1・冒険者の従者というお仕事
サトルは当初、ダンジョンに潜る際の随行パーティは、オリーブ、カレンデュラ、アロエ、モリーユ、そしてアンジェリカの五人だと思っていたのだが、何故かヒースとワームウッドがいた。
黒猫耳のヒースと、黒いイヌ科の獣の耳を持つワームウッド、二人はセイボリーのパーティではなかったのかと問うサトルに、雇われメンバーだからねと返した。
ワームウッドはオリーブたちと行程の打ち合わせをするようで、その間しばらくサトルと話しているようにヒースに言いつける。
聞いてみたいことがいくつかあったので、サトルはその気遣いに感謝する。
「俺たちは雇われてセイボリーさんたちに着いて行ってるんだよ。体細いし小さいし、種族的にこれ以上大きくなれないから、直接戦うのには向いてないんだ。逆にセイボリーさんたちは戦う事は得意だけど、それを補助する役目や荷物持ちが足りないから、俺たちの事を雇ってくれる」
そう言うヒースの背には、サトルでは歩みに支障が出そうなほどの大きなバックパック。揺れるとガチャリと音がすることから、中には金属も入っていると分かった。
「種族的にって、シャムジャないのか?」
サトルは単純に、獣の耳を持つ物中で、げっ歯類がラパンナ、食肉目がシャムジャ、角が生えているのがヌーストラだろうと覚えていたのだが、どうやら別の分類があるらしい。
「シャムジャ、でも小型種っていって、体が大きくならない。骨格が違うんだ」
シャムジャの中でも小型種、大型種というのがあるとヒースは説明する。
ワームウッドは一応大型の部類だが、混血が進んでいて骨格が細いのだと言う。
だからある程度ヒュムスよりも重い物を持って移動できる体力があるとしても、武器を振り回すほどの筋力、攻撃力は持ち合わせていないと言う。
逆に大型のシャムジャやラパンナは、瞬発的な筋力に特化するあまり、体温が上がりすぎるきらいがあり、重い荷物を持っての長時間行軍には向かない。
「へえ、そんな差があるのか」
「サトルの住んでた国には、いないんだっけ?」
「シャムジャとか? いないよ。皆この耳。俺はふわふわしたのが好きだから、ヒースたちの耳が羨ましい」
サトルは自分の耳を指さす。
羨ましいと言われ、微妙な表情をするヒースたち。しかしサトルは至極真面目な顔。
「この人それ本気で言ってますからね」
ルーのフォローに、サトルはもちろんだと大きく頷く。
「触る?」
そんなに気に入ったなら触ってみてもいいよと、頭を差し出してくるヒースに、サトルの顔が輝く。
それまであまり表情が変わらないサトルしか見ていなかったオリーブたちが少し驚く。
「サトル殿はそのような顔で笑えたんだな」
「目が輝いてるわあ」
「変な奴」
「ん……」
「妖精を見る時と同じ目ね。やっぱり変な人」
好き放題言われているようだが、あえてそれは無視して、ヒースの頭へと手を伸ばすサトル。
「触られて痛くないなら、ぜひ触らせてほしい」
「サトルって痛いの苦手?」
「苦手ですよ、すごく苦手だ。痛いのは嫌いだ」
だから触るときも相手が痛くないように、優しく触るサトル。
その優しすぎる手付きに、ヒースはくすくすと笑らう。
「子供みたい」
「自覚はある」
気持ちよさそうに目を細めるヒースに、何を思ったか、話を終えたワームウッドが手を伸ばし、ヒースの髪の毛をかき混ぜるようにぐしゃりと乱暴に撫でた。
「ぎゃ! 師匠またそういうことする!」
すっかり気を抜いていたヒースが、毛を逆立てて驚く。
「腑抜けてたヒースが悪い」
「そう言って師匠はいつも意地悪するんだよ、サトル、師匠には気を付けて」
「心にとめておく」
そう返事を返す間にも、ワームウッドの手はすでにサトルの頭へと向かっている。
ワームウッドの手から逃げるべく、サトルはヒースを盾に距離を取る。
「あ、ちょっとサトル酷い!」
「気を付けろと言われたからな」
やけに楽し気なサトルの様子に、納得がいかないのがルー。
「サトルさん、私たちと一緒の時よりも生き生きしてます」
「彼紳士だそうだし、気を使ってくれていたんでしょう」
アンジェリカにそうなだめられても、むすっと膨れた面をしたまま、男同士の戯れを睨むように見る。
そんなルーの様子を見ていて、何を思ったかオリーブがサトルに声をかける。
「サトル殿、何だったら私のも触るかい?」
少し屈み、触りやすいように頭まで下げるオリーブに、サトルはぎょっと目を剥く。
「いや、女性の体にむやみに触れるのは紳士じゃない。それにこんなに魅力的な女性に触るなんてしたら、恋に落ちてしまうかもしれないからね、遠慮するよ。ありがとう、すまない」
失礼にならない最大限の言葉を探し、必死に固辞するサトルに、オリーブはしょんぼりと肩を落とす。耳が元々重く垂れているので、耳の動きだけでは感情が分からない。
「そうか、それは残念だ」
本当に残念そうにオリーブは肩を落としている。
もしかして自分は悪いことをしてしまったのだろうかと心配になるほどだ。
そんなサトルの助けを求める視線に、アンジェリカが答える。
「気にしなくていいわ。オリーブ姐さんのこれはいつもの通りよ」
「い、いつもなんだ……」
「そのうち気が向いたら撫でてあげて。優しくしてあげると喜ぶわ」
「えー……」
優しくしろと言われてもと、サトルはただただ戸惑うしかなかった。
しかしいざダンジョンに潜るとなると、そこはプロの集団。
先ほどまでの緩んだ空気はすぐに消え去った。
ダンジョンの入り口は、岸壁に開いたかまぼこ型の穴。サトルがルーと出会った祠の中の通路とは違い、そのまま岸壁の中に続く横穴になっていた。
入ってみると案外と明るく、見上げればやはりあのヒカリゴケのような物が生えていた。
「いる……」
「何が?」
サトルの呟きを聞きヒースが不思議そうに問う。
「テカちゃんの仲間がうじゃうじゃと……冬場の日向の石の裏側のように」
「あー、俺妖精見えなくてよかったかも」
サトルの表現に覚えがあるのだろう、ヒースは苦い顔をする。
ヒースの感想に、サトルの後ろをついて来ていてモーさん、並びにモーさんの背中に乗る妖精たちから、不満の声が上がる。
連れてきた妖精は、キンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃん、テカちゃんの四匹。エールちゃん、ディーヴァ、プリマはそもそも自分たちが行く場所ではないと、サトルの誘いを断り、ルーの家の炊事場で留守番を望んだ。
「見えるとそれなりに楽しくはあるんだよ。キンちゃんたちは可愛いしね」
「それよくわかんない」
サトルの言葉にそう返すヒース。また妖精たちからブーイングが上がる。
「サトルって変わってる」
そんなヒースの言葉には、何故か同意を返す妖精たち。
「失礼だな」
思わず呻くサトルの横で、ルーも妖精たちと一緒に同意していたのを、サトルは見逃してはいなかった。




