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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十二話「コウジマチサトルは○○である」
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9・救助

 木に必死にしがみつくルーの視線がサトルを捕らえる。

 驚き問安堵が一瞬よぎるが、それよりも流れに飲まれまいと必死なようだ。


 ルーの体力が尽きる前に助け出さなくてはいけないが、こういう時に助ける側が必要な装備を、サトルは持ってきていなかった。


 ロープがあればと思うが、崖下にはそれを括りつけられる木などはない。


 ならばベルナルドに力を借り氷の橋を作るかと考えるが。

 しかし氷の橋の強度や、水が一メートルの立方体で一トンの重さがある事を考えると、川の流れに流されないほどの橋を作るのは難しいように思えた。


 ルーが水の流れに対抗出来ているのは、不幸中の幸いにして、一緒に落ちた木が水の流れを砕き和らげてくれているからだろう。

 川の上に橋を渡したとしても、両岸から川面までは一メートル弱。サトルの腕の長さでは下のルーに手が届くとは思えない。仮に届いたとしても、足場がいいとは言えない氷の橋の上からでは、流れに流されるルーの体重を、サトルの腕や脚腰が支えきれないだろう。


「橋、無理か、水が多い流れがある……ウワ……いやでも……流れは速くない、ルーは意識がある、深いけど行けるか……」


 ウワバミに声をかけようとするが、かすかな抵抗を感じサトルは諦める。

 どうやらこの流れを変えるだけの力を貸すことはできないとウワバミは判断したらしい。

 サトルの体力や魔力を心配してか、それともすでに流れという力を有している水を操るのは難しいからか、サトルにはわからなかった。


 サトルは考える。

 無理だとしてもやるしかない。


 必要なのはいつ壊れるか分からない橋ではない。

 この流れを堰き止める障害物だ。


 幸いにも川は蛇行し川幅が狭くなったその場所に橋が架かっているので、堰き止める幅は比較的狭い。

 サトルの立つ岸は蛇行により「つ」の字の内側のようになっている。川の流れは外に比べて比較的遅い。

 この幸運を逃すわけにはいかない。


「ルー! そこにしっかり捕まってろ! それから、俺がお前に何をしても、絶対に暴れるな! いいな! 俺のされるがままにしてろ!」


「ふぶぇえ?」


 いったい何をする気だと問いたかったのだろうが、流れる水が口に入り込み、ルーはまともに言葉を発することが出来ない。


「ベルナルド、ルーの上流、川が蛇行している場所に、出来る限りの氷を! 巨大な楔形の氷を積んで堰を作れ! 雑でいい、水の流れを少しでもゆるく、左右に流してくれ、維持できるなら十分ほど、頼む」


