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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第五話「コウジマチサトルは価値観だけは譲れない」
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3.5・街並みと時計

読み飛ばし可

 サトルの目が覚めたら一度互助会の会所に来るようにと、ローゼルに言われていたと言うので、サトルたちは昼のガランガルダンジョン下町へと繰り出した。

 一応サトルの服装では、小奇麗すぎて悪目立ちするので、ローゼルの置いて行ったフェルトのロングケープを羽織った。


 明るい所で見る初の異世界の街並みに、サトルは胸を躍らせる。

街並みを見るのはその土地の料理を食べたり、地元の人間と触れ合うのと同じくらい重要な、旅行の醍醐味だ。


 やはり遠目から見た通り、かなり屋根が尖った建物が多く、下の町ほどではないが、上の町と呼ばれる今サトルたちのいる区画の建物も、石の土台が高く作られていた。

 建物の高さは五階、六階建ての物もあり、下の町に比べて建物全体が大きく幅もあり、いかにも町の中心部と思わせるほど人通りも多いい。もちろん道幅も広い。


 通りを行く人は、意外なことにヒュムスが多かった。

 昨日はたった一人しか見なかったのに、今は獣の耳を持つ者の方が圧倒的に少ない。

 地方都市で見る外国人くらいの割合だ。


 古い町並みの方が道幅などは狭いのではないかと思っていたのだが、ガランガルダンジョン下町ではその辺りも理由があるのかもしれない。


 下りの坂が多いのかとも思ったが、道は思いのほか平地ばかり。

 下の町、上の町と言い分けることも考えたら、完全に違う区画として作られたのかもしれない。

 上の町にはパッと見てわかる街灯などの設備もあった。


 下の町を見た時は暗くてわからなかったが、建物の壁は化粧をするような色彩のある漆喰、色の付いた煉瓦なども見られるが、多くは白い漆喰に黒っぽい石の飾りが多かった。サトルの知らない様式だが、これはこれで格好良いと、サトルは口の端を持ち上げる。

 ただ気になるのは、ルーの言っていたダンジョン石の建材らしく見える物は見当たらないこと。


 歩みを進めると、特に気になる建物があった。建築様式はゴシックに近い左右対称、しかしバロック様式のような隣の階層と並行ではない造りだったり、湾曲した外壁の飾りも多い。

 サトルの記憶にあるどこの国の文化的特徴とも一致しない奇妙な建物にも見えた。


 サトルは興奮していた。

 これだよこれ、これが見たかったんだ! と、声に出さずにはしゃいで周囲を見回す。

 知らない世界、知らない景色、知らない文化に、そこに根付く確かな人の意思、志向。


 水平方向を意識したデザインでありながら、窓は円形であったり、うねりのある梁を持ちながらゴシックを思わせる垂直指向の張り出した尖塔。

 恐竜の肋骨の様とも言われるフライングバットレス、しかしその後方にはゴリゴリのロマネスク様式を思わせる四角四面の分厚い壁を持つ建物があり、そのちぐはぐ感にサトルは眩暈すら覚える。

 気候風土だけでは説明のつかないその建物が何なのか、サトルはとても興味をそそられていた。


 一番近い印象は、遠目に見たあの薄青い竜のシルエット。

 静物ではなく、生物を模したような印象があった。


 正直とても楽しくて仕方がなかった。しかしここではしゃいであちらこちらにフラフラしてしまっては、確実に迷子になる。歩みを止めないルーとアンジェリカに付いて行くのでは、道なりに歩きながら観察するだけで手いっぱいだ。


 サトルはとりあえず、後で特に気になった建物がこの町におけるどういう役割の物であるかをルーたちに聞こうと、心のノートに書きこみ、蛍光ペンでチェックを付ける勢いで、しっかりととどめておく。


 せわしなく街並みを見回すサトルに、ルーもアンジェリカもまるで「おのぼりさん」だと苦笑する。


 ちなみに、ルーの住んでいた家というのは、かなり町のはずれにあり、周辺の土地はかなり開けていて、建物の背後とや周辺の緩やかな斜面に田畑が広がっていた。

 サトルの見た印象では、フランスなどで言う「シャトー」に近い物だった。様式は完全にロマネスクの流れを汲んだ、四角四面、左右が完全な対称では無かったのは、古い石造りの建物を木造などで急ごしらえに増築したからだろうことが、外観からでも分かった。


