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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第二話「コウジマチサトルダンジョンに落ちる」
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8・キンちゃんとテカちゃん

「うぇ、今の声って」


 あわてて周囲を見渡すルー。

 声の出所はどこかと、首を巡らせるだけでなく、耳もせわしなく動いている。

 サトルはその声がキンちゃんの物だと分かっていたので気にならなかったが、そう言えばこの声はまるで頭上から降るように聞こえる、と今更ながらに気が付く。


「キンちゃんの声だよ」


「今のが……定型文しか喋らないという?」


 ルーはどうしても出所が気になるのか、まだ耳を煩いほどに動かしながら、それでもサトルとの会話を覚えていたため、一応キンちゃんだろう光を見る。

 それは実はギンちゃんの方だったので、サトルはさりげなく自分の頭上にいたキンちゃんを掴み、ルーの肩の上に乗せる。


「降るような声だと思ったけど、ごめん、この子俺の頭の上にいた」


 いきなり掴まれたので、少し不満そうにフォーンと鳴くキンちゃん。


「この通り、決まった文章以外は、ずっとフォンフォン言っているだけなんだけど……今のは決まってた文章なんだな?」


 そうだと肯定するように、キンちゃんはフォーンと鳴く。


「ってことは、集める必要は無いのか」


 キンちゃんは最初、私を集めろと言っていた。

 ギンちゃんは「私」であり「我ら」なのだろうが、この新しい妖精は「彼ら」らしいので、たぶん集める対象外だ。


 しかしキンちゃんとギンちゃんを見る新しい妖精の目は、とても嬉しそう。

 キュムキュムと濡れたガラスをこするような音を立て、キンちゃんとギンちゃんに自分をアピールしている。

 ギンちゃんも新しい妖精に対して、フォンフォンと高い鳴き声を返している。


「あ、ギンちゃんはこの子と仲がいいのか?」


 キンちゃんはそうでもなさそうだが、ギンちゃんとこの新しい妖精は、額を突き合わせるくらいには仲がいいらしい。


「そうかあ、じゃあ君、一緒に来る?」


 言葉が分かるかはわからないが、ダメもとで妖精に話しかけてみる。

 妖精はキュムンと嬉しそうに鳴くと、サトルの額に向かって飛びあがり、べちゃりと張り付いた。

 先ほどまで苔と同化していたせいか、しっとりと生温かい。


「あ、ごめん、顔面は止めて、顔面は」


 少し生臭いし。言おうとしてぐっと我慢するサトル。


 言葉ははっきりと通じているようで、新しい妖精はあっさりとサトルの顔から離れる。物わかりの良い子だ。


「よしよし、じゃあおいで、食べ物とかは何が必要だろうか?」


 妖精が首を横に振る。


「なくてもいいの?」


 すると新しい妖精は、サトルの手にしていた苔をパクっと口に含んで見せた。どうやら食べ物はこの苔でいいらしい。


「そうか」


 その一連の流れは、傍から見るとなんとなく明るい空間に向かい一人で楽し気に話しかけている、狂気すら感じる絵面で……。


「危ない人……」


 思わずルーは呟く。


「じゃないです」


 たまらずサトルは片手で顔を覆って否定する。


「一緒に連れて行こうと思う」


 とりあえず仲良くなった妖精について、ざっと説明し、ルーはすぐに納得する。

 新しい妖精の光は、キンちゃんギンちゃん以上によく見えるので、何かがいる、という事はルーにもわかっていた。


「ええ、いいと思います。その子? は、キンちゃんやギンちゃんよりも光が強いようですし、きっと中でも役に立ちますね」


 足元を照らせるのはありがたいし、今まで謎だったダンジョンの光についても何かわかるかもしれない。

 妖精に向けるルーの期待の視線はかなり強い。


「あれ、でもダンジョンの中明るいんじゃないの?」


「場所によっては暗くなっていますよ」


 すべての場所に光苔が生えているわけではないとルーは言う。

 言われてみれば、この祠の中は真昼のように明るく、日が傾き始めた今だと、むしろ外の方が暗い位だ。

 しかし、かまぼこ型の入り口の奥、地下へと延びる階段は、足元がおぼつかないのではと思わせる暗さ。


「そう言えば、この階段は暗い」


「確かに、私は平気ですが、ヒュムスには暗すぎますね」


 特にサトルは普通の人間だ。夜目が利くという事もない。

 サトルと供に暗い階段をのぞき込むルーの目は、傍から見てわかるほどに瞳孔が大きく開いている。猫と同じように、ルーはこの程度の暗さなら自分でどうにかできるのだろう。


「この違いについては、まだはっきりしていないんですけどね、真新しいダンジョン石に苔が最初から生えているわけではないというのは、まあ当たり前ですが分かっています。それに古いダンジョン石でも、あまり多くは生えません。ダンジョン石じゃない天然の岩盤などには多く生えてます。それと、ダンジョンが変化して新しい空間に組み変わった直後は、かなり暗いことが多いようです。組み変わった直後は苔が生えていないから、と言われています」


