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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは竜とは戦えない」
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1.5・暗闇にて語る

 進んでも進んでも木の根や大きなシダやソテツの仲間らしき木の株に邪魔をされ、一向に目的の場所まで辿り着く様子がない。

 気のせいでなければ、落ちてくる前のホールよりも、この落ちてきた後のホールの方が広い気がすると、サトルは額の汗をぬぐいため息を吐く。


 亜熱帯に近い植生だからか、強烈に暑いわけではないが、じわりと絡みつくような湿気と、肺を満たしていくぬるい空気が溺れるように、ゆっくりと体力を削るようだ。

 ただ黙々と歩くのも気が滅入るので、サトルは息が切れない程度に話を続ける。


「俺の国は島国なんだけど、その分外来からたくさんの人や文化が流入する。その中に、外から来る神様、っていう概念もあってさ、なまはげは年に一度外からやってきて、怠け者を懲らしめるんだ。俺の国だけじゃない、他にも黒いサンタっていう、外来から来て怠け者や悪い子供を懲らしめる存在が信じられている国もある。この国ではどう?」


 ルーがあっと声をあげた。


「黒いサタン! 聞いたことがあります。ここから北東に行った先にあるダンジョンでは、黒いサタンと赤いサタンという獣が囚われていて、赤いサタンは年に一度だけ解き放たれ、神様の許しを得るために、恵まれない子供を助ける仕事をし、黒いサタンは人の世界に規律が守られるように、大人の言う事を聞かない子供を攫います。なまはげとちょっと似ていますね」


「何か色々混じってる……サンタだよ、サンタ、聖なるっていう意味」


 サタンだとキリスト教の悪魔だし、魔王的なあれだ。魔王が通じるかわからなかったので、そのセリフは飲みこむ。


「あ、すみません、聞き間違えました。サタンは落ちた星という意味だそうです」


 しかし返ってきた答えも、結局はキリスト教のあれのままで、サトルは小さく息をのむ。


 黒いサンタはドイツなどのキリスト教国家でよく見られる、ルーの言う通り、悪い子供を攫うとされる、日本で言うなまはげのような「人間の営みの外から来て、悪い行いをする者を罰する」存在だ。

 赤いサンタと並べると、そのままサトルの世界のサンタと変わらない。


「もしかして……いや、やっぱりか、俺以外にもいるんだ」


 あまりにも類似する自分の世界とこの世界のサタンの話に、サトルは独り言ちる。

 子供の行いを諫める時に、コミュニティーの外から恐ろしいモノがやってくる、というのは、どこの国にも存在するので、それ自体は問題ではない。

 問題なのは「サタン」という名前と「赤と黒」のカラーリングだ。


 確実にサトル以外の、サトルと同じ世界の人間が、その北東のダンジョンに召還されているのだ。それもこの百年の間に、ヨーロッパなどの文化圏の影響と、アメリカの文化圏の影響を受けた人間が。


 しかしルーの話しぶりからすると、この世界にダンジョンによって召喚された人間は、きちんと元の世界に帰ることが出来るらしい。

 それまでの間に、かなり色濃くその存在を、影響を残しているようだが。


「……ガリバー旅行記みたいに、いつかは自分の国に? あれももしかして……あんまりこっちの世界になじみすぎるのも問題かもな。俺は馬小屋生活をする気はない」


 あまり日本では知られていない、ガリバー旅行記の最後を思い出し、サトルは背を震わせる。

 価値観と言えば、宗教は人の価値観を変える大きな存在だ。

 時には戦争にだってなるし、一国内の貴族階級の人間の対立の元にもなる。


「そういやさ、神様って、この国ではどんな存在って言われてる?」


「……どうしてです?」


 ルーの声がとたん硬くなる。

 振り返れば耳がサトルではなく明後日の方を向き、視線も合わせないように逸らされてしまった。

 サトルとしては朝方にジスタ教の話を聞いた時にうっすら感じていたのだが、ルーはやはりこの国で広く信仰されている宗教に対して、あまり良い感情を持ってはいないらしい。

 獣の汚れという表現からして、迫害に近い扱いを受けているのも感じられた。


「国によって信じてる神様って違うことがあるだろ。ルーはこの国……この国? から出たことある?」


話を聞いている限りだと、ガランガルダンジョン下町でもジスタ教はけっこうな権力を持っているようなので、もしかしたらジスタ教の影響の少ない場所から来たのではと思い聞いてみれば、ルーは少し肩を落としてそうだと答える。


「他所の国から、ガランガルダンジョン下町に来ましたよ」


 つまりルーは移民という事だ。

 技術革新、産業革命などを経て、移動手段が発達し、新大陸も見つかった近世近代はともかく、中世だと移民にはなかなか警戒の強い都市が多かったようにサトルは記憶している。