 ルーの家を見て「小さい城だ」と言うサトルに、ルーは「私には大きすぎるお屋敷です」と返した。

 自動翻訳はどこまでサトルの使った言葉の意味を正確に伝えているのか、なかなか難しいやり取りだったとサトルは唸る。


 異世界に来てまだ三日。

 分からないことはゆっくり調べていくしかないだろう。


「三日かあ。今抱えてた仕事はこの際、他の奴らに任せるしかないとして……新人に仕事教えてる途中だったし、あー……バイトの奴ら。支店放っておくとか、社長泣くかな。サネさんが何とかしてくれると信じよう。ユカリさんもいるし……ロウさんにお礼言えなかったな。せっかく祝いの品選ぶの手伝ってもらったのに……うーん、せめて半年以内に帰れたらいいんだが」


 ふとした瞬間思い出す会社のことで落ち込むサトルに、元の世界の事を知らないルーとアンジェリカは声をかけようがない。

 少なくとも自分たちが気軽に「大丈夫だ」と言えることではないだろうと、サトルが落ち着くのを待つ。


 ぶつぶつと呟いていた言葉が途切れ、今のうちにとアンジェリカが別の話題をさしはさむ。


「ちなみに、貴方がダンジョンで拾ったというドラゴナイトアゲートは、今ボスの鉱石コレクションに加わっているわ」


「え、何で?」


 竜の吐瀉物と一緒に拾った方ではなく、ダンジョン内で拾った方が、何故かルーの手元を離れていると聞けば、流石にサトルも正気に戻る。

 大事な論証になるので金には代えられないと悩んでいたはずの物だ。


「お金を貸してもらいました……というか、無理やり押し付けられましたあ」


 金を押し付けられ、質草のような形で持って行かれたとうなだれるルー。

 ダンジョンの研究の大事な品なので、保管も兼ねてあげるから、とローゼルは言っていたらしい。

 下心がどこまであるか分からないが、少なくともルーが困窮していることは理解しているだろう人だ、きっと悪いようにはしないだろう。


 とりあえず今はお金があるという事だ。

 ならばルーがずっと気にしていた物も今なら買えるのではないだろうか。


 サトルは空を見る。

 少し遠めに見える場所に、時計塔があるのが分かった。

 大きな時計が付いている、などの分かりやすい外観ではなかったが、鐘楼があり、複数の鐘が吊るされているようだった。


 時間ごとにあの鐘を鳴らすのだとしたら、まだ一度も聞いていない今は、もしかして正午前なのではないだろうか。

 気絶したりしていたのではっきりとした人のわからないサトルは、今は時間的に余裕はあるかとルーとアンジェリカに問う。


「余裕なら十分に。今日は一日ボスも室内で仕事らしいから、なんだったら夕方にお邪魔してもいい位よ」


 時間は大丈夫だとアンジェリカ。それに対して、ルーは自分の服の内側を探り、大事そうにしまい込んでいた懐中時計を取り出した。


「時計、私持っていますよ」


 見せられたそれにサトルは瞠目する。

 それは現代日本人が懐中時計と言われて想像する物とほとんど変わらないそれだった。


 時計の機構が発展したのは何時の時代だったろうか。少なくとも中世と区分されるヨーロッパの時代には、王侯貴族の物だったはずだ。

 日本では十九世紀ごろに徳川将軍に贈られている物があったとサトルは記憶している。国のトップに贈るにふさわしい物という認識があったという事だ。


 貧困のルーが持っているにしてはあまりにも高価な代物。

 なによりも驚いたのは、刻まれているのがアラビア数字だったことだ。

 これはこの世界で作られた物なのだろうかと、サトルはまじまじと時計を見る。


 時計を作る技術がこの世界で独自に発展したのか、それともサトルたちの世界から来たダンジョンの勇者によってもたらされた物なのか、どちらかは分からないが、少なくとも時間はサトルの知る二十四時間で考えてよいという事だろう。


「珍しいでしょう? タチバナ先生の持ち物だったのよ。ルーはダンジョンの研究にも使うだろうからと、正式に譲り受けたの」


 小さな城ほどもある屋敷を譲り受けたのだから、その際重要な財産をともに受け継いでいてもおかしくはない。研究に時計が必要なのかどうかは分からないが、無くて困る物ではないだろうとサトルは納得した。


「珍しい物なのか?」


「ええ、とても高価な物だわ。でもダンジョンの町ではよく作られるのよ」


「ダンジョンの町で? 何故?」


 ダンジョンの町ならではの工芸品だとアンジェリカは答える。つまりこのガランガルダンジョン下町以外でも作られているという事だろう。


「さあ? こういった機械技術は、ダンジョンの町の方が発展が早いと言われているけれど、それには理由があるのかしら?」


「あ、えっとはい、まあ……」


 いつものルーらしくない、歯切れの悪い答えに、サトルもアンジェリカもいぶかしむ。


「何か話せない理由があるの?」


「理由と言いますか、一応推測はされているのですが、それがどうもはっきりしないと言いますか……ダンジョンは有機物を取り込んでダンジョン石を形成する際、金属の多くをダンジョン石から排除するんです。だからダンジョン内では希少な金属鉱石が採取できたりするんですけど、それだけが機械技術のの発展につながると言うわけでもなく……武器を作る職人が集まるから、という説もあるのですが、合金や金属加工の技術向上につながりはしても、小さな歯車を作ったり組み立てたりするのとは全然違う作業ですし、本当に何故懐中時計みたいなものができるのか、というのは分かっていないんです」


