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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第二話「コウジマチサトルダンジョンに落ちる」
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4・キンちゃんとごはん

 サトルが採取をしている間にルーが作っていたのは、朝方食べたものと同じスープだった。若干入っている香草は違うが、ほぼ内容は同じ。


「同じ物か」


 あからさまにがっかりするサトルに、ルーは仕方ないんですよと涼しい顔。


「持ってきている材料が材料なもので。あ、でも今回は、これ、見つけたので、さっきよりも美味しいかもですよ」


 ガチャリと音のする袋を掲げるルー。

 いつの間に集めたのか、サトルが花を集めてきた時に使った物と同じサイズの袋いっぱいに、何かしら硬い物を集めたらしい。

 そう言ってルーが袋の中から摘まんで持ち上げたのは、どう見ても……。


「カタツムリ?」


 実際はカタツムリというよりも、不透明なガラスで作ったタニシのような形状をしていた。サイズは大人の男の親指程度。

 こういう飴細工だと言われたら信じてしまうだろう。


「シュガースケイルです」


 名前と見た目からなんとなくどういう生物が想像できるが、さてどうだろうか。


 サトルの知る限り貝類は本当にどんなところにでもいる。寒い所にはさすがに少ないが、それでも北海道の固有種もいるし、大分だったかどこかには、温泉の中にのみ生息する極小の貝もいる。

 そして人知の及ばぬほどの深い深い海底火山の傍には、古代のバクテリアと共存する化石のような巻貝や、なんと金属の殻をもつ巻貝迄存在するという。


 だったらシュガーで殻を作る貝くらいいたっていいと思う。

 サトルは微笑ましい気分でそう肯定する。


「砂糖でできた貝って可愛いと思うし……」


 そんなサトルのファンシー妄想を知ってか知らずか、キンちゃんとギンちゃんがフォフォーンフォフォーンと、興奮したように鳴き始めた。


「あ、キンちゃんとギンちゃんが反応してる」


 どうやらルーの持つシュガースケイルが欲しいらしく、ルーの手元に飛んで行ってくるくるとシュガースケイルの周りを回り始める。


「え、はあ、じゃあどうぞ」


 ルーの言葉を待って、キンちゃんがルーの手からシュガースケイルを受け取る。

 ギンちゃんも欲しいとフォンフォン鳴く。

 もう一つルーが摘まみ出せば、ギンちゃんはフォフォフォーンと高く鳴き、嬉しそうに口で咥えると、即行でサトルの頭上へと飛び乗った。


「そこ定位置にする気かギンちゃん」


 重さはそれほど無いので辛くはないが、可愛い姿を見ることが出来ないのは、サトルにとってはちょっと悲しい。

 対してキンちゃんは、ルーの手の甲に座って、両手で貝殻を掴んで口元に運んでいる。


「食べた、ドングリを齧るリスみたいだ。可愛い」


 コリコリと硬い物を齧る音までする。とても可愛らしい。

 サトルはご満悦だ。


「そうなんですか?」


 ルーには光の中に貝が取り込まれたようにしか見えないので、可愛いと言われてもピンとこない。


「妖精ってシュガースケイルを食べるんですね……ダンジョン石になるのでしょうか?」


 研究家としてはもっともな疑問だろうが、サトルは違うんじゃないかなとキンちゃんに手を伸ばす。


「さっきの死骸をダンジョン石に変えた時は、粘土? 粘菌みたいな状態になっていたけど、今は人形みたいな状態で、口で食べてる。たぶん純粋に餌としてるんじゃないかと俺は思う」


 サトルが指先でキンちゃんの頭の先を撫でると、キンちゃんは実に嬉しそうに、フフォーンと鳴いた。


「なるほど……食べる、という行為をするのですね」


 キンちゃんやギンちゃんが食事をすると分かり、ルーは興味深そうに手の上の光を見つめる。

 それで何かわかるわけではないだろうが、それでもこの珍しい光景を目に焼き付けたいと思っていた。


 キンちゃんたちが貝の殻を食べ終わらぬうちに、ぐうっとサトルの腹が自分の飯もと催促をする。


「あ、すみません、私達も食べちゃいましょう」


 そう言ってルーはキンちゃんを地面に優しく置くと、すぐに食事の準備に取り掛かった。

 温めなおしたスープと、塩のクッキーをサトルに手渡す。


「人間はどうやってこれを食べるの? あ、寄生虫とか大丈夫?」


 サトルはちょっと不安そうに、スープの入った器を揺らす。

 タニシやプチグリュというエスカルゴモドキを食べたことがあるので、丘の貝も平気ではあるのだが、魯山人の逸話のように、タニシの寄生虫で病気になるのは流石に困る。


 スープの底にはどう見ても貝の身に見える何かが沈んでいる。


「寄生虫は加熱すれば問題ないです。これは温めなおしもしましたし、加熱は十分。それよりも重要なのは、これの殻なんですよ」


 サトルはスープを啜る。昼間に食べた物より甘味が強く、そのおかげでコクを感じる。

 今度は灰汁を取ったのか、大分食べやすくなっていた。

 干したガンの肉の癖や日寝た匂いも大分緩和されいてるようだ。


「あ、胡椒っぽい匂いもする。これは香草だとして……シュガースケイルってことは、もしかしてこの貝の殻は甘いとか?」


 ルーが頷く。


「ご名答。これはダンジョン内の植物を食べて育つ陸貝の一種なんですけど、何故か殻を形成するために糖を使うんです」


「やっぱり、だから飴細工みたいにキラキラしてるのか」


 サトルが飴細工のような輝きだと思ったのは、やはり間違いではなかった。


「採って、中身を抜いて、殻をしっかり天日に干すと、普通に砂糖やキャンディの代わりに使えるんですよ。どこのダンジョンでもけっこう名産品です。もちろん身の方も食べられます」


「よく採れるの?」


 名産品といわれるのなら、販売流通もしているのだろう。


「採れる場所は限られてます。けど、この祠の中なら取り放題ですね。私が一人でもここに来たい理由の一つでもあります」


 砂糖は昔から王侯貴族への献上品になるような物だ。日本人も甘い物を求めて四苦八苦してきた。

 小学校の教科書にあった「ぶす」も、水飴をめぐる滑稽な物語だった。

 それでもやはり、自分の命を懸けてまで甘味を求めるというのは、なかなかできる事じゃない。


「頑張るねえ……」



「甘い物が好きなので」


「うん、そうだね、甘いは美味いし」


 サトルは濁すようにそう言って、わずかにうつむく。


 ルーは先ほどキンちゃんギンちゃんにシュガースケイルを渡したものの、それ以降は袋にしまい込んでチラとも見せようとしない。

 ぎゅっと袋の口を握りしめている。

 キンちゃんとギンちゃんはまだ食べたり無いのか、フォンフォン鳴いている。が、ルーは袋の口を開こうとはしない。

 そのつつましくも明確な独占欲を前に、サトルは笑いを噛み堪えるの必死だった。


「女の子は甘い物、大好きだもんね」


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