7・妖精も気に入る異世界グルメ(クラビーのジャム)
シュニッツェルを食べているうちに、パンケーキも運ばれてきた。これにもサワークリームと同じジャムが添えてあった。
「またジャムだ」
パンケーキの見た目は日本でよく見るホットケーキでもなければ、近年店舗で食べられるハワイアンパンケーキとも違った。
クレープを厚くしたような、ぺったりと潰れたパンケーキだ。匂いが小麦粉ではない気がする。切り分けてみるも、中には何か入っているということもなさそうだ。
卵の色なのか黄色みがかってはいるが、粉にも色が付いているようで、薄く灰色がかった茶色に見えた。
匂いを嗅ぎその香ばしさから、サトルは以前東欧を旅行した時に見かけた蕎麦粉のパンケーキではないだろうかと辺りを付ける。
「これがクラビーのジャム?」
添えてある真っ赤なジャムは、先ほどと同じ物。
「クラビーってどんな果物なのかな? 俺の国にはなかったんだ」
「この辺りでしか見ない果物ですよ。リンゴの仲間です。リンゴよりちょっとだけ小さくて、凄ーく酸っぱい木の実で、そのままでは食べられません。秋に実が熟すんですが、実を付けたまま越冬をさせるんです。冬を越して春になると、凍っていた木の実が溶けて、少し発酵したような感じになります。そうして自然にぐずぐずに崩れた実をシュガースケイルの殻と一緒にお酒にするととても香りの良いお酒、クランブルワインになるんですが、お酒にならない、発酵の未熟な実はジャムにします。それがこちらです」
リンゴよりちょっとだけ小さいと言う割に、サイズはサクランボ程度。ということは、この世界でのリンゴは日本の姫リンゴやクラブアップルのような物なのかもしれない。
それが銅貨一枚。価値観がまた分からなくなる。
その内金がグラムいくらかを聞いてみようとサトルは心に決める。
価値の変化が少ない物と比べるのが一番わかりやすいからだ。
ついで香りのいいお酒と聞いて、昨晩クレソンに無理やり飲まされた酒が、驚くほど華やかな香りの酒だったとサトルは思い出す。
リンゴやイチゴなどの爽やかな甘さと酸っぱさ、葛の花のような鼻腔に残る蜜のような甘い香り、そこに極上のローズウォーターを加え寝かせたかのように、真っ赤なドレスで着飾った女性の華やかさを彷彿とさせる酒は、これだったのかと思い当たる。
「この町は酒がとにかく美味いというのも納得かも」
昨晩オリーブの言っていた言葉を思い出し、納得するサトル。
そうでしょうともと、アンジェリカやルー、それにフォンフォンと妖精も同意を示す。
「あ! ついてきちゃったのか? 君、ニコちゃんだな?」
声がした方に目をやれば、いつの間にかアンジェリカの髪に隠れるように妖精が一匹ついて来ていた。
姿形がキンちゃんだったが、キンちゃんならばもっと早くにサトルに懐いて姿を見せていただろうから、この子はキンちゃんじゃないとサトルは断定する。
声を潜め問えば、ニコちゃんはその通りだとでも言うように、アンジェリカから離れサトルの目の前に降り立った。花の飾りがついていないので、やはりニコちゃんだ。
ルーとアンジェリカには、薄く発光する何かがあらわれた程度にしか見えなかったが、ルーの話を事前に聞いていたので、アンジェリカにもそれが妖精だと分かった。
「あら、大人しく留守番しなかったのね」
「ニコちゃんはまだあまり性格がよくわかりませんが、好奇心が強いのでしょうか?」
アンジェリカもルーも面白そうにほの光るニコちゃんを見る。
何故アンジェリカにと思ったが、サトルの視線から逃げるように、ふいとお兄ちゃん(仮)がそっぽを向いたので、たぶんお兄ちゃんが連れてきてしまったのだろう。
手の中のモーさん(小)を撫でる手付きから、どうやらこのお兄ちゃん(仮)は、小動物が好きらしいことが分かった。
ニコちゃんはルーの言う通り、好奇心が強いようで、テーブル上の料理に興味を示し始めた。
「少しだけなら食べてもいいよ」
サトルの言葉に、ニコちゃんはフォーンと嬉しそうに鳴く。
真っ先に飛びついたのはクラビーのジャム。半身の果実を一生懸命口に運ぶ。
「食べてる。このジャム気に入ったみたいだ」
「面白いですね。このクラビーのジャムは胃を温めて、お肉や油物の消化を助けてくれるので、油をたくさん使う量に添えて食べることが多いんですが、ニコちゃんはお肉は食べないんでしょうか?」
クラビーのジャムはシュガースケイルの殻を使っているため気に入ったのかもしれないが、ニコちゃんはどうやらジャム以外はお気に召さないらしく、ジャムだけをひたすら食べ続ける。
サトルの皿の上からジャムが無くなる勢いだ。
「甘いものがいいらしい」
ニコちゃんに食べつくされる前に、サトルもせめて味見だけはと、パンケーキに付けてジャムを口に入れる。
「サトルさんは気に入りましたか?」
「結構美味しい……リンゴとコケモモを混ぜた物に、ブドウの酒を混ぜたような感じの風味がある」
酸味は強い。しかし甘味もかなりある。
ともすれば味や風味が濃すぎる気もするが、甘味が薄く香ばしい風味が強い蕎麦粉のパンケーキと一緒だと、とてもよく合っていた。
癖の強さと癖の強さが喧嘩をするのではなく、芯から支え合う様な味。
ただ少し思うのは、この世界ではどの料理や酒を口にしても、万人受けの味ではなく、好きな人はとことん好きだろうな、と感じさせる美味しさだと言う事。
癖がある物が苦手な人間は、一日で音をあげそうだ。
これらを食べていると、日本で食べる料理の多くが、個性を消した万人受けの味なんだと思わずにはいられなかった。
「ブドウの酒ね……言われてみれば、似てるのかしら? これはこの辺りだけのジャムよ」
「クリームともよく合うんですよ」
サワークリームとは違い、甘いバターのようなクリームもあるとルーが上機嫌に教えてくれる。
クラビーの説明の長さから感じてはいたが、ルーはクラビーのジャムが好きなのだろう。いつの間にかパンケーキをぺろりと平らげていた。
食事を終え、支払いを済ませ、籠に盛られた揚げパンを受け取り三人は店を出た。