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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十二話「コウジマチサトルは○○である」
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11・親愛なる朴念仁へ

 治療院の様子をうかがっていたワームウッドが帰って来た。

 もうすぐサトルも帰るよと、ルーに伝え、ルーは一人玄関先へと出てきた。


 サトルはいつものように表情少なく、何を考えているのかわからない態度で帰って来た。

 外傷などは一切ないので、あっさりとしたものである。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 いつもと変わらないサトルの様子に、ルーはたまらず涙を流す。


「何で泣くんだよ?」


 この朴念仁は、どれだけ人を心配させたら気が済むんだ、と叱りつけてやりたかったが、サトルはきっとそれでは理解しないだろう。

 何せ目の前のこの人は、想像以上に自己評価が低い。


「だって、ですね……」


 どれだけ人に必要とされても、どれだけ人に愛情を向けられても、きっと理解しない。

 そう思わせるほどに、自分を大事にしないのだ。


 ルーとて人に頼るのが苦手であったり、自分がまだ何かを成せていないという焦燥感に追われることもあるが、サトルはその比ではない。

 そのくせこの朴念仁は、己を否定するのと同じ口で、もっと人に頼った方がいい、愛されていることを自覚しろと言う。


 そのセリフそっくりそのまま叩き返してやりたいと、何度思ったことか。


 これで悪意が無いのが本当に腹立たしくて悔しいと、ルーはボロボロ涙を流す。


 ルーの涙に、サトルは痛そうな顔をして視線を逸らす。

 人の泣き顔がとことん苦手らしい。


「……そうか、心配かけたんだな、ごめん」


 ルーの怒りがどこに向いているのか、サトルは気が付いたようだが、むしろ気が付かなかったら、とんでもない無神経さだと、ルーは泣きながら怒る。


「分かってるなら、もう二度と、無茶しないでください」


 しかしサトルは困ったように後ろ頭を掻くばかり。


「約束はしたいけど、これからやる事を考えると無理かもしれない」


 せめて嘘でも分かったと言っておけばいい物の、サトルはなかなかこういう場面で嘘を吐けないらしい。


「そうかもしれないですけど」


 何せダンジョンによって異界から召喚された勇者だ。

 ダンジョンの妖精に請われ、ダンジョン内に今後も潜ることになるだろうし、危険な目にもあうだろう。


「だから、俺は君の力を借りたいんだ、ルー。俺一人ではどうにもならない、君の助けが必要だ」


 サトルの意外な言葉にルーは全身の毛を逆立て驚く。

 危険には真っ先に飛び込んでいくくせに、妙に憶病で、自分が怖いと思う事には他人も巻き込むまいと動くサトルが、わざわざ助けを求めるなんて。

 ルーはらしからぬサトルの言葉に動揺する。


「ふぇ……な、なんかありました? サトルさん」


「まあ……少しはな、自分の振りを見直そうと」


 サトルが皆まで言い終わるより先に、その背に思いきり突進してくる影があった。


「父さん!」


 たまらず吹き飛びかけるサトルの腰を、突進してきた人物がホールドし、抱きとめる。


「うわっ……ニゲラ?」


 ニゲラと呼ばれたその青年はサトルを抱きしめながら、妙に人懐っこい満面の笑顔で帰宅の挨拶をする。


「ただいま帰りました! あ! 初めましてルー! 貴方に会いたかった!」


 だがルーはこの人物に心当たりがない。

 いや直接はあった事は無かったが、最近話に聞いたばかりの人物が思い当たった。


「え? へ? あの……あ! この人ってもしかして」


 サトルを攫った竜、その本人が、サトルを父と呼び慕っていると、ヒースとモリーユから聞いていたルー。

 その内容のあまりの奇妙さに、半信半疑だったのだが、今目の前にまさしくその言葉通りの人物が現れた。


「ニゲラです! 父さんに血を貰って、人の姿を得た竜です!」


 ニゲラは短く自己紹介をすると、サトルを腕に抱いたまま、ルーへと笑顔を向ける。

 そのさわやかな笑顔に、ルーは思わず考え込んでしまう。


 一見すると成人男性同士がじゃれ合っているように見えるが、片や竜で、片やダンジョンの勇者。これは仲が良いとかそういう話じゃなくて、何かもっとこう、凄く重要な意味があるのではないだろうか。


 とりあえず考えて出た結論は、まあいいか、だった。


 人の姿を取る事の出来る竜だなんて眉唾だと思っていたのだが、本当に存在すると言うのなら、これはダンジョン研究家として、ダンジョン周辺域に生息することが確認されている竜の生態を調べるうえで、きっと役に立つだろう。