 ダンジョンの町だけで懐中時計が作られる理由が他にあるとすれば、懐中時計を持っている人間が、この世界にダンジョンの力で召喚されたからではないだろうか。

 だとしたら、ルーの持っている懐中時計の文字盤の数字が、アラビア数字である理由も納得がいく。

 最初に持ち込まれた物をそっくりまねて作ったにすぎないのだろう。


「そうなのか……いや、俺の国でも似たようなものを見たことがあるから。今は……昼間の十一時半を過ぎたくらい、って考えていいのか?」


 時計の文字盤を読んで見せれば、ルーもアンジェリカも少し驚きつつ、嬉しそうにそうだと答える。


「やっぱりサトルさんは何か学者のようなお仕事でも?」


「は、していないよ。一応高等教育は受けているけど、仕事にはあまり役に立ってる気がしない」


「そうなんですか?」


 そうなんですと、適当に答えつつ、サトルは時間の事を考える。

 まだ昼前、という事は、すでにローゼルたちがそろって重要な話はした後なので、本当に時間的な余裕は十分にあるのではないだろうか。


「あーでも、まだ昼前か……良かった、だったら俺、ルー、君の服を買いに行きたいんだけど、いいかな?」


「あ、はい! そっか、私の服!」


 胸元の開いた服しかない今の状況は辛かったのだと、食い気味にルーは返事を返す。


「行きましょう! 服を買いに!」


「いいんじゃないかしら? それと、貴方の靴も必要よね」


「ああ、頼むよ。足の裏が痛くてかなわないんだ」


 実は未だに靴が無いまま、布を巻いて対処しているサトル。言われてそれを思い出したか、アンジェリカがそれもそうねとうなずく。


 服は既製品があるわけではなく、採寸して個人の体に合わせて作るか、古着を買うしかないという。

 靴も同じようなもので、せっかくなのだから二人は新しい服を作るべきだとアンジェリカが推す。

 サトルもこの世界の人間と自分の体形が大分違うことが見てわかっていたので、アンジェリカに同意する。

 サトルの貧相な体では、古着を買っていては、肩幅も腰回りもあまりまくってしまうだろう。


 迷いなく進んでいく二人の後に続きながら、サトルは少し不安げに言う。


「道覚えられるかな」


「そんなに遠くには行かないつもりだけれど」


「いや……見慣れない風景過ぎて、道に迷いそうだと思って」


 採寸して作るとなると、数日かかるのは間違いない。そうなってくるともう一度、二度とこの道を通ることになるだろう。

 覚えておかなくては、先ほどとは違う意味で、サトルは町の風景を目に焼き付ける。


「これから俺はここで暮らすことになるだろう」


「そうですね。ダンジョンの妖精探しは、たぶん時間がかかる事になると思います。ダンジョンのモンスターの異変が起きているところにピンポイントで行くとしても、セイボリーさんたちのパーティーですら、たどり着くまでに数日かかる場所もあるので」


 ルーの言葉は、とてもあっけらかんとしたものだったが、サトルにはとても衝撃的だった。


二メートルを超える巨躯の、獅子の鬣を持つ、明らかに強者と分かる冒険者、セイボリー。その彼らが数日かかる場所と聞き、サトルはさっと顔を青ざめさせる。

 見てわかるほどの歴戦の猛者も攻略に難儀するような場所に、自分はいかなきゃいけないのだろうか。サトルは額を押さえ呻いた。


「あー……うん、あー……俺戦えないから、きっと苦労かけるようになるんだろうな」


 キンちゃんたちの頼みを、その場の勢いでたやすく引き受けてしまったが、考えてみればそれこそ命がいくつあっても足りないようなことにもなりかねないのだ。

 勇者と言われ調子に乗ってしまっていたと、サトルは今更ながらに後悔する。


 だってあの時は目が覚めたばっかりだったし、自暴自棄になってる感があったし、半分夢だと思っていたんだよな、俺。

 口に出せない愚痴を頭の中で並べたて、サトルは代わりに大きなため息を吐く。


「それは仕方ないわね。適材適所よ。足手まといにならない方法だけ、上達してくれればいいわ」


 最初からサトルに戦う力は期待していないと、ばっさり切り捨てるアンジェリカ。


「うん……頑張らせてもらうよ」


 足手まといという言葉に打ちのめされるように、サトルは大きく肩を落とした。


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