2・コウジマチサトルはお腹が減っているようです
「とりあえず現状を整理しよう」
妖精が了解したと言わんばかりにフォーンと一声鳴いた。
「ここは異世界で、俺は勇者としてこの世界に呼ばれたってことでいいんだよな。そして世界の雰囲気はたぶん中世、もしくは近世ヨーロッパだ。さらに言うならフランス。しかも雰囲気としては南フランス、プロヴァンスとかそんな感じだよな」
どうやら眠るときにとっさに掴んでいたらしい、旅行雑誌が傍らに落ちていた。本当によく似ている。
この謎生物はちゃんと目も見えているらしく、サトルの見せる雑誌に興味津々だ。
サトルが「似てるよね?」と問えば、フォーンと、たぶん同意を返す妖精。
遠目に見える石積みっぽい壁の上にひょこひょこ生えている建物の形状は、大分尖っているので雨か雪の多い土地。屋根瓦は赤黒い。
上下水道くらいは完備しててほしい物だが、どうだろうか。古代ローマでも上水道は有ったのだし、ここは雪被りの山脈っぽいのも見える範囲にあって、光の反射具合から水の流れが速く、水量の豊かな川もある。水が無くて乾くという事はなさそうだ。
あとシャツとベストとスラックスで足元裸足の状態で、朝露で靴下びしゃびしゃでもすごく冷え込むという事は無いから、そこそこ良い気候なのだろう。
不安があるとすれば、水の多い暖かい地域は食中毒が多いから、生水は飲めないなということか。
まあそういう所はだいたい抗菌作用のある草の葉っぱを茶として飲むので、あまり不安はない。遠目に見た白っぽい花畑が、いわゆるカモミールの花畑だったりするなら、サトル的には十分満足に飲めるものだ。
薄いワインのような物を常飲するところもあるようだが、パッと見た感じブドウ畑はない。
「まあ一辺から見ただけじゃわかんないか」
防風林のような、糸杉らしき列が見える。こまごまとした木々の塊も。だが遠目に見ても畑は広いが、色からしてそれが食品としての農作物とは限らない。
麦っぽい穀物の畑だろうか、土の色にわずかに緑が萌えるような場所が広くある。季節を張ると仮定しているので有り得そうだ。
労働者の食事は質素かもしれないけど、塩気か甘味が有れば基本なんでも食べられるサトルとしては不安もない。
甘味は、あるだろうか。果物類はやはり遠目に見ただけでは果樹っぽいものが見当たらないし、そもそも森林が見え無い。
城壁の向こうの山、その下が濃い緑なのでワンチャンあるかもしれない。山裾に森林がるならラッキーだ。ジビエ肉が望める。
遠目に見て明らかに色の変って見える花畑が有って、フランスのような気候だったりたら養蜂が盛んな可能性も有る。というかたぶん養蜂している。何せ蜂蜜は紀元前からあるのだから、この世界にだけないとは考えられない。
塩があるかどうかは、あの見えている山がどのようにしてできたかによるだろう。そこまでは見ただけで分かるもんでもない。ただ、アルプスに形状が似ているというのは、ちょっと期待してもいいかもしれない。陸地同士がぶつかって隆起した山なら、ほぼ確実に岩塩があるし。
「何か色々考えるとワクワクしてきたな」
それは良かったと相槌のように、妖精がフォーンと鳴く。
いつの間にか旅行に行きたいな、から、旅行先なんだし何か美味い物はないかな、似思考がシフトチェンジしていた。
元々少し仕事を放り出して、遠くへ行って、知ってる人のいない場所で過ごしたいと思っていたのだ。この状況はむしろ喜ぶべきではないだろうか。
サトルはもう離れて久しいゲームを思い出す。確かあの三日間貫徹デスゲームも、最初主人公はいきなり異世界的な場所に連れていかれていた。
あの主人公は自分が勇者である自覚が有ったっぽいし、やるべきことは基本的に前作と同じようなものだったから、きっと自分のするべき行動に疑問はなかったことだろう。けれどサトルは違う。
「ただの一般人だし出来ることはたいしてないよ」
そんなサトルの言葉に、妖精はまたフォーンと鳴いて答える。先ほどから「勇者ヨ助ケテ」の定型句以外は全てこの鳴き声で返される。
「助けてって言うからには、何処かで何かをしなきゃなんだよね?」
訊ねれば少し高くなったフォーン。喜んでいるのだろう。
「助けたら俺は元の世界に戻れる?」
「貴方ノ望ミハ、叶ウデショウ」
「ああ、そこはちゃんと答えるんだ」
妖精はまた嬉しそうにフォーンと鳴くと、サトルの頭上をくるりと回った。
「名前は分かる? 喋れる?」
「我ガ真ノ名ハ、我ガ身蘇ル時ノミゾ知ルベシ」
よくは分からないけれど、この状態だと名前を名乗ることはできないのだろう。しかし呼称が無いのは問題だ。仰々しく発光して見せているが、見た目はただの粘土細工だし。
愛称でも付けようかと妖精を観察する。元々黄色っぽいからか、発光するとちょっと金色っぽい。
「……キンちゃん、って呼んでいい?」
怒るかなと思いつつも聞いてみると、妖精は意外と上機嫌に高くフォーンと鳴いた。いいらしい。
「じゃあキンちゃん、よろしくな」
手を差し出すつもりで掲げてみれば、妖精改めキンちゃんは、フォーンフォーンと煩い位に鳴いてサトルの指を握りしめた。