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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第五話「コウジマチサトルは価値観だけは譲れない」
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1・色々増えました

 目覚めたらそこは知らない天井だった。

 その二。


「……なんでだよ」


 思わずこぼしたぼやき。


 とりあえず体を支える面が柔らかいので、先ほどのように床に直接寝かされているという事ではないようだとサトルは気が付く。右腕が乗り切らずに床に落ちている。左側には布の張られた背もたれ。どうやら寝椅子に横たわっているらしい。


「あら起きたのね」


 くすくすと笑っている声は、聞き覚えがあった。


 ぼんやりと天井を見上げたまま問う。


「アンジェリカ……ヒースたちは?」


「帰ったわ。話し合いも済んでる。貴方の今後も、ルーに任せることで決まったから」


「俺が寝てる間に?」


「ええ、貴方が気を失っている間に」


 わざわざ訂正をされてしまった。

 あの虫のようにカサカサ這い寄る妖精に、悲鳴を上げて気を失ってしまったと、完全にそう認識されているのだと分かった。

 いや、相手は妖精が見えていないのだから、もしかせずともサトルは何もない空間に悲鳴を上げていたと認識された可能性も高い。


 完全にノイローゼの人じゃないかと、サトルは頭を抱える。


「……俺、虫苦手だったのかも」


 言い訳をしてみるが、それでも妖精が見えていなかったことは変わらないだろうし、本当に虫だったとしても、サトルが男として情けないことには変わりない。


 あーともうーともつかない唸りをあげてもだえるサトルに、アンジェリカはたまらないと言うように腹を抱えて笑う。


「違うわよ、貴方妖精に餌にされてたのよ。魔力がごっそり持って行かれてる状態」


 だからそんなに情けなく思わなくてもいいとアンジェリカは言う。


「どういう事?」


 魔力というと、サトルが幼少の頃夢中で遊んだあの三日貫徹デスゲームでは、魔法の剣技を使ったり、炎や氷の弓矢を放つために使ったエネルギーだったはず。

 その不思議な力の源的なそれをごっそり持って行かれて倒れるとは、いったいどういう事だろうか。


 魔力についてアンジェリカが説明をしてくれる。


「魔力は、人の身にあるエネルギーの一種よ。体力とは違って、体内ではなくて魂を支える力だとも言われているわ。という事で、サトル、まずこの子、見える?」


 何となくイメージしていた物とそう変わらないことにサトルは少しおかしくなる。

 やはりこの世界はサトルの知っている何かにどことなく似ている。


 この子と言われてアンジェリカが指示したのは、寝椅子の横にいた「┌(┌^・^)┐」だった。気のせいだろうか、サトルが最初に見た時よりも、少しだけ表情が変わっている気がする。

 何よりも大きさが、セントバーナードくらいはある。


「うわ……」


 思わず椅子から飛び上がる様に起き、サトルは妖精から距離を取った。


「この状態になると私たちにも見えるみたいなんですけど、これがサトルさんの言っていた妖精、なんですよね?」


 一言も発していなかったが、どうやら部屋にはルーもいたらしい。アンジェリカの後ろから、心配そうに声をかけてくる。


 が、しかし、これがサトルの見ていた妖精だと思われるのは心外だった。


「いいえ」


 サトルは真顔できっぱり否定する。


「違うんですか?」


「違わないけど違う。キンちゃんたちはもっと可愛いです」


 というか、そのキンちゃんたちはどこにいるのだろうか。先ほども全く姿を見せなかったキンちゃんたちを心配し、サトルは首を巡らせる。

 

 室内調度はかなりしっかりしているようだった。サトルの寝かされていた部屋と違って、壁は漆喰、天井の木材はニスでも塗ったかのような艶やかな飴色。天井から下がるのは蝋燭を立てるための台座が付いた質素ながら細工の細かい鈍色の金属のシャンデリア。あまり天井が高くないのは、この辺りの気候を考えると、風を通すよりも室内の温度を保つための造りだからだろう。


