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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第四話「コウジマチサトル衝撃の出会いをする」
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10・酒場にて

「君らのボスは、たぶん享楽的な人なんだな」


 互助会の会所から出て、オリーブたちとの待ち合わせの場所である銀の馬蹄亭へ向かう道すがら、サトルは言う。


「好奇心は強いけど、どうかしらね? 鼠をいたぶる猫のような人よ」


 アンジェリカはあまり良い言葉を使わずにローゼルを評する。


「けれど同族には愛情が深いんじゃないか?」


 ルーを見ながらそう返せば、ルーは拗ねた視線を返す。


「何故そう思うんです?」


「そうじゃなきゃ、互助会のボス何てやってられないよ。それに、今回の俺の事を秘密にすることも、オリーブさんたちを協力者に据えることも、ローゼルさんの互助会には何のメリットもない。いや、俺の頑張り次第では、将来的なメリットは望めなくもないけど……互助会として人を雇ったり金を勘定して運営しているなら、デメリットもある行いは、そんなに歓迎できないんじゃないかと思って」


 ルーは考えるように視線を伏せる。


「ルーの負担を減らそうとしているように、俺には感じられたよ」


 ルーはそれに納得するべきか、否定するべきか分からないと言ったように小さく唸る。

 代わりにアンジェリカが、面白がるように言う。


「あら、私には本心から歓迎しているように見えたわ。あの人もあれで研究者気質があるから、貴方の事を興味深く思っているのかも」


「でもそれこそ実験用の鼠だ。試験薬を試すために、今は殺さないって感じだな」


「言い得て妙ね」


「うう、サトルさんを殺すんですか?」


 我慢していたがここにきて堤防が決壊してしまったのか、ルーはボロボロと涙ををこぼした。

 あわてるサトルを押しのけ、アンジェリカがルーの頬に手を伸ばす。


「例え話よ。泣かなくていいわよ、もう、馬鹿な子」


 少しだけルーが泣き止むのを待ち、サトルたちは歩みを進める。

 目的の場所は会所からそう遠くない所にあった。


「この店よ。銀の馬蹄亭」


 三階建ての建物。一階が店で、二階より上は住居の様だ。


 アンジェリカが慣れた様子で店に入る。

 事前に聞いていたのだが、アンジェリカは見た目の倍以上の年齢なので、酒を飲んでも問題はないという。


 サトルたちが来たことに真っ先に気が付いたのはアロエ。サトルは最初アロエを落ち着きのない女性だと思っていたが、扉が開ききる前にアンジェリカに気が付くことが出来たところを見るに、それは周囲に気を張っているからなのだろうと思えた。


