9・キンちゃんと嫉妬
幸運にも明かりが手に入ったこなので、さっそく地下に降りてみようと、二人と三匹はダンジョンへ。
足元を照らすため、テカちゃんは三人の先頭を、空を泳ぐように進んでいく。
「じゃあ、足元に気を付けて……とても明るいですね。テカちゃんすごくないですか?」
何度も通いなれているルーがまず驚く。
祠の上部の部屋は、他にも光る苔が生えていたので気が付かなかったが、暗い階段室へと入り込むと、テカちゃんの明かりは並みの懐中電灯よりも明るく、広範囲を照らすことが分かった。
しかも一方方向にしか光らない懐中電灯と違って、全方位を照らしてくれるので、首を巡らせても周囲がよく見える。
「凄いな。テカちゃん」
サトルの言葉にテカちゃんはキュムキュムと上機嫌。キンちゃん並みに人懐っこいようだ。
意外なことに、それに反応して、キンちゃんがフォーンと大きく鳴いた。
突然大きくなったキンちゃんの鳴き声に、びくりと肩を跳ね上げるルー。
「何です今の?」
「いや、たぶんキンちゃんの……嫉妬?」
とたんキンちゃんの光量がぐんと上がった。まるで焼けた鉄の球のようにあかあかと輝く。
「うわ、まぶしい、キンちゃん眩しい」
「妖精も嫉妬するんですね」
まぶしすぎて逆に視界が悪い。
「落ち着いてくださいキンちゃん、私キンちゃんの事好きですよ」
慰めるつもりでルーがそう言うと、キンちゃんは光量を落とし、フォフォーンと悲し気に鳴いて、ルーの肩へと止まった。
わずかに押されるような感覚が有ったので、ルーはキンちゃんに手を伸ばして撫でるしぐさをする。
キンちゃんは、その指にすり寄り、またフォーンと鳴いた。
「キンちゃんもルーのこと好きだって、たぶん」
「とても光栄です」
指先に感じる子猫の毛のような柔らかさと温かさに、ルーは困ったように笑う。
「やだなあ、見えないのにこんなに可愛いと、私まで変な人になりそう」
「なればいいじゃないか」
ルーは答えない代わりに、サトルから視線を逸らす。それでも指先がキンちゃんを撫で続けているので、まんざらではないのだろう。
一匹だけ蚊帳の外になってしまったギンちゃんが、サトルの頭の上で癖のある髪を巻き込みながら駄々を捏ねた。
何本か髪の抜ける感触に、サトルの背筋が泡立つ。
「あ、止めて、それは駄目だギンちゃん、お願い」
止めてと言われれば止めてくれる。代わりにフォンフォンフォンと、小刻みに鳴くので、まだ気は晴れていないのだろう。
髪の心配がなくなったので、それは放っておくとして、サトルたちは階段を下り続ける。
サトルの感覚で言うなら、建物三階分ほどを降りた頃、ルーが足を止め言った。
「さて、では見てください。明確に、ここから先がダンジョンなんですよね」
何を見ろというのか、ルーに言われる前にサトルは気が付いていた。
「……地面の色?」
テカちゃんのおかげで明るく照らされている階段室内部。
その足元の段が、ある一段から色が変わっていた。
黄色味を帯びた白から、古びた鉄の道具に石灰を佩いたような、ぼやけた赤茶色に。
その茶色は、先ほど外で見た出来たてのダンジョン石とは違ったが、それでも似ている色だと感じた。
「ダンジョン石って、古くなるとこんな色になるのか?」
「そうです。でもこれはまだ新しい物ですね」
「古くなるともっと色が変わる?」
「質感も変わりますし、それが存在している場所によっても結構変わってきます」
「さすがは有機物」
ダンジョン石の説明をしながら、ルーは再び足を動かす。
テカちゃんはルーの動きをしっかりと見ているようで、ちゃんとルーよりも先を照らせるように、遅れないようにとふわふわ進んでいく。
「一番けなげかも」
思わずサトルが呟けば、頭上のギンちゃんが猛抗議をするようにフォンフォンと鳴く。
もしかしてこれ以上妖精が増えると、とんでもなく煩いのでは。サトルは近い未来を思い眉間に皺を寄せた。
「そう言えば、何でダンジョン石が有機物ってわかった?」
「ダンジョンから切り離して放置すると、腐敗が始まるそうです。ダンジョンの付近ではそうでもないんですけど……」
実験をしたのだろうか。それとも実際に使ってみたのかもしれない。
一定の大きさ、均一さの木材というのは、古今東西常に需要のある物だ。
木材のような節目が無く、なめらかで丈夫、しかも資源として使ってもそれが回復する当てもあるのだったら、使わない手はないだろう。
「さては建材として使おうとした?」
「もう使ってますね。ガランガルダンジョン下町は木材よりもダンジョン石の建物の方が多いですよ」
「それは凄いな」
遠目に見た感じ、城壁ばかりで町中の建物は見えなかったが、それでも結構な広さの町だ。あの町の建物の多くをそのダンジョン石で作るとしたら、一体どれくらいの採石を行っているのか。
「ダンジョンは、ダンジョン石を採るの嫌がらない?」
「地面に露出した部分は、一切問題ないですね。その性質を利用して、山の斜面を掘り、そこから採石するんですよ。うっかりダンジョンに穴をあけると、そこから大量のモンスターが湧いて出てきてしまうので、そこは技術が必要なんですよね。それとダンジョンの地表面迄の厚みを調べるマッパーと呼ばれるそれ専門の探索専門の研究者もいますよ。先生も元はそういう、ダンジョンの生活利用の研究者でしたし」
「元はか……」
「元はです。生活利用の方が、今日明日にはお金になるというのは分かってるんですが、もっと個本からダンジョンについて知りたいと思ったそうで」
「研究者にもいろいろあるんだな」
「あるんですよ。さて、そろそろですかね」
もう三階分ほど階段を下って、ようやく目的の場所に付いたらしい。
入り口と同じかまぼこ型の通路が、階段の下に見えてサトルはほっとした。