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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは竜とは戦えない」
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12・ドラゴナイトアゲート

 荷物をすべて失ってしまった。

 手持ちにあるのはポケットに詰め込んでいた物と、ベルトに結び付けていた物程度。


 サトルが若干心の癒しにしていた、旅行雑誌もいつの間にか落としていた。

 その内ルーにも見せてやろうと思っていたんだけどなと、寂しく思う。

 それでも生きているだけで儲けもの。


 キンちゃんに足の捻挫を治してもらい、サトルは立ち上がる。


 あの薄青い竜は先ほど降りてきた場所を興味深そうに探っているように見えた。

 竜との距離は小学校のグラウンドを二つ分縦断したくらいだろうか。もしかしたらもう少し離れているかもしれない。

こうして離れてみると周囲に比べる物が無さ過ぎて、遠近感が狂うようだ。


 荷物は諦めるしかない。

 距離を置いても竜はサトルたちが気になるのか、時折サトルと目を合わせるように首を伸ばしていた。


 不思議とサトルも竜と目を合わせてしまう。

 あんなにも恐ろしい存在のように感じていたのに、こうして距離を取ると、何故だか話の通じる相手のようにも感じる。


 それが気のせいかどうか、確かめるほどの勇気はサトルにはない。


「替えの服すら買えません」


 ルーは服の買い替えをよほど楽しみにしていたのだろう。

 すっかり落ち込んだ様子で膝を抱えている。


「俺の靴も? だよな」


 さすがに靴が無くては移動すらままならないと分かってしまったので、サトルは如何したものかと呻く。


 返事もないほどに落ち込むルー。

 ただでさえ金銭的な余裕がないので仕方ないかもしれない。


 言葉もなく立ち尽くすサトル。

 それを心配するように、ギンちゃんがフォンフォンとサトルの頭上で鳴く。

 キンちゃんもルーの肩に乗って、慰めるようにすり寄っている。


 立ち位置の未だにはっきりしないニコちゃんは、困ったようにテカちゃんと一緒にサトルの周囲をふよふよ。

 ふと、何を思ったのかニコちゃんがサトルのベストの内側に飛び込んだ。


「え、ちょ……」


 ひょこりと顔を出したニコちゃんの手には、サトルがダンジョンで拾った石が握られていた。


「そうだ、これ、何となく拾ったんだけど、何か研究の助けになる?」


 パッと見た感じはファイアーアゲートのような、ぼこぼことした模様が浮いて見えるメノウの様な石。しかも腐葉土に埋まっていたというのに、まるでルースのように磨かれた状態の物だった。

