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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十一話「コウジマチサトルの奮起」
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10・帰還きかん気、遺憾に悲観

 氷漬けにしたサンドリヨンの中にもダンジョンの妖精はいたようで、物質を透過できるキンちゃんたちは、氷の中に入ってサンドリヨンの死骸をダンジョン石に変えた。

 キンちゃんタイプが四匹、ギンちゃんタイプが一匹、計五匹のダンジョンの妖精が新しく仲間に加わった。


 これで妖精は計二十一匹。


「それにしても、どうやって帰ったものか」


 天井を見上げボヤくサトルに、ニゲラはそれだったらと、背中に大きな翼を広げた。


「あ、僕飛べますよ」


「……そういや、君竜だったな」


「竜なんですよ!」


 いったいどういう理屈で背中に翼が現れたのかもわからなければ、物理法則とはかけ離れた、巨体を浮かす浮力の事はこの際置いて置いて、サトルはただただニゲラが竜だったなという事を思い出し感心する。


 得意気いうよりも、自分にできることがあるのが嬉しいと言わんばかりに胸を張る姿は、どことなくルーと似ていると感じ、サトルは苦笑した。


「じゃあ、頼んだ、ニゲラ」


「はい! 父さん!」


 喜びニゲラはサトルを抱きしめる。

 サトルとしてはいい加減慣れるべきか、それともやっぱりこういうのは人間の姿ではしないで欲しいと頼むべきか苦悩する。

 ニゲラには悪気はないのだと分かっているので、どうにも注意しがたい。


 悩んでいるうちにニゲラはサトルを抱えて天井に開いた穴から、あっという間に上へと戻っていった。



 ニゲラに抱えられるまま運ばれ、サトルは緑色の竜の待つ開けた場所へと戻ってきた。


「お爺ちゃん! ただいま戻りました」


 元気よく挨拶をするニゲラに、竜はさほど心配もしていない様子で問う。


「随分と騒がしい音がしたが、崩落か?」


「ああ」


 答えるサトルが血まみれなのを見てか、竜の瞳孔が驚くほど大きく開いた。


「死ぬぞと言ったろうに」


 呆れたと吐く竜の声は平坦な物だったが、その尾が激しくうねり、そわそわと落ち着きがない様子が見えた。

 どうやら竜もシャムジャやラパンナのように、目や尾に感情が出てしまう物らしい。


「生きてるさ」


 苦笑し答え、サトルは今更目の前の竜の名前を知らないことに気が付く。


 ニゲラの腕から逃げるように振り払いながらサトルは問う。


「ところで、ニゲラに名前を付けたのはあんたなのか? えっと名前聞いてもいいかな? 俺はサトル、コウジマチサトル」


「ふん、コーンだ」


 サトルにコーンが答えている間に、またもニゲラの腕がサトルの腰に回る。何が何でも離す気はないらしい。

 サトルが身もだえ、コーンがニゲラに首を伸ばして、襟首を口にくわえる。

 さすがにそこまでされれば諦めたか、ニゲラはサトルから手を離した。


「お爺ちゃんが名前を教えるなんて珍しい」


 少し拗ねた口ぶりでニゲラが言えば、コーンはふんと鼻を鳴らす。


「今しばらく付き合いをしなくてはならないだろうからな……その光、この腹の内の物と同じなのだろう?」


 サトルの周囲を漂う光を指し、それと同じならば自分の腹から取り出してもらわなくてはならないと言う。


「ああ、ダンジョンの妖精だ。そうだな、どうにかして、貴方の腹の中から出してやりたいと思っている。いつまでもここには滞在できないが、またここに来ることもあると思う」


「知っておる。ニゲラを作った奴らよの。そう期待はせんがな、とりあえず幾ばくか氷を置いていけ。少しは吐き戻す努力をしてやろう」


 氷を食べて吐き戻す、というのはよほど効果があったのだろう、コーンはサトルたちがサンドリヨンを追ってこの場を離れた数時間前よりも、いくらか饒舌になっているようだった。


「ありがとう。俺は彼女たちを集めているんだ。もし今後その腹の中の妖精を外に出すことが出来れば、俺はそれを引き取りにここに来るよ。ウワバミ、ベルナルド、コーンが食べやすいサイズの氷って作れるかな?」


 サトルの言葉に応え、精霊たちが氷を作り、コーンの眼前に山と積まれる。

 コーンはさっそくその氷を齧りながら、ふふんと鼻を鳴らし、ニゲラを指でつつく。


「そうさな、ではこの坊主を使いとして寄越そう……吐き出すかどうかも分からん、もっとも、それだけでは碌な助けにならんが、文句を言うな?」


 ちゃんと助けになりますよ、と、少し不服気に返すニゲラ。

 しかしコーンの言った碌な助けにならない、とは、ニゲラではなくコーン自身にかかっているようにサトルには思えた。


「べつに特別期待はしてないさ、老体が無理をしないでくれよ?」


「ふん、言いおる」


 コーンの喉がゴロゴロと鳴る。上機嫌なのだろう、ゴリゴリと氷を齧りながら、今度は地面をはじき、サトルの足元に幾つかの石を転がした。

 見ればそれは、ウズラの卵からレモンほどの大きさの、大小さまざまなドラゴナイトアゲートだった。

 どうやらサトルたちがサンドリヨンを追っている間に、吐き出していた物を集めてくれていたらしい。


「これらも貰って行っていいのか?」


「構わん、どうせこの身にはいらぬ物よ。持っていけ」


「ありがとう」


 サトルの礼に、またも鼻を鳴らすコーン。

 ぶっきらぼうでなかなか口もよろしくはないが、それでも気はいい竜なのだろう。


「不要なものだ、礼もいらん、むしろ……いやなんでもないわ」


 少しは礼を言うかと思えば、それはないらしい。


「ところでサトル、人間のお前が……何故お前はわしを助けた?」


 何故と問われ、サトルは首を傾げる。


「助けてくれって言われたから」


 それはサンドリヨンを追う前にサトルたちがしていたやり取りで明確になっていたはずだった。

 サトルはニゲラが助けてと言うから、それを叶えるために自らの危険を顧みずサンドリヨンの駆逐を決めた。

 ニゲラもそれを分かっているからこそ、二度も三度もサトルが危険に陥り、泣くほど後悔をしていたのだ。


「……何故?」


 しかしコーンはサトルのその答えに納得しない。


「何故って……」


 じいっとサトルの目を見つめ、その真意を探ろうとする。

 サトルも気押されながらも、コーンの目を見つめ返す。


「お主は自ら死ぬ場所を探してはおるまいか?」


その問いに、サトルはすぐに答えられなかった。

 喉が張り付いたように、声が出ず、数秒喘いで、ようやく返事を返す。


「……いや」


 そんなつもりはないはずだった。別に死ぬつもりはなかった。生きて帰ると決めていた。

 そのはずなのに、サトルは自分のやっている行動が、自分が決めた生きて帰るというその目標と、大きく乖離していることに気が付いていた。


「そんなつもりはない……だけどな、けど、ああそうかもしれない」


 サトルは左手に目を落とす。


「格好良く……死にたいっていう考えが、いつまでも消えてくれない、かもしれない」


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