い方次第では薬にもなるんですけどね」


「まるでダンジョンそのものだな。使い方次第で毒にも薬にもなるなんて」


「先生と同じことをおっしゃるんですね」


 二人そろって紫の花畑を見つめる姿に、オリーブが感慨深げにつぶやく。


「ああ成程……ルーが彼に懐く理由、分かった気がするな」


「私はとっくに分かっていたわ」


 アンジェリカは少しだけ嬉しそうに、口をはさむ。

 なぜかその足元で、自分も知っていたと言わんばかりのモーさんが、モーと上機嫌に鳴いていた。


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