 何せ意思の疎通がし放題。攻撃性もなく危険もなさそう。口も軽くフレンドリーのようだ。


「本当にいたんですね!」


「はい、実在しますよ」


 多少失礼な物言いも、気にすることなく受け止めてくれる。

 おおらかなのか、それともそう言った人間の機微には疎いのか。

 しかし少なくともニゲラは友好的だ。ルーが彼を受け入れるのに反発はなかった。


「お会いしたかったです!」


「僕もルーに会いたかったです!」


 二人はがしりと握手を交わす。

 まだニゲラの腕にはサトルが抱えられている。


「……サトルさんが考え方変えたのって、ニゲラさんのせいですか?」


 もしかしてとルーが問えば、サトルは眉間に皺を寄せて首を横に振る。


「いや、流石に違う違う」


「違うんですか?」


 何故か残念そうなニゲラ。


「違うよ……色々考える時間があったから考えただけ」


 ニゲラだけが考え方を変えるに至った原因ではないと、サトルは説明するが、ルーからしてみれば、サトルはいつも何かを考えている風で、改めて時間を取って物事を考え直すようなことがあったのかと、意外に思えた。


「考える時間ですか?」


「仕事とか趣味とか詰め込んで、考えないようにしてたことを考える時間がいっぱいあったんだよ……入院とかしたし」


 わざと忙しくして考える時間を無くしていたとサトルは語る。


 確かにサトルはこのガランガルダンジョン下町に来てから、勇者として何かをやらなくてはと日々あくせく動いていた。

 また、妖精たちの助けを借りながら、料理や酒造りをやってみるなどして、とにかく大人しくしている、ということが無かったように思う。


 少し時間があればすぐに何かをしようとして、草むらでモンスターに襲われたり、ダンジョンの崩落に巻き込まれて死にかけて入院したりしたほどだ。


「まだ色々考え中ではあるけど、ルーにもっと人を頼れとか、偉そうに言ってた分くらいは、自分でも実践してみようかなと」


「律儀ですね」


 ルーが思わず苦笑すると、そういう性分なんだよと苦笑を返すサトル。


 そんなサトルをぎゅうぎゅうと抱きしめニゲラが訴える。


「だからもっと僕を頼ってください!」


「こいつもこうだし……もっと、君のことも頼ろうと思った。与えられる好意の分、十分に信頼してるんだって、言葉や行動で表そうと思った……そうしないと、ほら、俺こんなだから、通じないだろ?」


 表情の薄い顔でサトルは言う。


 改めて口にされた信頼という言葉に、ルーは罪悪感を覚えた。

 自分はサトルに信頼されるほどのことを、してきただろうか。ルーは唇を噛む。


 心配心配と口にしながら、そんなことを思う資格が自分に有ったのだろうか。


「私……最初は打算でサトルさんに近づいたんですよ?」


 ダンジョン研究のために、サトルから情報を引き出すだけ引き出して、利用しようとした。

 悪意こそ持たなかったが、そこには同情や心配などはなく、とても打算的な考えしか働いていなかった。


 サトルと数日過ごして、サトルはルーが想像していた以上の善人だったせいで、利用何て考えを持ってしまったことが恥ずかしかったほどだ。

 懺悔をするようなルーの言葉に、サトルは頭の後ろを掻きながら答える。


「いやそれはむしろ当たり前だろう。見ず知らずの他人だ。むしろ最初からこの距離感はレアケース」


 レアケースと言われて、ニゲラはきょとんと首を傾げる。


「そうですか?」


「そうですよ、いい加減離してくれ」


 ようやく解放されたサトルが、改めてルーに向き合う。

 頑なに自分からルーに触れようとしてこなかったはずのサトルが、自ら右手を差し出した。


「というわけでルー……改めて、色々俺のことで迷惑をかけるとは思うんだけどえ、君の力になるように努力をするから、俺にも君を頼らせてくれ」


「はい、こちらこそよろしく頼みます、サトルさん」


 サトルの方から差し出された手を、ルーはしっかりと握り返す。

 事務仕事が基本と言っていた割に、ごつごつとしたマメのある骨張った手だった。

 働き過ぎの手だ。


 この手の働きに返せるだけのものは、自分に有るだろうか。ルーは自問自答する。

 与えられた愛情に、返せる信頼。それは自分の身に振り返ってもとても大事なものだと思えた。


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