 明らかに自然物ではないその形状に、サトルはもしやと思ったのだが……。


「これ!」


 ルーが瞳孔を限界まで開いて叫ぶ。


「ドラゴナイトアゲートです! たぶん」


 アゲートという事は、やはりメノウだったらしい。

 サトルはもっとしっかり検分すればいいと、ルーの手に石を握らせた。


「宝石?」


「はい!」


 ルーはサトルから石を受け取り歓喜の声を上げる。興奮しきっているのか、耳の内側の毛細血管が浮いて見えるほどだ。

 鶏の卵よりは小さく、ウズラの卵よりは大きいそれを、矯めつ眇めつ、太陽光に当てたりしながら、間違いなくドラゴナイトアゲートであることを確かめる。


「このサイズだったら、無くした分の道具買って、服を買っても十分お釣りが……あ、すみません」


 しかし興奮の言葉は、すぐに落胆にとってかわった。

 ルーは受け取った石を、サトルへ返そうと差し出した。


「それ、しばらく分の家賃ってことで」


「え……」


 サトルがしばらく分の家賃として採取したはずの風邪の特効薬は、サトルが耐えきれず転んだせいで捨ててきてしまったのだ、だからせめてそれ位はと、受け取るように言う。


「……ありがとう、ございます」


 受け取った石を、胸に抱きしめ、ルーはボロボロと泣き出した。

 やはりサトルはそれを慰めることが出来ず、所在なさげな手で空を切る。


「けど、どうしてそれはあんなジャングルに落ちてたんだろうな。それに原石って感じゃなくて加工済みで……誰かの落とし物、だったりするとか?」


 泣き止ませるには話を振る、ルーにはそれが効果的だと気が付いていたので、サトルは疑問に思っていたことを口にする。

 加工済みの石だけ落とすというのも不可解だが、と付け足し、サトルはルーの反応をうかがう。


「……ぐす、ドラゴナイトアゲートは、竜が食べたあらゆる物から少しずつ鉱石の成分だけが蓄積されてできると言われているんです。ですから竜のいるところだと、本当に極々稀に落ちているらしい、です」


