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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル異世界に行く」
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5・謎の妖精と謎のダンジョン

 ルーとの距離も縮まったところで、サトルは一つ聞いて確かめておくべきことを思い出す。

 今更耳に付くフォーンフォーンと言う寂しげな鳴き声。


「ところでさ、ルー、これは何か、君分かる?」


「これ?」


 サトルが指さした先には、先ほどからこっちを見てくれとばかりに鳴き声を立てているキンちゃん。しかしルーは目をすがめ首を傾げ、サトルの指す先の空間をいぶかしげに見つめるばかり。


「この……妖精?」


 わからないかともう一度問えば、ルーは瞳孔を大きく開く。


 猫は目に感情が現れるが、ルーはまさにそれだなと、サトルはつい話とは違う事を考えてしまう。それほどにルーの目は嘘を吐かない。


「いえ、何も……あ、何か光ってます、これですか?」


「え……見えない? このふにっとした羽の生えた」


 光っていると言えば確かに薄ら光っているが、それ以上に存在を主張するこのふにふにの造形物を認識できないなんてあるだろうか。


 しかしルーの真剣なまなざしは、サトルを揶揄っているようには見えない。


 というか、このルーはサトルの知る限りでは、最初の誰ですか! という叫びを除いて、初対面にしてはかなり友好的かつ誠実な女性のように見えた。


 物を知らない旅行客に笑顔で近付く相手というのは、良くも悪くも自分たちの利が一番初めに来ている。店を紹介する、金を巻き上げる、窃盗の標的、何にしろ、もの知らずの人間というのは肉食の獣にとっての獲物でしかない。

 だというのに、ルーは先ほどからサトルに対して怯えたりかしこまったりはしても、サトルを自分の利に利用しようという様子は一切見せていなかった。


 瞳孔が素直過ぎて、嘘を吐くことが出来ない、という事もあるかもしれないが。


 信用、とまではいかないが、この女性を特段に疑う必要はないように思えた。

 疑う必要がないのなら、ルーにはキンちゃんが見えていないということだ。


「あー、つまり俺にしか見えないのか?」


 そうだとでも言うように、キンちゃんはフォーンフォーンと繰り返す。


「この音も聞こえない?」


「音……ですか、なんだかか風鳴りのような音が少し」


 キンちゃんの鳴き声は聞こえているらしい。しかし少しという事は、サトルが聞いているこのやかましいフォーンフォーンではないのかもしれない。


 という事はだ、サトルが迂闊にキンちゃんに話しかけてる姿を他人に見られよう物なら、何もない虚空に話しかける変人に思われる危険性があった。


 出会ったのがルーでよかったかもしれない。

 ルーはサトルの言う「これ」ことキンちゃんに興味を持ったようで、キンちゃんがいる空間に向かって手を伸ばしている。顔の真横なので、サトルとしてはちょっと気拙い。


「あ、少し暖かいです。これが、その……妖精?」


「いや妖精かはわからないけど、何か謎の生物。俺の国にはいなかったからここ特有の物かなって思ったんだけど……」


 姿が見えないのでは分からないだろう。

 しかしルーは真偽のわからないサトルの言葉を信用したようで、自分の記憶を脳から引っ張り出すように、静かに目をつぶって思案する。


「うーん、ここはダンジョンの影響を受けている土地ですからね、もしかしたらそういう存在もあるのかも」


「ダンジョン?」


 ダンジョンとは? ゲームで言うなら攻略することでストーリーを進めることのできる場所だ。バトルやパズル、迷路などの要素があって、なかなかに楽しい。もともとは地下迷宮と言うんだったか。


「ダンジョン……」


 ふと、石積みのいかにも古代の祠っぽい、円筒状の建物を見る。

 天辺はドーム型に作られてある。ドーム型の天井は色んな宗教で天井の世界だったり宇宙だったりを表す象徴だ。

 円柱状なので四方はない。四方があれば東洋的なアニミズムのあれだったりするかもしれないが。

 うろ覚え厨二知識でサトルは考える。


「これ、ダンジョン?」


 指さして問えば、ルーはびくっと肩を震わせる。


「あの、えっと、その」


 言いよどむルーの代わりに、キンちゃんがテンションアゲアゲにフォフォフォフォーンと鳴いた。


「い、今のは!」


 テンションの上がったキンちゃんの声はしっかりと聞こえたらしい。


「ええっと、妖精。キンちゃんって呼んでるだけど、どうやら俺をここに案内したかったらしい」


 またもルーが目を見張る。さっきからこの人は驚いてばかりだなあと、サトルは少し面白く思う。

 むしろ驚くべきはこんな見知らぬ世界に来て、見知らぬ世界で見知らぬ文化に触れているサトル自身であるべきなのにと。


 ちょっとした旅行で異文化に触れる気持ちで対応しているからかもしれない。だとしたら、異文化に触れる覚悟を決めずに相対しているルーの方が、驚くことも多いのだろう。


 それにしても、人の町からそれなりに離れているだろうこんな場所に、何故ルーは一人でいるのだろうか。


 ここは人の住んでいる町から、かなり幅のある川を一本またいだ場所にある。

 文明が近代化されていないなら、あの川を女一人で渡るのは、まさしく「彼岸」へ渡る覚悟が必要だったはずだ。


 しかもこの祠は丘陵に囲まれて遠目には見えない。

 あると分かっていなければ探しもしないし、たどり着けない場所のように思えた。


「そう言えばルーはどうしてここに? 俺の視覚情報が確かなら、ここから町までずいぶん遠いよね? こんな朝方に訪れることのできる場所じゃないんじゃないか?」


 サトルがキンちゃんに連れられ移動しているうちに、太陽の位置がだんだんと高くなっていたことから、時間帯が午前中であることは間違いないと確信があった。


 ルーは答えを言いよどむ。この祠っぽいものがダンジョンの入り口だという事と何か関係があるのだろうか?


「キンちゃんはどう思う?」


 フォーンと、今までよりも低く鳴く。どうやらキンちゃんもルーの事をいぶかしんでいるようだ。


 何か言い難い事情があるのかもしれない。嘘を吐くにしても黙っているにしても、ルーは随分と顔に出るようだ。こういう手合いならば誘導尋問で聞き出すことも可能だけれど、それよりも普通に対話をした方がいいだろう。


「あのさ、ルー、言い難いなら無理に言わなくていいよ。でもね、俺は君の」


 言いかけた言葉を飲み込んで、サトルはルーの手を取り胸へと引き寄せた。


「うわ、マジか、さっきの犬!」


 祠を隠す丘陵のてっぺんから飛び込むように駆け下りてくる獣の姿。それは先ほど遠目にこちらを見ていた野犬だった。


 野犬が面白い位勢いよくルーへと飛び掛かる。


 人一人抱えたまま後ろに下がるなんて器用な真似はできなくて、ルーを逃がすために突き飛ばす。


「何でここに!」


 叫ぶルーの言葉を聞くに、普段ならば有り得ない事らしい。


 野犬は一匹、つるんでいる仲間もいないのに何故大人二人を襲おうとしているのか。


 ただ分かる事は一つ。


「こいつ……ここで倒さなきゃ、逃げることもできないよな」


 サトルはごくりと唾を飲んだ。


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