2.思いは重い想い
大きなため息を吐き小さな少女は言う。
「なら彼に関しては言及しないわ。それよりもルーよ。貴女はもう少し自分を大事にするという事を覚えるべきなの。少しでも情がある相手に対して、利用しようとも迷惑をかけようとも思わないその心のありようは評価するわ。とても好ましく思う。けれどね、それで貴女が損なわれるようなことがあるのだとしたら、それは貴女に心を砕いていた私たちに対する裏切りでもあるの! 分かっていて?」
高慢な物言いだが、その内容はよく聞けばルーを心底心配しての物だと分かった。
「す、すみません……でも、組合は」
ルーはすっかり四人、特に兎耳の少女に押されているようで、助けを求めるようにオリーブへと視線を向ける。
「アン、アンジェリカ、それ位にしないか。ルーが困っている」
「けど姐さん……」
オリーブに止められ、ルーに迫っていたアンジェリカが舌を鈍らせる。
「ありがとうございます……すみません」
ほっとしたようにアンジェリカから距離を取るルー。その様子に、オリーブが困ったように笑う。
「いや、いい、君には君の事情がある事も分かっている。君が、ギルドに所属しないからこそ、その研究を個人の物として扱えていることも……すべて仔細承知している」
ルーが逃げないようにだろう、大きなオリーブの手がルーの肩を掴んだ。
「だから……個人的な友人としての頼みだ。もう少しだけ、私たちを頼る事を覚えてくれ」
ぐっと息を詰まらせ、ルーの瞳が揺れる。
薄暗くなった中では瞳孔の動きも分からないが、それでも、逆立つ耳の毛が、ルーが泣き出しそうな感情を、必死で抑えているのだとサトルに伝える。
口をはさむべきか、それとも静観か。事情を完全には知らない自分が、口を出してはいけないと、サトルは我慢する。
「はい……ありがとうございます」
オリーブが〆たことで、アンジェリカもこれ以上文句は付けないのか、不服そうにしながらも口は噤んだ。
ルーは冒険者と言う存在に対して、随分と複雑そうな感情を持っているようだったが、その原因がもしオリーブたち、ひいてはアンジェリカだったとしたら、なかなかに難儀な物だとサトルは思った。
「悪意じゃない分、これはきつい」
これが冒険者の互助組合が会社、ルーのような個人の研究家が個人事業主という関係に置き換えてみると、ルーの置かれた状況がいかに厳しいか分かる。
どこかの会社に所属した方が、研究を続ける分には圧倒的に楽だろう。しかし、自分の師が個人で残した研究を守るには、個人である必要がある。
誘いをかけてくれている会社の人間は、完全なる善意だが、だからといって社会の仕組みは善意だけでは許されない。
分かっているから断るルーに、それでも個人的な友人として頼ってくれと言う。
ただ、ここで個人的な友人に頼ったとして、それじゃあその友人の所属している会社は、友人の力を無償で貸すことは許しても、冒険者としての友人の働きをどう評価するだろうか。
会社のために働く彼女たちが、無断でその力を無償提供していることを、必ずしも良い事と考えるだろうか?
彼女たちに恩義を感じているからこそ、掛けられない迷惑があるのだろう。
身に覚えのある感情に、サトルは胃が痛むのを感じていた。
「ううん……これは」
「頼りたいですけど無理ですよ……」
本人たちは気が付いていなかったが、サトルとルーはそっくりな顔で低く唸っていた。
「所で、話は戻るが、サトルはどこからいらした方だろうか?」
オリーブの言葉に、はっと正気に戻るサトルとルー。
事前に話し合って決めていた内容でルーが答える。
「あ、それが……よくわからないんですよ」
「分からないとは?」
「ご本人が、自分の足でここに来た覚えがないと」
「まさかダンジョンの?」
「可能性がある、程度でしかないので何とも言えないのですが……。誰かの召喚魔法の誤作動、複数の魔法の複合的な副作用による空間の歪みに巻き込まれた、等の可能性も全く否定できないので。調べようにも複数の組合を回って、すべての冒険者にここ数日使った魔法をすべて聞くのも不可能ですし。あ、サトルさんの保護は私がします。どんな場合でも。それに彼の町の中での行いの責任も私が取りますので、そこは、皆さんも口を出さないでもらいたいんです……危険なので」
いぶかしがるオリーブに、ルーはすらすらと答える。
もしダンジョンによる召喚者だった場合も、サトルを保護しているのが自分のような個人研究者の方が、どの勢力から見ても手を出しにくいだろうとルーは主張する。
「君、私が先ほど言った言葉を、もう忘れたか?」
「危険と言っても、何処かに肩入れするってことじゃなければ大丈夫ですよ。ダンジョンも安定しない状況じゃ、みんな争いは避けたいでしょうし」
「そういう意味ではない、彼は、その、信用できると思っているのかい?」
自分はどうやらよほど信用されていないらしいと、サトルは苦く息を吐く。
ただの異邦人でも問題なのに、どこから来たかもわからない、目的も分からない、しかも異性を女性が拾ってきたと考えたら、オリーブの反応を過剰とは言えないだろう。
ルーに任せることに決めていたが、やはり少しくらいは口をはさむべきだろうかとサトルは考える。
見れば他の五人も、サトルに対して不審者を見る目を向けている。
「ん? 一人多い?」
先ほどまで女性のみの五人組だと思っていたがそれは気のせいだったのだろうか。
誰ぞ彼かと訊ねたくなる薄暗がり。一人増えたように見える人影に、サトルは見極めようと目をすがめた。