 壁に作り付けの暖炉がある。薪をくべ火を燃やすための場所がかなり深く壁に潜っていることから、壁の作りも厚いのだと分かった。

 この造りの家にサトルは覚えがあった。壁が厚い家があるのは、冬場に相当寒さの厳しくなる土地だという事。


 カタツムリが特産品となるくらいなのだから、サトルはここをずっと南フランス風の、比較的暖かい時期が長い気候の土地だろうと思っていたが、案外とアルプス山脈に近い、スイス方面の土地の気候に近いのかもしれない。


 それはそれで構わない。フランスに比べて食文化があまり取りざたされないスイスだが、実際は幾らでも美味しい物がある土地だ。

 そもそもフランスの食文化が発展したのは、フランス人の良い物は良いで、いくらでも取り入れ、自分たちの好みに発展させる行動力あってこそだ。

 気候風土が似ていたとしても、そこに住む人間が違えば、同じ文化の発展をするとは限らない。


 なによりダンジョンというイレギュラーが存在するこの世界で、サトルの頭の中に有る、元の世界の世界地図や社会の教科書は、あまり役に立たない可能性がある。

 何せ地下に亜熱帯空間が存在するような場所なのだ。


「ダンジョンがある時点で……か」


 呟くサトルに、フォーンと返る返事。声を探して首を巡らせると、サトルの左肩にキンちゃんがすり寄っていた。


「あ、どこに行ってたんだよ?」


 フォーンとキンちゃんが寂し気に鳴く。見ればふよふよとギンちゃん、ニコちゃん、テカちゃんにあのも麦酒の妖精まで、サトルの左に集まっていた。


 会いたかったとでも言うように、キュムキュムフォンフォンヒューんと鳴く妖精たち。

 こんなに懐いてくれているこの妖精たちが、何故さっきまで姿を見せなかったのだろうか。考えられるとすれば、人がいたことだろう。


「……もしかして、ヒースたちに見つからないように隠れてた?」


 フォーンと肯定するようにキンちゃんが鳴く。


「そうか、気を使ってくれたんだな、ありがとう」


 サトルはキンちゃんを指先で撫でる。するとキンちゃんは嬉しそうにサトルの頬へと飛びつき頬刷りをした。


「こら、くすぐったいって」


 あははうふふと笑うサトルを見て、アンジェリカとルーはドン引いた。


「確かにこれは、不審者ね」


「やっぱりそう思いますよねえ」


「失礼だな」


 サトルは真顔で抗議する。


「でもこちらでしたら」


 そう言ってルーが手で示したのは、羨ましげに妖精たちを見つめ、モーモーと鳴くあの巨大な妖精。


「圧が怖いので遠慮します!」


 正直怖い。サトルは寝椅子の端により、巨大な妖精からできるだけ距離を取る。


「あ、駄目ですよサトルさん! モーさんが泣いています」


 モーと鳴いて巨大妖精こと、モーさんが寂し気に伏せれば、ルーがモーさんの傍により、可哀想にと撫でる。


「君が名前を付けたのか?」


「はい、サトルさんに習って」


「おかげでルーに懐いたわ」


 アンジェリカの言う通り、モーさんはルーの手にすり寄り、まるで犬のようにその手をぺろぺろと舐めている。

 それはもう必死にぺろぺろと。


「うわあ、俺その子怖いんですが」


 出会いの時のワラワラ感を思い出し、サトルはモーさんから視線を逸らす。

 なんというか受け付けない、生理的に受け付けない。サトルはモーさんを直視できずに呻く。


 ルーは何故よりによってそれと仲良くなってしまったのだろうか。


「せめて、せめて出会いが違っていれば……」


 もう少し、テカちゃんのようにかわいがることが出来たかもしれないのにと、サトルは苦い涙を流した。


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