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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第四話「コウジマチサトル衝撃の出会いをする」
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1・石橋の上にて

 竜が峰へと帰るのは、太陽が傾き赤味を帯びる少し前だという。

 その時間まで安全地帯にとどまり、二人は竜が飛び去るのを待った。


 一匹が峰に帰り始めると、竜たちは続々とそれに続いた。


 ダンジョンの入り口である祠への行きは、時間の関係で船を使うことが出来たが、帰りは川を渡るための石橋まで歩く必要があった。

 川を渡るための橋まではけっこう距離があったが、二人は竜に遭遇することなくたどり着くことが出来た。


 陽はすっかり陰り、建物の影が葡萄色に染まっている。


「この橋を渡れば、すぐに城門があります。そこで理由を言えば普通に通してくれますので」


 大きな石橋だ。アーチが六つ。サトルの感覚で言うなら二トントラックなら余裕で、通常の乗り合いバスも通れるかもしれない。

 明るい時に見たのは、黄色味がかった白っぽい石だった。丈夫さが必要な場所には、ダンジョン石はやはり向いていないという事なのだろう。


「となると……なんで地中に埋まってて平気なんだろうか?」


 竜の重みに耐えられず、橋を作るにも向いていない。建材として切り出すのが容易なダンジョン石。それが地中に有ってダンジョンを形成している不思議に、サトルは今更ながら首をかしげずにいられない。


「やっぱり不思議な力か」


 キンちゃんとニコちゃんが、フォーンと鳴いた。不思議な力があるらしい。

 となると、この世界の不思議について考えるのは、異界から来たサトルには荷が勝ちすぎるので、ふんわりとそういう事だと理解しておくしかないだろう。


 ふんわりとした理解だけではいけない所は、きちんと聞いておく必要があるが。


「ねえルー、ガランガルダンジョン下町に入るって、理由が無くてこんななりでも平気なのか? 明らかに他所から来た人間だけど」


「ええ、大丈夫ですよ。訳有りの人間は多いんです」


 ガランガルダンジョン下町というのは、思っていた以上に緩いらしい。

 特に近隣で争いごともないという事か、もしくはダンジョンという特条件がそうさせているのか。

 サトルは困ったように頭を掻く。


 人を中に入れることに緩い国というのは、ろくでもない人間もうかつに中に入れやすいという事。ルーも訳ありが多いと言う。

 治安がやっぱり心配だなと、サトルは声に出さずに独り言ちる。




 海外旅行の心得。


「行く前に現地情報の収集。危険な地域かどうかを確かめる」


「初対面の笑顔に気を付ける。相手は貴方にはまだ恩も情もないのだから、笑顔の理由を考えて」


「逃げ込める場所は要チェック。大使館、頼れる相手、旅行会社の社員さんの居場所はちゃんと把握しておこう」


「文化や記念日は押さえておこう。人が行動を起こすとき、そこには理由がある物です。その理由が文化や記念日だったりします」




 つらつら思い出される内容を、サトルは橋を渡りながら復唱する。


 ものを考えながら歩くと、やはり少し遅れてしまうもの。

 早く帰りたいのだろう、ルーはさっさと先を歩いて行ってしまう。いっそ駆け足になりかけている。


「ルー!」


 城門の前に数人の人間が居た。そのうちの一人がルーの名を呼び、ルーはそれに答えるように足を速めていた。


「オリーブ姐さん!」


 名を呼び返すルーの声は、安堵と歓喜にあふれていた。

 死ぬ思いを何度もして、ようやく帰り着いた場所で、信頼できる相手に出会ったとしたら、きっとこういう声を出すだろう。


 ルーを待っていたのは五人。それぞれ特徴的な獣の耳を持った女性たちだった。


「無事だったか。ずっと平原に数頭の竜が見えていた。今日は特に多く……まさか君のことだ、襲われることは回避していると思っていたが……」


 オリーブ姐さんと呼ばれた、最も大柄な女性が、駆け寄ってきたルーを全身で抱きしめる。

 見るからに筋肉でできている厚みのある体で、ルーと比べるとまるで子供と大人。身長は二メートル近くありそうだ。それだと言うのにキャラメル色のふわふわとした毛の、可愛いを凝縮したような兎のたれ耳が付いているのが、ギャップを感じさせる外見だ。