 ハーメルンの笛吹きのような、人さらい話のモチーフにされたのは、ケルト系の移民だったとも言われている。

 しかしルーは女一人でガランガルダンジョン下町に定着したように見える。


「そっか……もしかして、ダンジョンの町って、明確にどこか国内にあっても国の管轄外?」


 国の法律の及びにくい、独自統治の場所ならば、移民の受け入れも易いかもしれない。


「本当にもう、サトルさんって言葉のどこを聞いて話を繋げてるんです? そうですよ一応どこの国の土地かは、大半のダンジョンは決まってます」


 ルーが苦笑して答える。

 詐欺師みたいだと言ったことを覚えていたらしい。


「決まってないのは、国の境にある所?」


「はい」


「富士山の山頂と同じ……もしくは、ヴァチカンみたいな?」


 知らない土地の名前にルーは首をかしげる。


「俺の国とかの、宗教の聖地とか総本山っていうのかな?」


 残念ながらサトルはどちらも行ったことはないが。


「ああ、そういうのではないですよ。ジスタ教の聖地は別の国に有りますし」


「そうなんだ」


 ジスタ教の話をするときのルーの返事は短い。

 最低限の内容は答えてくれるが、ダンジョンのことを話すときのような軽妙さや、説明が長くなることはない。


 ならば他の話題はどうだろうか。


「ガランガルダンジョン下町って、安全?」


「いきなり凄いこと聞きますね……まあ、ボリジ国内では、竜やモンスターを除けば比較的」


 答えがあいまいになった。振り返って表情を確認すると、少し困ったように眉を下げている。


「安全?」


「だと思います……自治がしっかりしてるので」


 治安は安全、という事なら、他に安全でない理由があるのかもしれない。


「ほら、さっきも話したじゃないですか、ドラゴン……国の管轄にならない理由って、主にドラゴンのせいです」


「ああ、そうか、もっと明確な危険があった」


 天災級の存在があるなら、確かに安全とは言い難い。いつ氾濫するかわからない川や、いつ崩落するかわからない崖の下に町があっても、安全とは言い難いだろう。


「あ、じゃあ町中の治安の維持は?ボリジ国から兵が派遣されてるとか?」


「いいえ、ボリジ国、ジスタ教会の双方から兵の派遣があり、そのうえで自治を行う自警団があって、その自警団が傭兵を他国所属の傭兵部隊から雇っています」


 群を持たない小国が自警のために傭兵を雇う、そのことについてサトルは似たようなものを見たことがあった。

 先ほど自分で口にしていたヴァチカンとスイスの傭兵がまさにそれだ。


「もしかして、お金払えば国が傭兵を貸し出ししてる?」


「はい、先ほど話した北東のリンデンという国です」


「やっぱり、スイスみたいなものか」


「サトルさんの国でも似たような感じなんですか?」


 国ではなくて世界なのだが、サトルはそれをごまかし答える。


「いや……んー、近隣の国で、そんな感じの自治体制だったところがあって、似てるなって感じただけだ」


「なるほど」


「そういえば……俺たちかなり喋りまくってるけど、モンスターとかに見つからないか?」


 歩きながら結構はばかりなく声を出している。

 熊は案外と臆病なので、人の声や騒音を立てていると近寄ってこないと、サトルは聞いたことがあったが、まさかモンスターにも通用するわけではないだろう。


「ダンジョンが組み変わった直後は、ご覧の通り、通常とは違う状態なせいで、ほぼモンスターとは遭遇しないんですよね。モンスターも危険を避けてるんだと思います」


「そうか、まあ、そうだよな」


 テカちゃんが逃げ出すなら、自立して動けるモンスターが逃げないと考える方がおかしかった。サトルはあっさり納得する。


「私も質問いいですか?」


「何?」


「サトルさんって何か力があるのですか?」


 力というあいまいな表現に、サトルの足が止まる。

 自分に力などないというには、その言葉が何を指しているのか不明過ぎて、上手く答えられない。


「どういうこと?」


「先ほど落ちる時に」


「そう言えばなにか口走ったな。あんまり考えてなかった」


 俺の力を使えと言っていたことを思い出す。

 使えるかはわからなかったが、使える何かがあるなら使え、程度の事だった。


「……なんというか、時々、キンちゃんとギンちゃんが、俺から何かを吸ってる感覚がある。外のモンスターをダンジョン石にしたときとか」


「え……それって、大丈夫なんですか?」


 ハッキリ大丈夫とは言えず、少し答えをごまかすサトル。


「もし俺に何か特筆すべきものがあって、それを目的としてキンちゃんが俺を召喚したんなら、こんな中途半端に見えるだけじゃなくて、他にも理由があると思ったんだ」


「そうか、あの声は……私にも聞こえましたしね」


 必要な定型文と、何かを訴えるけど意味の通じない鳴き声は、一応ルーにも聞こえていた。だったら、ただ明確に聞こえ姿が見えるだけの、一般人よりも、ダンジョンへの侵入経験が多く、危険も自力で回避できるような人間を頼った方が、キンちゃんたちも効率が良かったはずだ。

 しかしなぜか選ばれたのは、一般人の中でも臆病で非力なサトル。

 何か特別な理由が別に無ければおかしい、と考えるほかなかった。


「キンちゃんたちがサトルさんの食糧?」


「とまではいかないと思う……たぶん」


 ルーの疑問にサトルは苦虫を噛み潰したような顔で呻く。


「もしそうなら、数が増えたら、俺過労死するし」


「増える予定ですよね?」


「大丈夫だと信じたい」


 そう、増える予定だ。

 今後もキンちゃんたちを探し出し、そして本体というか本来の姿を復活させる予定だ。

 それまで一体何匹の金ちゃんたちが必要なのか、キンちゃんたちはいまだに教えてはくれない。


「さすがに百は、越えないでほしいなあ……」


 そんなサトルの呟きに、キンちゃんはフォーンと申し訳なさそうに鳴いた。


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