3・アンジェリカとお兄ちゃん
気のせいだろうかと、傍観をする四人……と一人に目を向ければ、やはり人数が合わない。
いつの間に現れたのか、全身黒尽くめの痩身の男が一人増えていた。
顔立ちはうつむきがちで長めの髪の陰に隠れ見えないが、まるで死んでいるんじゃないかと思う程に血の気が無い。
見えていなければそこにいると言うのも分からないほどに存在感もない。
ベストの内側に隠していたキンちゃんたちが、フォーンと不安げに鳴いた。
妖精が反応するという事は、あれも妖精なのだろうか。
「可愛くないなあ」
誰にも聞こえないほどの声で呟いて、謎の妖精っぽい何かを凝視するサトル。
やはり妖精なら小さくもちもちふわふわしている方がいいと、サトルはベストの内側のキンちゃんたちをそっと撫でる。
「いえ、サトルさんは姉さんと同じくらい紳士なんです!」
いったいどんな文脈からそうなったのか、ルーが叫ぶ声にサトルは意識をルーたちへと向ける。
傍観していた四人も、ルーの叫びには流石に口をはさむ。
「随分力いっぱい言ったな。でもあんたが姐さんと同じくらいって言うなんて、そんなにいい人なんだ?」
犬耳の弓持ちの女性が面白いと笑えば、巻き毛の女性が眉をひそめて苦言を呈す。
「アロエ、面白がっては駄目。信用できるかどうかは……これから話を聞きましょうね」
五人の中ではオリーブがリーダーで、巻き毛の女性がサポートやブレーキの役割、茶化すのはアロエと呼ばれた弓の女性と言ったところか。
覆面の女性はまるで「どう思う?」と訊ねるように、アンジェリカの服の袖を引く。
「……さっきから私を見ているようだけど、何? 貴方そういう趣味の人間? 紳士が聞いて呆れるんだけれど」
アンジェリカは最初からサトルの事を信頼するつもりはないと言わんばかりの、敵意を隠さない物言いだったが、それもこれもルーを心配するが故だろうことは、この短いやり取りでも十分わかった。
ただサトルとしては、そうい趣味、という誤解を解いておきたくて、アンジェリカではなくその真後ろに立つ黒い男性を指さす。
「あ、いや、そうじゃなくて……そっちの人は喋らないんだなと思って」
「モリーユ?」
アンジェリカの左後ろに立つ覆面がモリーユだろう。しかし後ろ右に男性は立っている。
「いや……その、後ろにいる真っ黒な服を着た、幽霊みたいな人」
サトルの指を追い、アロエが、モリーユが、巻き毛の女が空を見る。
何もない空間だ。
「ぎゃああああああ! 何それ幽霊って!」
ばっと飛び退るアロエ。
「嘘! 貴方見えるの?」
驚きサトルに詰め寄るアンジェリカ。
「ひゃあああああああああああ」
笛のような音を出し巻き毛の女性にしがみつく覆面。
「え? あ、いや……気のせい、気のせい、気のせいよね?」
ブルリと身を震わせ、それでも冷静さを保とうとする巻き毛の女性。
オリーブも目を見開き固まっている。
「気のせいなわけがあるかあ! ハッキリと黒い服と言ったよこいつ!」
ふぎゃーっと、興奮した獣そのままに毛を逆立て、アロエがさらにサトルから、というよりもサトルが指さした空間から距離を取る。
「え、何? この反応」
思いがけない女性たちの過剰反応に、サトルはきょとんとするほかない。
「ゴースト系のモンスターは、それを討伐する専用スキルが無いと難しい相手でして、対応できる装備でもしてないと、一匹出ただけでもパーティーが全滅するんですよ」
冒険者ゆえの反応ですねと、ルーはまるで他人事のように答える。
「の、割りに君冷静だな」
オリーブが頬をひくつかせながらルーに問う。
オリーブが、ゴースト系のモンスター相手にできる「決定打を持っているわけではないのだろう?」と問えば、ルーはにこりと笑って答える。
「サトルさんが見えてるんだったら、妖精なのでは? と思ったので」
冷静だったのはルーだけではなかったようで、ルーの言葉を聞きアンジェリカは、やっぱりと頷いた。
「ねえ、サトル、その黒い服の人って、私の後ろにいるのね?」
サトルが最初に指を指したのは、間違いなくアンジェリカの右後ろ。
今もサトルとの距離を詰めたアンジェリカとともに、サトルへの距離を詰めていたりるする。
「すごく目が合うし」
身長がサトルよりやや高いかどうかというくらいなので、近付かれるとばっちり目が合う。
死んだような目をしているが、意思が無いわけではないらしく、右手を持ち上げて無表情でサムズアップをしてくる。
「目が合うのね? どんな様子? 怒ってる?」
アンジェリカの反応に、オリーブたちは何か気が付いたのか、怖がるのをやめ、まさかと口々にささやき合う。
「え、ああ、君の父親か兄のように……あ、すごいサムズアップしたよ。無表情だけど上機嫌みたいだ」
「お兄ちゃん?」
アンジェリカの言葉に、黒ずくめの男性は、もう一度サムズアップをし直す。気のせいでなければ、掲げた右腕が肥大化している。とてつもない主張だ。
上機嫌どころか、この上なくご機嫌なようである。
「ああ、うん、えっとこう、サラサラの黒い髪の、お兄さん……アンジェリカの事、好きなのかも? えっと、お兄ちゃんと呼ばれて喜んだ」
サトルの言葉に、アンジェリカはふはっと息をこぼすように笑った。
「アンジェリカ、どういう事だ、何か知っているのか?」
オリーブの問いかけに、アンジェリカはしゃがみ込み、腹を抱えるようにしながら答える。
「……それ、たぶんこの子の精よ」
片方の手で触って示したのは、サトルが髪飾だと思っていた何か。
見た目はダンジョン石に似た石か木か分からない茶色い物体で、何かに似ているとすれば霊芝と呼ばれるキノコの類だろう。それをとても丁寧に薔薇の形に整えたような、そんな髪飾だった。
「まだいてくれたのね」
アンジェリカは嬉しそうに自分の頭部のそれを撫でる。
どうやらアンジェリカの知っている妖精だったらしい。
安心しきったアンジェリカの笑みに、他の四人もほっと肩から力を抜く。
「やだもう! すっごい勘違いした! 叫んで損した!」
「れ、霊ではないなら……問題ない、かしら?」
「……ん」
アロエ、巻き毛の女性、モリーユがそれぞれ言葉をこぼすと、アンジェリカの妖精は、三人に向かってサムズアップ。
受け入れてもらったことを快く思っているのが見て取れた。
妖精が見えるサトルに、オリーブが問う。
「サトルは、シャーマンなのか?」
シャーマンというと、一昔前に流行ったという漫画を思い出す。
どこだったかの喫茶店で、古びたコミックスを読んだきりだったかが、確かあの漫画は幽霊を使って戦っていたなと、サトルは唸る。
自分はキンちゃんたちを使って戦ったつもりはないが、ギンちゃんの攻撃やキンちゃんの回復能力は、サトルの力があって使える物だとするなら、サトルがキンちゃんギンちゃんを使役していると言っても過言でもないかもしれない。
「いや、俺の国ではそんなシャーマンっていう職業は、あー有るのか? とにかく俺にはなじみがない。突然ここで見えるようになった」
とりあえずルーと決めていたことだけを話す。
「そうか……」
サトルの返事に、オリーブは考え込むように顎に手を当てる。
しばらくして口にしたのは、苦さを含んだ言葉だった。
「彼を一度うちのボスに会わせた方がいいかもしれない」