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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは竜とは戦えない」
33/162

5・分解構築再生治癒

動物への残酷描写、登場人物の大怪我の描写があります。

苦手な方はお気を付けください。

 しばらくのたうった後、ようやく火は消え、ディンゴモドキはよろりと立ち上がった。


 サトルを襲う余裕はないらしいが、それでも濁った水晶体は、サトルの方へと向けられ、獰猛に剥かれた牙の隙間からは、怒りの唸りが聞こえていた。


「ここまで人間に目を付けたモンスターは、ほぼ殺さない限り、ダンジョンへ侵入してきた人間を排除しようとし続けます……たぶん、逃げても、これは追ってくる奴です」


 震えるルーの声が降ってくる。

 つまり、戦闘不能にするだけでは足りない。息の根を止めなくてはいけないという事だ。


「悪い……どうにかするから、すぐに」


 殺さなくてはいけないらしい。だがサトルは獣の殺し方なんてろくに知らない。

 ルーが、自分の持っていたナイフをサトルの傍に落とした。これで止めを刺せという事なのだろう。


「……どこを狙うべきだ?」


「首を……あの、私が」


「だめ、そこまでルーにやらせたら男が廃る」


 木を降りて自分がやるというルーに、サトルはそこまではさせられないと,先にナイフを拾い上げる。


「紳士じゃない?」


 サトルが事ある毎に口にするからだろう、ルーが困ったように、けれど少しだけ笑うように問う。


「そうじゃない、責任のあり方ってだけ」


 自分がルーに頼んだことで、目の前のモンスターは苦しんでいる。それに対する責任だ。


「ごめん……お前のことを憎んでるわけじゃない、でも、俺たちも生き延びたいんだ」


 わざわざそれを謝る事ではないと言いたげなルーの視線を、サトルは見なかったことにして、ディンゴモドキへと足を進める。


 しかしそんなディンゴモドキの背中に、再びギンちゃんが張り付いたかと思うと、とたんディンゴモドキが苦悶の声をあげた。


「ぐぅ……ッガアアアアアアアア! っ……」


 先ほどよりもさらに強い異臭。たんぱく質の焼ける匂いと相まって、吐き気を催すほどの悪臭が漂う。


 ディンゴモドキの悲鳴が途切れ、次の瞬間には、ディンゴモドキは地面に崩れ落ちていた。少しばかりの痙攣の後、すっかり動きを止めるディンゴモドキ。


 その背に張り付いていたはずのギンちゃんの姿は見えない。


「ギンちゃん? ギンちゃん!」


 どこに行ったんだとギンちゃんを呼ぶも、あの元気な鳴き声は聞こえない。

 やはりこれは自爆技なのだろうか。

 サトルはディンゴモドキの傍に膝を付くと、すっかり動きを止めたディンゴモドキに手を伸ばす。


「……動かない……よな?」


 ディンゴモドキの体を転がすように動かし、ギンちゃんを探す。


 よく見ればディンゴモドキの爛れた背中に、拳大よりもやや小さな穴が開いていた。

 サトルの苦手なグロテスクだったが、それでもサトルはその穴に手を突き入れる。

 脳に突き抜けるような痛みが走る。皮膚を焼くようなじりじりとした痛みと痒みが背筋を泡立たせる。


「ぐう……っ」


 嘔吐感すら湧きおこる不快な痛みに耐えながら、サトルはディンゴモドキの肉の中を探り、指先に当たる感触を頼りに、そこにあった物を引っ張り出した。


 フォーンと、小さな鳴き声が聞こえた。

 サトルがディンゴモドキから取り出したのは、間違いなくギンちゃんだった。


「よかった……生きてる?」


 返事をするようにフォーンと弱々しく鳴くギンちゃん。

 ギンちゃんの無事に、キンちゃんもテカちゃんも心配するように寄ってくる。


「ギンちゃんが、いるのですか?」


 発光も弱々しくなり、ルーにはギンちゃんの姿が見えなくなっていた。

 ギンちゃんがこんなに弱っているのは、ディンゴモドキの皮膚を爛れさせ、肉に穴をあけた謎の攻撃のせいなのだろう。


 サトルは臍を噛む。自分がもっと勇気を出していれば、決断していれば、ディンゴモドキに止めを刺すことに躊躇をしなければ。

 後悔してもしきれない思いに、サトルの目に涙が浮かぶ。


「ごめん、ギンちゃん……無理させた」


 服が汚れるのも構わず、サトルはギンちゃんを胸に抱く。

 小さなフーンという鳴き声は、まるで大丈夫だよと言ってくれているようだった。


「ごめんな」


 もう一度、ギンちゃんがフォーンと鳴くと、サトルの左手の九曜紋がほのかに光を発した。とたんサトルの体に言い表しようのな疲れが生まれる。

 手足の重さや息苦しさに、一体何がと困惑するサトル。そんなサトルの手からキンちゃんがスポーンと飛び出してきた。


「っ……なんだ?」


 フォフォフォフォフォーンと元気溌剌に鳴くギンちゃん。

 その姿にはもう先ほどの死に瀕したかのような弱々しさは感じられなかった。


「元気になったのか?」


 元気そうにフォフォーンと返事をするギンちゃん。

 これはどう考えても、サトルの体力をギンちゃんが吸って回復したとしか思えないくらいの元気っぷりだ。


 サトルはほっと息を吐く。

 緊張がほぐれたとたん、ギンちゃんを掴み出した右手が、まるで焼けるように痛むことに気が付く。

 悲鳴を上げるのもはばかられるほどの痛みに、脂汗をにじませ蹲るサトル。


「サトルさん!」


 あわててルーもサトルの横に膝を付き、右手の様子を確かめる。


「これ……火傷? この匂い、溶けた皮膚……薬品による火傷に似ています」


 赤黒く腫れあがり、爛れた皮膚に触れルーは困惑する。

 痛みに声も出せず、サトルはルーに応えることはできなかったが、何となくそうだろうなと感じていた。


 ディンゴモドキの皮膚を爛れさせ、肉に穴をあける真似をギンちゃんがしたというなら、ギンちゃんは自ら強い酸だかアルカリだかを生み出し、それを使って攻撃をしたのだろう。

 そしてサトルはまだ酸が残っている穴にそのまま手を突き入れてしまった。

 肘の近くまで焼けただれた自分の手を見て、サトルは見なければよかったと後悔する。残りを触っただけでこれならば、穴が内臓に達するまで言っていたディンゴモドキは、ひとたまりもなかっただろう。


 考えていたら動けなかったろうが、考え無しに行動しすぎるのも駄目だなと、サトルは自らの行為を苦笑で受け止める。

 それでもギンちゃんを放っておけなかったのだ。

 自分らしい失敗だ、受け止めるしかないと、痛みに歯を食いしばる。


 フォーンと鳴く声に目を向ければ、キンちゃんがサトルの右腕に抱き着いてた。

 左手の九曜紋が再び光を発する。


「キンちゃん?」


 声が聞こえていたのだろう、ルーがいぶかしげにサトルの右腕のキンちゃんを見る。

 キンちゃんが発する光がじょおに大きくなり、サトルの爛れた右腕を包み込んでいた。


「あ……痛みが」


 光が強くなるほどに、サトルの感じている痛みは引いていく。

 腕の痛みだけではない、木をへし折るときに裂けた両の掌も、もうすっかり痛みを感じなくなっていた。


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