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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第二話「コウジマチサトルダンジョンに落ちる」
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5・応用異世界グルメ(シュガースケイル入りのスープ)

 サトルは匙を使ってスープの中から貝を取り出し口に運ぶ。寄生虫の不安はないと言われたなら、味への好奇心を押さえる理由はない。

 噛んでみると普通にタニシか、もしくは磯などで獲れる小型の巻貝に似たような触感、匂いは不思議なことに、サトルが元の世界で知った匂いと味にちょっと似ていた。

 甘いようなうっすら苦いような、豆のような花のような……そして若干の硫黄臭。


「リコリスか……」


 日本人にはなじみが無さ過ぎて悪魔のお菓子とも言われるリコリス菓子。特にあえて作られたゴムのような硬さと工業製品のような匂いで、嫌われるお土産で常に上位に入るあの、リコリス菓子。

 旅行先で見つけると、サトルは必ず一袋は買っていたが「彼女」は毎回嫌な顔をしていた。


 あの菓子はあえて塩気や匂いを付けていたはずで、原料のリコリスは葛と同じマメ科の植物性の甘味料だったので、サトルの感覚では、味だけで言うなら葛根湯と似ていたように記憶している。


 だというのに、なぜかシュガースケイルの味とかにおいとか触感が、カーボンブラックのリコリス菓子に似ている。


「けど社長がやたら気に入ってたんだよな……この匂いって、かなり癖があるよなあ」


 しかしこうやって料理して食べると味は悪くない。肉とはまた違った食感、後から来るうま味。ただガンの肉以上に癖のある匂いだ。

 これをそのまま料理に使うには抵抗があるだろう。だからにおいを消すための工夫をしたのだと分かった。


「これがあるから、使ってる草替えたんだ?」


 サトルに尋ねられ、ルーはやっぱりわかりますよねとうなずく。

 食べ慣れているだろう現地民にも、癖が強いと思われているらしい。


「ええまあ。あと灰汁が出やすいんですよね、だからこれを使って、こう、鍋の中をかき混ぜるようにして、灰汁や脂を取り除いて捨てる必要があるんです」


 これといってルーが見せたのは、イタリアンパセリの葉をさらに細かくしたような、見るからにセリの仲間だろう植物。

 何本も束ねて筆のようにしてある。

 細かい葉にはシュガースケイルの身から出たであろう灰汁が絡みついていた。


「へえ、便利」


「実はこれはデイルという薬草なんです。食あたりに効きます。自生の物の方が香りが強いんですが、栽培もしやすいし、花は別途ハーブとして使えるので、よく家庭でも栽培されるんですよ。沿岸地域では魚と合わせるのに向いているとされているそうです。他にも女性の体調を整えることも分かってます。ちなみにこれはこの周辺に自生していた物なので、少しスープに浸しただけで匂いが移ります」


「あ、それ良いな、食あたりに効果があるなら、俺も栽培したい」


 ちょうど欲しいと思っていたというサトルに、でしたらとルーは提案する。


「研究所で沢山栽培してるので、水やりや雑草取りを手伝ってくださるなら、いくらでもわけますね」


 サトルは分かったと了承しつつ、苦く笑う。


「……やっぱり食あたりはよくある事なのかな」


 サトルの生活していた場所では、食あたりで死に至るという事は、交通事故で得死ぬよりも確率が低かった。しかしここはそんな現代日本とは違う場所。

 食あたりで命を落とす可能性も、十分にあった。


 特にこの辺りは石灰岩質の地層があり、金属成分を含むだろう岩塩を含有した土壌の地域だ。

 日本のような軟水と違って、かなりの硬水であることが予想される。

 よく日本人の旅行者にアナウンスされる、現地で生水を飲むな、の理由がまさにこれ。

 水質上大きな問題が無くても、日本人の胃腸には硬水は合わない。


 いやしかし、水を作り出す魔法があるのだから、飲み水は気にしなくてもいいのかもしれない。それにルーは胃腸に効く薬草についても詳しそうだ。

 水でサトルが死ぬという事は無いだろう。無いと信じたい。サトルはぶるりと背を震わせた。


 命を落としたら、自分もダンジョンの一部になるのだろうか、と考えて、サトルは嫌なことに思い当たる。


「そう言えば、この貝はモンスターじゃあないんだ?」


 野犬だと思っていたらモンスターだったのだか、この貝がモンスターでないというかくしょうもない。

 しかしルーは大丈夫ですよと笑う。


「モンスターとは違って、ちゃんと繁殖する事で個体数を増やしますし、条件さえ整えれば、ダンジョンから離れても飼育できます。悪素を持っていないことも確認されているんですよ」


「ダンジョンから離れて飼育できないとモンスターなのかな?」


 野犬のモンスターの時にも言っていた「ダンジョンの悪素」というのが関係しているのかもしれない。


 ただ、この貝がモンスターでないなら一安心だ。

 サトルは貝の身をもう一口に運んで噛み締める。


 やはりほのかに甘い。

 スープの方も甘いが、貝殻を入れたのではなく、身から自然に出た甘さだろうか。砂糖なしにこんなにも簡単に料理に甘味を足せるというのは、なかなかに便利な食材だ。


「こんな貝があるんだったら、この国では砂糖って、結構簡単に手に入る?」


 そこらの植物から糖を生成できる、飼育ができる、しかもダンジョンという特殊環境でなくてもいい。

 飼育の技術さえ確立していれば、シュガースケイル農場のような物を作って、コンスタントに砂糖の生産ができるかもしれない。


 砂糖が手に入りやすいなら、甘い菓子も多く手に入るかもしれない。

 少し期待して聞くサトルに、ルーはひょこりと肩をすくめて首を振る。


「だといいのですが、そうでもないです。ダンジョンから離れた場所で育成はできるんですが、そうなると、あまり殻が大きくならずに、その内普通のカルシウムなどで殻を作るようになるそうです」


「そうなると普通の貝やカタツムリだな」


 残念ながら、砂糖の大量生産は無理の様だ。


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