「ようやく来たな! どうだった? ボスは何て?」


「何も、まだわからないそうよ。ただ……明日会所に来て欲しいと。オリーブ姐さんに伝えたいんだけど」


 アンジェリカは適当に開いている席へとサトルとルーを座らせる。


 店内では奥の席で何か盛り上がる事をやっているらしく、新しい客には見向きもしない。

 店内にいるのはほとんどがラパンナやシャムジャの様だった。


「奥で飲み比べしてる」


 くくっと意地悪そうに笑うアロエ。

 それに思い当たることがあるらしく、アンジェリカが面白そうに問う。


「賭け?」


「うん、でももう締め切り」


「何だ残念。相手の猛者はどなたかしら?」


「ボリーさん所のクレソン」


 奥を見れば、キツネのような耳をしたサトルと同じくらいの年頃の、目付きの悪い歳の青年が、オリーブと向き合って木のジョッキをあおっていた。


「賭けにならないわ」


 その様子を見てアンジェリカが呆れたように溢し、確かにと、サトルもルーも頷く。

 何せオリーブは並みの男でも敵わない巨躯。まず体に入る量も違うだろうし、少し暗い店内でも、見ていても分かるほど顔色が一切変わっていない。

 対してクレソンだと思われるキツネ耳、こちらは眉間に皺が寄り、すがめた目が恨めしそうにオリーブを睨んでいる。


 すでに勝敗は決する直前の様だ。


「負けた方が、今日のルーとこの人の酒代持つんだって」


 指をさされサトルはそうなのかと苦笑する。


「それこそ賭けの意味がないんじゃないかしら? ねえ、ルー、それに紳士さん?」


 アンジェリカに話を振られ、ルーはこくこくと首を縦に振る。


「そっか、サトルさんってお酒どれくらい飲みますか? というか飲めます? 私はほとんど飲まないんですよ」


「紳士でも酒はたしなむけれどな、流石に今日は疲れすぎて飲めない。あと果実酒は苦手だ」


 店内に充満する酒の匂いは、ビールや焼酎のような、日本でよく嗅ぐアルコールの匂いとは違い、エグみや渋みを感じさせる果実酒やクラフトビールの匂いに近いものがあった。

 それとともすれば不衛生さをも感じさせる、酸味の強い発酵臭もだ。


 完全に料理ではなく酒を飲むための場所なのだろうと分かる匂い。

 料理の匂いなどほとんど感じない。

 酒はしばらく遠慮したかったんだがと、サトルは内心苦く思う。


「麦は?」


 果実が駄目なら麦の酒を飲むかとアロエが問う。その際手にしていた木のカップを揺らしたのは、その中身が麦の酒だからだろう。


「も、好きじゃない」


「何を飲むのよ?」


「酪乳か、米かな」


「珍しい」


 サトルは酒に強くないので、どうしても酒の席に行かねばならないときは、癖のない米の酒をちびちび飲むか、悪酔いしにくく翌日胃を悪くしにくい、ヨーグルト系や牛乳の入ったカクテルをよく飲んでいた。

 甘党だった社長がそもそもそういう物を好んで飲んでいたので、女子かと揶揄する人が滅多にいなかったのは幸いだろう。


「この店にはおいていないですね」


「酒自体が、飲みつけないんだよ。何か温まる物ってあるかな? ここは何か選べる?」


 このままでは無理にでも酒を勧められそうだ。


 サトルは海外旅行で自分の中のルールを決めている。

 それはよほど危ない物でなければ、地元の人間が進めた物を口にする、という事。


 手渡しでも、同じ食器の使いまわしでもだ。

 苦手な物でも虫であろうとコウモリであろうと口に運んで、目の前で食べて見せる。これで相手の警戒心を解きほぐす一端になっていた。

 だからそのつもりでいたのだが、酒だけ勧められるというのは、今の状況ではあまり好ましくないだろう。


 せめて料理でもと聞いてみれば、いつの間にかするりと寄ってきていた小さな耳の巻き毛の女性が、残念ねと笑った。オリーブたちのパーティーの一人だ。


「選べるほど上等な店じゃないわあ」


 くすくすと、何がそんなに愉快なのか上機嫌に笑う。またその声が鈴を転がすような良い声で、まるで誘うように前かがみになる女性に、サトルはたまらず目を逸らした。


「スープは毎日あるんですけどね。あとお芋」


 ルーが補足を入れる。それでもいい、腹を満たしたいとサトルは訴える。


「それがいいや。芋ならバターみたいな油と塩があれば食べられる」


「他には何かいるかしら?」


 それだけじゃ味気ないとアンジェリカは他に頼む物を聞いてくれる。


「じゃあ、何か肉か魚かあるのなら」


「何のお肉がお好き?」


「鶏かな」


 どこの国に行っても基本的に食べやすかったのは鶏肉だったなと、サトルは安パイを選ぶ。


「よし、じゃあ頼んできてあげる。けど今日は鶏肉あったかな?」


 注文したい物は分かったと、アロエが厨房のある奥へと駆けていく。


「ねえタイム! 今日鶏肉ある?」


 扉の無い入り口の奥が厨房なのだろう。すぐに帰ってきたのは、若い男の大きな声。

 アロエは声を張り上げながら厨房とやり取りをする。


「ないよ、残念。昼に仕入れたのは全部売れた」


「またあ? 雑な仕入れをするからだよ」


「雑じゃねえよ、んで、何食うんだ?」


「んあじゃとりあえずスープと芋と、あと一番美味い酒!」


 せっかく酒を回避しようと飯を頼んだはずなのに、結局酒を勧められてしまいそうだと、ガクリとうなだれた。


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