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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十二話「コウジマチサトルは○○である」
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5・サイドルー

 ダンジョンの内部はホールと呼ばれる空間ごとに、まるで違う様相を呈している。


 ダンジョンの内部には世界の記憶が流入することで、様々な地域が再現されているのだという。

 これは一昔前にガランガルとは別のダンジョンで、ダンジョンの事をよく知る精霊と交信したシャーマンの言葉なので、本当かどうかを確かめた者はまだいない。


 ただ、ルーが一度この話をサトルにしたところ、サトルはなるほどそれはあり得るかもしれない、と答えた。


「世界ってのはどんな形をしてると思う? 俺たちの世界ではキャンディーのように丸く、それが沢山連なって世界が構成されてると信じられてるんだ。銀河というキャンディー瓶の中に、大量の世界がある」


 不思議な話をサトルはこう締めくくった。


「その一つがここであり、俺たちの世界、そういうイメージ」


 あくまでもそれはイメージであり、実際の世界の形を知る人間は、まだいないのだと。


 ならばダンジョンはそんなあまたある世界の光景を映し出すものなのだろうかと、ルーは考えた。

 しかしサトルは、これは世界そのものというよりも、キャンディーの表面の模様が、キャンディーの内部に投影されているだけだと言う。


 薄曇りの湿地帯も、白樺生い茂る冷涼な林も、歩くだけで汗が噴き出るような密林も、急斜面の山岳地帯も、熊笹だけが延々と生えている険しい峰も、キャンディーの表面のどこかなのだと。


 サトルの話は、何処かタチバナの話に似ていた。

 タチバナが最も最初にダンジョンに興味を持った理由が、そのシャーマンが話した、世界の記憶がダンジョン内に投影されている、という話だったそうだ。


 うつむき、黙々と歩きながらルーは取りとめもなく思い出し、考え、早くサトルに会いたいと思った。

 まだ分かれて一日しか経っていないのに、あの人の声が聞こえないことが、話を聞けないことが、たまらなく苦しいと感じていた。


「もう少し急げる?」


 少し足取りが遅れてきたルーの手を引き、ワームウッドが問う。

 ルーは頷き、先程よりも大きく足を開いて、濡れた岩場を登る。


 今いるホールは、初階層から続くうちでも、特に険しくはないが進みにくいとされている場所だ。

 岩交じりの斜面と、様々な木々が個々の好む間隔を主張しながら生える、何処かの山中。

 暗くもなく、明るくもなく、光が木の葉を空かして白と緑に彩られているのが、どことなく清しくさえある。


 もしここにサトルがいるのなら、幼少期に上った金峰山のさるすべりに似ているとでも言っただろう。


 ルーは上がる息の合間に、謝罪を口にする。


「すみません……無理を言って連れてきてもらってるのに」


 息を乱すルーのために、先行していたオリーブが少し戻ってその背を支えるように押す。

 下から上へと体重を移動させるときに、支えがあることがありがたかった。


「いや、仕方ないさ。予定よりも早い位だ」


 むしろ強行軍をしていると分かっているからこそ、誰もルーを責めはしない。

 ダンジョンで親代わりであり、絶対的な存在だったタチバナを亡くしたルーが、どうしても自分もと言い出したその理由も、誰もが納得するところで反対案は出なかった。


 問題があったとすれば、編成だろう。

 クレソンがぼやくように言う。


「けどやっぱモリーユ置いて来たのは痛かったんじゃないか?」


 何せ攻撃力で言うならば、刃物や鈍器よりも、圧倒的に魔法の方が強い。

 魔法は条件が厳しいので、そう何度も使える物ではない上に、熟練していなければそうそうすぐに発動させられるものでもない。

 そのため、モリーユほどの使い手は、どこも引く手あまたの逸材だった。

 今回はそのモリーユを、人数調整のために置いて来てしまった。


 クレソンの言葉に、オリーブはそうでもないさと返す。


「いや、一番の危険地帯は、モリーユは一度も踏み入れたことのない場所だ。ルーでもあまり変わらないだろう」


「あー、そういやそっか」


 言われてみればそうだなと納得するクレソン。

 そんなにも危険ならば、自分は大丈夫だろうかと、ルーは表情を険しくする。

 自分が怪我をするだけならともかく、彼らの足を引っ張るわけにはいかない。


「私足手まといになるでしょうか?」


「歩きなれてないと、って感じの場所だしな。ここは足場がまだしっかりしてっけど、グリードボアの生息地はもっと土が柔らかいんだわ。すぐ脚滑るし、ルーちゃんはモリーユよりも歩くのは慣れてるんだっけか?」


「はい、あの、山登りだったら慣れていますんで、そっちは大丈夫です」


 問われルーはそれなら大丈夫だと頷く。

 足場に慣れてさえいれば、せめて邪魔にならないように、逃げることもできるだろう。


「ダンジョンに直接入らずに、ダンジョンと通じている場所を探したりしていました。あと先生に聞いていました。サクラの場所かどうかは分からないけど、ホールによっては急斜面になっている場所もあるってことと、グリードボアは斜面を好んで巣を作るってことは、知っていたんで、覚悟はしています」


 何よりシャムジャの中でも猫に近い性質を持つルーは、人が思うよりも身軽だ。

 グリードボアは木に登れないと聞くので、ルーは自分の身を護るという約束だけは絶対に守って見せると、気持ちを引き締める。


 ルーたちの会話を聞いていたのだろう、セイボリーが僅かに振り返る。


「なら話は早いな。グリードボアの生息しているホールは、ここと同じまさに登山そのものと言ったような場所だ。そこまで行くのには時間を考え急ぐこともできるが、あのホールは慎重に、かつ体力を維持しつつ進まなくてはいけない。それを心掛けてくれ」


「はい、分かりました」


 表情厳しく頷くルー。あまりに気負い過ぎてもと思ったか、アロエがルーの肩をばしりと叩く。


「結構寒くなってくるから、その辺注意ねー。モリーユだったら絶対に震えるわ」


 アロエの軽い話アンジェリカが乗る。


「ルーはその点、寒さには意外と強いのよね」


「はい、まあ、何故か強いです」


「ルーは風邪ひいたことが無いものね」


 ふふっとからかうように笑うアンジェリカに、ルーはぷくっと頬を膨らませる。


「それはこのガランガルでは誰だってそうです。アンだってここに来てから風邪ひいてないですよ。もう、私だけ神経図太いかのように言わないで欲しい」


 アンジェリカのからかいに文句を言うルー。その賑やかな声を遮って、アロエが二人に待ったをかける。


「あ、ちょっとまった、音がする」


 先行していたセイボリー達も足を止める。

 アロエはそれまで登っていた、人が何度も通って作った道から東にそれるように示す。


「こっちいこ、こっち、すり抜け出来そう」


 アロエがすぐに逃げを提案する様子に、カレンデュラが薬と笑う。


「いつもはもっと血気盛んでしょうに、今回ばかりは、ね」


「サトルっち死んじゃったら寂しいじゃん? ご飯も美味しいしさ。それだけで十分だよ、助ける理由なんて」


「確かにそうよねえ」


 サトルの価値はご飯だけなのかとルーはあきれた。


「もっと理由つけた方が良くないですか?」


 理由なんて、サトルを身内と思った時点で、本当は十分だった。

 彼らも彼女らも、サトルを助けると、自ら志願してここにいるのだから。


 ルーはその気持ちを分かっているから、軽くため息を吐く。


「もう、サトルさんにそれ言ったら、絶対自分が疲れてても、ご飯作っちゃいますよう」


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