 ダンジョンが組み変わると暗くなる、という事を、苔が生えていないから、とルーは考えているようだが、それは苔が光っている、という考えが前提にあるからではと、サトルは思った。

 苔があっても、今見つけた妖精がその苔にいなければ、その苔が光る事はないだろう。


「でも元のダンジョン石すべてなくなってるわけじゃないんだろ? だったら苔が生えてないんじゃなくて、この子らが逃げるだけなんじゃ?」


 光る妖精を示して言えば、ルーもそうかもしれないと頷く。


「そうですね。ダンジョンが組み変わる際、すべてのダンジョン石が消えて新しくなるわけではないそうですし、苔は急激には動かないはずですものね……それまで苔が生えていた場所が急に暗くなるのだとしたら、可能性はありますね。今度暗い場所調べてみたいです」


 調べてみたいと言いつつも、ルーの表情はどこか拗ねているような、不服そうな物だった。

 自分が良い顔をしていない自覚が有るのだろう、別に妖精のことが嫌なわけではないと前置きして、ルーは続ける。


「サトルさんの言う妖精を、いやだとか嫌いとかは全く思わないのですが、妖精が見えると、今までの調査結果がガラッと変わりますね。嬉しいやら悲しいやら」


 研究者としては、今まで立てていた推論なども覆るこの発見は、嬉しさと寂しさ半々なのかもしれない。


「でもいいです。新しい発見、嫌いじゃないです。やる気も起きます」


 しかしそこは一人でもモンスター恐れず野外探索をするルー。

 発見をしたならそこから新しい論説を考えればいい、立証して見せればいいと、すぐにやる気を出す。


「ポジティブだ。ルーを見てると元気が出る」


 同意するようにキンちゃんと新しい妖精がフォーンキューンと鳴く。


 すっかり仲間意識を持ってくれているようだ。言葉も理解してくれるし、完ぺきではないだろうがコミュニケーションも取れる。

 この妖精にも名前が無いと不便かもしれない。サトルは少し眉間に皺を寄せ考える。


「光っているのでピカちゃんにするか、しかしそれだと世界的電気鼠だ。キラちゃんは……上野介だし」


 むううっと唸るほどに考える。


「サトルさん?」


 思わず不審者を見る目になるルー。


「よし、名前はテカちゃんにしよう」


 サトルの宣言に、どうやらテカちゃんは自分の名前だと気が付いたらしい。

 テカちゃんはまた喜んで飛び上がるが、顔面は駄目だというサトルの言葉を覚えていてか、そのままサトルの左手に張り付き、頬刷りをした。

 サトルはすっかり忘れかけていたが、左手の甲の九曜紋が、テカちゃんに反応するようにわずかに発光した。


「ちくしょう、厨二病か」


 やっぱりこれは恥ずかしい。


「名前付けるんですね」


 呆れたようなルーの声。


「喜んでるから……ダメかな、名前?」


「駄目ではないですけど、名付けの由来が分かりません」


「音の響きが好きな感じの物を」


「センス……」


 センスと言われて、サトルはルーから視線を逸らす。自分にセンスがないことは、サトルが一番わかっていた。


 それでも、キンちゃん、ギンちゃん、テカちゃんも考えた結果、呼びやすく、外見と紐付けしやすく、親しみがわくように、と考えての命名だったのだが。


「うん、社長にもセンスが変ってよく言われる」


 考えすぎとも言われていた。


「社長さん……きっとご苦労なさってるんでしょうね」


 ルーが会ったこともない社長に同情するくらい、自分はセンスがないのだろうかと、サトルは少しだけ落ち込んだ。


「さすがに拗ねるぞ、俺だって……」


 そんなサトルを慰めるように、テカちゃんはキュムキュムと鳴いて、またサトルの手の甲に頬刷りをした。


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