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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第五話「コウジマチサトルは価値観だけは譲れない」
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2・聖なる白い牛

「随分な態度よね。一体何があったというの? ただ魔力を吸われただけではないのかしら?」


 モーさんに対するサトルのあまりの拒否に、一体何があってそうなったのかと、アンジェリカが問う。

ルーとアンジェリカがそろうと、どうも会話の主導権はアンジェリカが握ってしまうらしく、ルーは大人しくアンジェリカの言葉を聞くばかり。


 サトルはアンジェリカの問いに答えようと、先ほどの事を思い出す。


「そいつ……棚を開けたらまるで虫のようにカサカサっと出てきて、小さい状態でワラワラしていたんだよ。そうまるであの虫のように……そしてそれが俺に群がってきて……うわああああああああああああああ」


 小さなモーさんたちが次から次に棚からあふれ、自分に群がってきた時の光景を思い出し、サトルは顔を覆って悲鳴を上げた。

 あれはそれほどまでに恐ろしい物だったと、身を丸め震えるサトルに、キンちゃんたちが慌てて飛びつき、大丈夫かと心配するようにフォンフォンキュムキュムと鳴く。


 ルーもモーさんから離れ、サトルの震える背をさする。


「落ち着いてくださいサトルさん!」


「気持は分からないでもないわ。でも安心なさいな、たぶんもうそんなことはないと思うから。小さい虫に群がられる心配はないわ」


 確かに得体の知らない虫に群がられるのは恐怖を覚える事だろうと、アンジェリカは共感しつつも、そんなことは二度とないはずだと答える。


「何でそんなことが言えるんだ?」


 震える声で問うサトルに、アンジェリカは答える。


「昔話よ、聖なる白い牛のね」


 昔話の解説は自分がと、ルーが請け負う。


「ガランガルダンジョン下町にはダンジョンを守る聖なる獣の話があり、その一つが、聖なる白い牛という話なんです。牛と言っても、本当に牛の姿をしていたのではなく、ウシほどの大きさの、形容しがたい姿をした白い四足の獣だったと言われています。鳴き声も牛にそっくりで、大きさは牛ほどの、とあるのですが、幾つか話がある中では、時折子牛ほどのサイズで語られる物もありました」


「つまりこのサイズね。元が子牛サイズから成長する話はあっても、白い牛が小さくなる、という事は語られていないのよ」


 言われてみれば、確かにモーさんのサイズは子牛サイズとも表現できるサイズだ。


「という事は……モーさんはさらに大きくなると?」


 ブルリと身を震わせるサトルに、その通りだと頷くルー。


「聖なる白い牛は、ダンジョンによって召喚される勇者を助けるために、人の世に現れるのだと言われています。そして勇者の傍にある事で、白い牛は育ち、それにより勇者を支える力となると」


「どうやって大きくなるかは?」


「分かっていません。勇者以外は、大きくなった姿しか見えないそうなので」


 キンちゃんたちがフォフォーンと鳴く。


 サトルは思い出す。キンちゃんたちも集めることにより本来の姿を取り戻すらしいことを。

 今の所キンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃんの三匹は、共にいてもくっつくこともなく、また個々の性格ややることに違いがあり、モーさんの小さい時のような不気味さはない。

 しかし、このサトルが言う所の可愛らしい姿も、いつまで続くか分からない。


「……キンちゃんは、キンちゃんのままでいて欲しい」


 キンちゃんが悲し気にフォーンと鳴く。

 この可愛らしい生き物が、この得体のしれない巨大妖精になるかもしれないと思うと、サトルの胃はしくしくと痛みを訴え始める。


「うう……いやでも、むしろモーさんは大きくなった方があの恐ろしさはないような」


 虫の様に大量の小さな生き物に群がられ、襲われるのが恐ろしかっただけで、あのトラウマさえ克服できれば、モーさんも十分可愛く見えるんじゃないかと、サトルはモーさんへ視線を向ける。