 ベルナルドはサトルの言葉を了承したらしく、ウワバミの時とは打って変わって、すぐに結果が表れた。

 グリードボアに匹敵するような巨大な氷が、ゴロゴロと川にたまり、簡易の堰を作り上げる。

 テトラポットのような楔形の氷は川底に食い込み、互いに絡み合い、水流を砕きながらその場に落ち着く。


 思い付きのこの行動がどれほど役に立つのかはわからないが、どうやらこの状態ならば氷は問題なく流れに抵抗できるらしい。

 氷のテトラポットが落ち着いたのを見届けて、サトルはベストとシャツを脱ぎ氷のテトラポットの傍から川へと足を踏み入れた。


「ぐ……」


 川の水の冷たさが、氷のせいで増して痛みすら感じる。

 それ以上に、流れる水の感触が、サトルの記憶の底にある恐怖を呼び起こす。



 水は嫌いだ。

 水は全てを押し流す。

 それ迄当たり前に目の前にあった物を、まるで嘘だったかのように押し流してしまう。

 あの場所個も、あの人も、あの街並みも、家も、学校も、さっきまで隣に合った笑顔も。


 震えそうになる体を、サトルは頬を叩き押しとどめる。


 また、ここで逃げてしまうのか。

 ここで逃げてしまっては、ルーを、大切だと思える人を、また失ってしまう。



 サトルは水をかき分けルーの元迄進む。

 途中で川底が深くなり、腰より上に水が来れば、サトルはそのまま川を泳ぎだした。


 ガランガルダンジョン下町に来た当初、サトルはカナヅチなのかとルーとアンジェリカにからかわれたことがあるが、別にサトルはカナヅチではない。

 むしろ学校の着衣水泳は得意な方だった。

 抵抗するという事をしない、ということが得意だったので、水の流れを気にしながらも逆らわずに動くことは得意だった。


 平泳ぎで上流から流されるようにルーの元までたどり着く。

 凍えて震えるルーの傍に着くと、そのまま木にしがみつき、木伝いにルーの傍へとよる。


「ざどるじゃ……ん」


 水を飲み上手く喋れないルーの脇の下に腕を差し込み、襟の後ろを掴んで吊り上げるように無理やり引き上げる。


「うぐぇ」


 首が閉まったのだろう、苦し気に悶えるルーに、サトルは厳しい声で命じる。


「こっちも余裕が無い、暴れるな」


 ルーはサトルの言葉にしたがい、抵抗を止めされるがまま力を抜く。


「木にしがみついて息を整えろ。お前の息が整ったら、俺が掴んで泳ぐ。その際も抵抗をするな、呼吸だけ気を付けろ。水の流れに逆らうな。良いと言うまで無理に足を川底に付けようとするな、いいな?」


 引き上げられ、木にしがみつくルーに、サトルは淡々と説明をする。


「ゴホっ……ちょ、ちょっと待ってください、もう一度」


 普段よりも乱暴な物言いのサトルに違和感を覚えつつも、ルーは言われたことを聞き取ろうと、必死に問い返す。


「息を整えろ。整ったら俺がお前を掴んで泳ぐ。抵抗をするな、呼吸だけ気を付けろ、いいと言うまで足を川底に付くな」


「はい」


 まるで機械のように繰り返し、サトルはルーの肩の上下が収まるのを待つ。


「行けるな?」


「はい」


 サトルはルーの首に腕を回す。突然のチョークスリーパーに慌てるルーに、サトルは低く囁く。


「動くな、騒ぐな、大人しくしろ、いいな、生きたいなら大人しくだ」


「はい」


 いっそ脅されてるような勢いで、ルーはこくこくと首を上下に振る。


「よし……ベルナルド、俺たちの川下にも巨大な氷を、俺たちが下流に流されない程度に」


 サトルの言葉に応えベルナルドが巨大な氷を作り出す。

 どっと体に押し寄せる疲労感に、サトルは唇を噛んで耐えると、ルーの首をしっかりとホールドし再び泳ぎだした。


 川の流れはすっかり緩くなり、サトルたちが下流のテトラポット迄流されるような事は無かったが、それでも水量のある川の水は重く、疲労の重なったサトルはくじけてしまいそうだった。

 それでもルーだけは離すまいと、思わず腕に力を入れてしまうと、腕の中でルーが呻いた。


 二人は岸にたどり着く。

 問題は岩場の上まで登れるかどうか。


 そうサトルが思っていたら、いつの間にか降りてきていたらしいヒースとワームウッドが、サトルとルーに向かってロープを投げ入れてきた。


 どうやらグリードボアとの戦闘は無事終えたらしい。

 二人だけではなく、アロエやアンジェリカの声も聞こえていた。


 サトルはロープを掴むと、迷わずルーの体に襷掛けのように結びつける。


「引き上げてくれ」


 サトルの言葉に、二人はルーの体を引き上げる。


 引き上げられながら、ルーは多少咳込んだが、自発的に呼吸をしている事をサトルは確認する。

 低体温は多少恐れがあったが、魔法があれば火を起こすこともできる。これでルーの生存は確実だ。


 助けることが出来た、その安堵がサトルの体から力を奪い、重い水流が水に引きずり込もうと、重くのしかかる。

 岩にしがみつく手はすっかりかじかんでろくに力も入らない。

 氷の堰はやっぱりまずかったかなと、サトルは言葉に出さず独り言ちる。


 せめて、もう少し……。


 サトルの意識はそこで途切れた。


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