 思った通り、ルーはすぐに答えを返し、自分の手の中の石をサトルに見せる。


「ってことは、死んだドラゴンから取り出すのか」


「いえ、時々吐き戻すと……」


 何とも言えない表情で答えるルーに、サトルも思わずあーっと唸った。

 角の取れたルース状のドラゴナイトアゲートは、言われてみれば確かに、研磨したにしては目が粗く歪で、鳥などの胃から見つかる胃石に似ていた。


 植物を食べるドラゴンからどうやって鉱物ができるのかはわからないが、このドラゴナイトアゲートという石は、なかなかに特殊な物体の様だ。


「竜ってあんな場所にもいるの?」


「先生は可能性がある、と言われていました。でも、これがあれば、その論説の証明に……」


 キラキラと瞳孔の開いた目で答えるルー、しかしそれはそれで問題があるのではとサトルは言う。


「じゃあ、売れないな。大事な論証だ」


 言われてハタと気が付いたらしい。

 売って金に換えるか、それとも大事な論証として保管するのか。


「あー……」と、ルーとサトルの声が重なる。


「さて、どうするか」


「どうしましょう?」


「それは一応ルーの物だとして、だ」


 一難去ってまた一難。

 希望が見えたと思ったら、今度はこの葛藤。

 ルーは石を握りしめて唸る。


 そんなルーを心配してか、フォンフォンとキンちゃんとギンちゃんも唸る。

 ただニコちゃんだけはキンちゃんたちから離れて、竜のいた方向へと飛んでいく。


「あ、おい、どこへ」


 どうやらニコちゃんはキンちゃんたちより口数が少ないうえ機動力があるらしく、目で追っていないと、いつの間にかいなくなっていても気が付かないだろうと思えた。


 ニコちゃんを追ってみて見れば先ほどまでいたあの薄青い鱗の竜は、ゆっくりと飛び立つところだった。

 目的である食事を済ませたからか、ここがダンジョンの空間が地表面に近い所にあるからか、とにかくサトルたちからは離れてくれるらしい。


「どうしたんですか?」


「いや、なんか……ニコちゃんが」


 離れていくニコちゃんを指さしてもルーには見えないだろう。


「ニコちゃんが竜の傍に……少し危険かもしれないけど、付いて行って荷物を探さないか?」


「そうですね……少しでも拾えれば」


 飛び立つ竜を目で追いながら、ルーが頷く。


 竜が飛び立つのを待ち、サトルたちはそれまで竜のいた場所へと駆けていく。


 ドラゴンの体重で踏みつぶされた草が、そこだけミステリーサークルのように倒れている。

 不思議なのはただ青臭い匂いというよりも、ハーブ園で暴れまわったような、爽やかささえ感じる草の匂いが充満していること。

 あの風邪の万能薬のシソのような匂いもしている。


 ルーの荷物はどこにも見当たらなかった。

 サトルの持っていたモンスター除けの枝は、引きちぎられたロープの残骸と、少しの取り溢しだけが落ちているのが見つかった。


「もしかして、ドラゴンってダンジョン周辺の特殊な草を食べてるのか?」


 そうでなければ、わざわざサトルから引っかけて奪った荷を、こうしてバラす理由も、残りがどこに行ったかもわからない。


「それは分かりません。ただ、私は草を食べるという姿を見ていますが、冒険者に聞くと、主にモンスターを捕食し、他に獣でも人でも、肉を食う生き物だと思われているようです。ただ、そうですよね、この辺りでしか草を食べないと言うのなら、それは何故なのか、理由があるとしたら……あの一回り小さい竜が私たちの荷物に興味を示したのも、理由があるとするなら、それなのでしょうか? そう言えば、サトルさんに持ってもらっていた木の枝なんですが、ニッケの仲間でダンジョンの入り口周辺でしか見かけないせいもあるんですが、何故モンスターがあの匂いを嫌うのか、まだはっきりわかっていないんですよね……天敵が好む匂いとかだったらそりゃあ……避けますよね」


 ぶつぶつと呟き、何か考え事に没頭してしまうルー。

 これはしばらく他のことが手に付かないかと、サトルは一人で荷物を探す。


 竜が降り立った周辺を探しても、ルーの荷物は見当たらない。サトルの持っていた荷物もだ。

 いつまたあの竜が戻ってくるかもわからない状態で、安全地帯から離れすぎるわけにはいかない。やはり荷は諦めるしかないだろう。


「やっぱり危ないか。ニコちゃん! いたら返事をしてくれ! 俺たちと一緒に行こう!」


 ならばせめてニコちゃんだけは回収しておかないとと、サトルはニコちゃんを呼ぶ。


 少し離れた場所で、フォーンフォーンと返事が返った。

 サトルに張り付いていたキンちゃんたちが、その声に向かい一斉に飛んでいく。


 ニコちゃんがいたのは地面の上。潰れた草に埋もれるように、幾つかの石と、ずたずたになった紐が、謎の粘液にまみれて落ちていた。

 粘液まみれの紐に、サトルは見覚えがあった。


「これ、あの枝を束ねてたやつだ」


 サトルが片リボン結びと呼んでいる結び方で結んだ結び目も、しっかりと残っているので間違いない。


 ではこの粘液まみれの石は何だろうか。サイズはサトルの親指爪ほどの物から、小さいとシャツのボタンサイズほど。数は軽く二十を超えているように見える。

 近くの草の葉を毟り、包むようにして摘まみ上げ、軽く表面を拭くと、虹色の虹彩が見えた。


「あ……ドラゴナイトアゲート?」


 なぜこんなところにあるのだろうか。それも幾つも幾つもだ。

 サトルの声に反応してルーが本当ですかと駆け寄ってくる。


「うそ……こんなに」


 念液まみれのドラゴナイトアゲートを見て、ルーが愕然と呟く。


 ルーもまたサトルと同じように、直接ではなくそこらの葉を使い摘まみ上げる。


「サイズは小さいけど間違いないです」


 ルーが言うのだからそうなのだろう。


「あの竜が吐き戻した? これと一緒に?」


 一緒に落ちていた紐を指させば、ルーもそれに見覚えがあったのか、そうかもしれないと頷く。


 二人は粘液まみれの紐やドラゴナイトアゲートを、安全地帯へと運び込むと、ドラゴナイトアゲートを持ち歩いていた陶器の瓶に粘液とともに詰めた。

 この陶器の瓶は、採取したい物があった時に即座に取り出せるよう、腰のポーチに入れていたのが幸いだった。

 紐やロープの切れ端は、やはり採取用の袋に詰め込む。これは竜の事を調べるために、一応必要な資料だと。


「これだけあれば、資料だけでなく、売る用にもできます……本当に良かった」


 ルーは瓶を抱きしめるようにして安堵の息を吐いた。


 不幸中の幸いなのか、それとも何か意味があるのか。

 

 遠目に竜と目があった気がした。サトルはそのことを言うべきか、答えを出せずにいた。


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