 モーと嬉し気に鳴くモーさん。


「……うん、これなら、まあ、悪くないか」


 恐る恐る左手を差し出せば、モーさんはサトルの手にすり寄った。すり寄って、ベロンと長い舌で舐めた。


「やっぱり無理」


 捕食される恐怖に、サトルは即座に手を引く。モーさんは悲し気にモーと鳴いた。


「自分を食べようとしてくる相手に優しくできないのは仕方ないわよね」


「モーさん可哀想です」


 捕食される恐怖は仕方が無いとアンジェリカが言えば、それでも可哀想にとルーがモーさんを憐れむ。


 サトルとしても自分を助けるという妖精を無下にはしたくなかったが、恐怖心はやはりぬぐえない。


「けど、モーさんみたいな、勇者の助けになる獣って言うのが他にいるんだったら、そういうのもまた現れるかもしれないってことか?」


「多分そうでしょうね」


「特に聖なる白い牛は、良く知られている話なので、ガランガルダンジョン下町にあっては、白い牛を連れていると、良い人間であると思われるんです。あ、一応勇者以外の人間の前にも表れた、という記録がいくつかあるんですよ。先生の先生も、この聖なる白い牛を連れいたことがあるそうですし、聖なる白い牛によって冒険者やこのガランガルダンジョン下町が助けられたこともあるんです」


 ルーが得意げに語る内容と、三人以外誰もいなくなった室内に、ピンとくることがありサトルはそう言う事かと納得する。


「あー、なるほど……つまり、俺が寝てる間に話が進んだのは」


 伝説や昔ばなしだけではなく、きちんと記録に残る町の救い手が現れたとなれば、それを見た者はどう考えるか。


「貴方に危険が無いことの証明、というほどではないけれど……それでもそうね、その白い牛がいたからこそ、オリーブ姐さんたちも、セイボリーさんたちも、皆貴方を勇者だと認めたのよ」


 サトルへの警戒を解くことが出来たのは、この聖なる白い牛事モーさんのおかげだとアンジェリカは断言する。

 アンジェリカ自身は、自分の身に寄生する精霊を見てもらえたことで、サトルを信用しているようだったが、それを実感できない者達は、もっと分かりやすい証拠を必要としたことだろう。


「……この子のおかげでか」


「モーさんです」


「モーさんな、モーさん、覚えたよ、ちゃんと」


 自分の付けた名前を、しっかりとサトルにすり込もうとするルー。


 きっとキンちゃんたちに名前を付けてあげている時から、それを気にしていたのだろう。


 ふと、手元から温かな熱が離れていくのを感じて見れば、キンちゃんたちがモーさんに興味を持って近付いて行っていた。

 サトルがモーさんの名前を呼び、受け入れようとしているのに反応して、自分たちもと思ったようだ。


 キンちゃんたちがモーさんに触れると、わずかにキンちゃんたちの影が濃くなったように、サトルには見えた。


「キンちゃん?」


「あ! 凄いですよサトルさん! モーさんと触れ合ってる時だけ、キンちゃんの姿がはっきり見えます!」


 瞳孔を全開にし思わず叫ぶルー。アンジェリカもまた大きく目を剥き、耳をぴんと立てて驚いている様子。


 どうやら聖なる白い牛は、他の者たちの目にキンちゃんたちダンジョンの妖精や、テカちゃんたちを見せることが出来るらしい。


「わあ、という事はこちらがギンちゃんで、テカちゃんですね? こちらのシャイな子はニコちゃんでしょうか? お顔が違うんですね」


 ルーがニコちゃんと誤認したのは、昨晩酒場からついて来た麦酒の妖精っぽい子。ニコちゃんはちゃっかりモーさんの腹の下に隠れていたりする。


「ああ、いいや、モーさんの下に隠れてるのがニコちゃんで、その子は昨日酒場からついて来た子だ。名前はまだない」


 顔が違うと断言したことで、間違いなくルーには妖精たちが見えていると分かった。


「聖なる白い牛……凄いな」


「驚いたわね」


 簡単の声を上げるアンジェリカの後ろで、お兄ちゃん(仮)が、自分もモーさんに触るべきか、遠慮しておくべきか、葛藤しているのだが、サトルはそれを生暖かい気持ちで見守る。

 さすがに自分の後ろに不審者然とした妖精が常にいると認識するのは、アンジェリカにとっても負担になるような気がしないでもなかったので、サトルが自分から提案する気にはなれなかった。


「ああそれと、この子は貴方の魔力を定期的に摂取するらしいから、じゃれつかれても無下にしては駄目だと、ボスは言っていたわ」


 つまりサトルは今後もモーさんの餌となれ、という事だ。

 サトルはふるふると肩を震わせ、助けを求めるようにアンジェリカを見る。


「ええ……いや、でも」


「諦めなさい」


 慣れれば気にならないわと、寄生され生活の先輩ともいえるアンジェリカは、とてもいい笑顔でサトルの肩を叩いた。


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