 オリーブの大きな胸に顔を寄せながら、ルーはえへへと笑う。


「無事……ではあります」


「荷は如何した?」


 はっきりと答えないルーに、オリーブが少し声を低くする。


 オリーブはルーが祠に行くための支度を見ていたので、持ち物が亡くなっていることに気が付いていた。

 ルーはオリーブと視線を合わせることなく答える。嘘の付けない耳は伏せられている。


「……少しは、ありますよ」


 ではその少し以外は如何したのか、答えられないルーにオリーブはため息を吐く。


「いや、君が無事でよかった」


「はい、そうですね、ご心配ありがとうございます」


 そのやり取りに、サトルはおや? と首をかしげる。

 ルーは額面通りに受け取っているようだが、オリーブの言葉や態度には、ルーを叱りたいかのような苛立ちが見え隠れしていた。


 踏み込んで説教をする仲でもないと、一線を引いたような、歯に物が挟まったようなもどかしい態度だ。


 そんなルーたちを見るサトルのぶしつけな視線に、ようやくオリーブが気が付く。


「こちらは?」


 オリーブの言葉で、ルーと他の四人の視線も一斉にサトルへと向けられる。


「サトルさんです。モンスターに襲われているところを助けていただきました」


 簡単な説明を口にしたとたん、オリーブたち五人の目付きが変わった。


「どういうこと? ルー」


 ルーの言葉に真っ先に反応したのは、奇妙な髪飾を付けた、ピンと立った白い兎耳の小柄な少女だった。年のころは十歳ほどか、人形のように綺麗な顔に怒りの表情を浮かべルーを睨み上げる。


「あ、いえ、あの」


「だから言ったのよ、やっぱりルーだけじゃダメだって。ねえ、私たちの組合に入りなさいなルー。一人でなんて無茶が過ぎるのよ? 分かっていて」


 語気の強さはルーを心配するあまりなのだろうが、その言いようはルーを委縮させるばかり。

 少女の言葉にオリーブ以外の三人が頷いているので、普段からルーはこうして勧誘を受けいてるのだと分かった。


「だよね、せめて依頼! ルーが依頼してくれれば、こっちだって格安で請け負ってもいいってのにさ」


 体格に見合わない長大な弓を持った、三角の犬耳の女性が言う。年のころはルーと同じくらいか、十代後半と言ったところ。

 若さゆえか安請け合いを口にして、他の仲間に咎められる。


「ルーにはお金がないわ、無茶を言うものではないわよ」


 犬耳の女性を咎めたのは、他の女性たちよりも明らかに小さな耳、を巻き毛からちょこんと覗かせた女性。サトルと同じくらいの歳だろう。

 胸元が大きく開いた服を着ているのだが、同じようなデザインのルーの服と比べて、着慣れているのか、匂う様な色香を感じさせる。


 想い人の結婚式に出席したばかりの、傷心が癒えぬサトルですら、一夜の過ちをと想像してしまうほどだ。


 巻き毛の女性と視線がかち合い、サトルは気恥ずかしさから視線を逸らす。


「あら、嫌われちゃったかな?」


「女性が苦手なのでしょう、きっと。いかにも子供って感じだわ」


 よりによってそう言ったのは、一番幼い兎耳の少女。

 一人何も話さない覆面とフードの、辛うじてシルエットで女と分かる一人が、少女の肩を叩く。


「お前が言うなと言いたいのね」


 どうやら喋らずに意思疎通をする人物らしい。


 個性豊かな面々。彼女たちはルーの何なのだろうか。


 困ったように言葉を探すルーには、すぐに聞くことはできなさそうだった。

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