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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十一話「コウジマチサトルの奮起」
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8・窮鼠と竜と勇者とダンジョン

主人公の危機、生死にかかわる描写、動物の様な物に対する残虐行為等の描写があります。

苦手な方はお気を付けください。

 腕をでたらめに振り回し、サンドリヨンを振り払うも、悲鳴も上げられずに激痛に蹲るサトル。

 尚も追撃を仕掛けるサンドリヨン。


 ニゲラはサトルに飛び掛かるサンドリヨンを蹴り飛ばした。

 人の姿なれど人ならざる膂力で吹き飛ばされ、サンドリヨンは一撃で壁に叩きつけられ息絶える。


 しかし巣穴を突き止められた危機感からか、サンドリヨンたちは次から次へと飛び出してきた。

 十や二十ではない数のサンドリヨンが、巣穴の奥から湧き出すようにサトルに群がる。


「光を」


 サトルの言葉に応え、キンちゃんたちがいつものように目くらましを仕掛けるが、どうやらサンドリヨンは火から生まれる魔ものなだけあり、強い光での目くらましは通じないらしい。


 肩に、背に、脇腹にサンドリヨンが食らい付き、サトルは呻く。

 サトルがすぐに悲鳴を上げることが出来ないのは、痛みと恐怖で喉が引きつるから。耐えているわけでもなく、耐えられる痛みでもなかった。


 とても逃げられる状況ではなく、サトルは首と顔面だけは守ろうと、手を首に当て、亀のように背を上にし丸くなる。


「父さんから離れろ!」


 襲われるサトルを助けるため、ニゲラは次から次に湧き出るサンドリヨンを殴り、蹴とばし打倒していくが、どんなに殴ろうが蹴り飛ばそうが、サンドリヨンは襲い掛かるのを止めようとはしない。

 見る間に血まみれになっていくサトル。


「うぁ……がっ……ぁ……」


 サトルは複数のサンドリヨンにのしかかられ、逃げ出すこともできず、体中の皮膚が裂かれ、肉が千切られる痛みに断続的に呻き、がくがくと震える。

 生きたまま食われるというのが、こんなにも恐ろしい物だったなんてと、いっそ一思いに殺してくれと願わずにいられない痛み。


「父さん!」


 喉が裂けるような悲鳴を上げ、ニゲラはサトルを助けようとサンドリヨンをかき分ける。

 だがあまりにも数が多かった。


 このままではサトルが死んでしまう。


「父さん! 僕の事は気にしないで、広範囲に攻撃を! 僕はどんな攻撃にも耐えられるから!」


 そうニゲラが叫んだのは、ただの思い付きだった。

 しかしそれこそが、サトルが躊躇していたことそのものだった。そのせいで初動が遅れ、サンドリヨンに群がられてしまったサトル。しかし、ニゲラの声を聴き自分にはまだ手立てがあるのだと思い出す。


 失血からか朦朧としながらサトルは叫ぶ。


「ウワバミ! ベルナルド! 俺の周囲に氷の雨を降らせろ! キンちゃんたち! 怪我を、ニゲラが怪我したらすぐに治してくれ!」


 とたん、ピンポン玉ほどの大粒の雹がサンドリヨンとニゲラにたたきつけるように降りそそいだ。

 ゴゴゴゴゴと地鳴りのように激しく響く打音。

 ギャンと所々で悲鳴が上がる。

 当たり所の悪かったサンドリヨンは倒れ、そうでなくても悲鳴を上げサトルを噛む顎が離れる。

 サトルの物だけではない、硫黄の匂い交じりの血臭が辺りに充満する。


 いっそサトル事埋めてしまいそうな量の雹に打たれ、サンドリヨンたちが慌てて散り始める。

 サトルも巻き込まれ、強かに雹に打たれたが、何とか意識だけはあった。

 だが千々に裂かれた手足は動かず、サンドリヨンを散らした雹に打たれ、サトルは自らの骨が折れたのも感じていた。


 フォンフォンと心配そうに鳴く妖精たちの声に生きてるからとか細く答える。

 サトルを癒そうと、十匹ほどの妖精が、サトルの体にしがみつく。


 しばらくして、体中の骨が散ってしまいそうなほどの痛みが薄れ、サトルはなんとか身を起こせるほどになった。

 血まみれのまま起き上がり、サトルはニゲラを探す。


「悪いニゲラ……怪我は?」


「僕は人間より丈夫なので……それよりも父さんですよ……なんで僕の方を心配するんですか、父さんの方が大惨事じゃないですか!」


 声が思いの外近くから聞こえたことで、サトルは自分の視界が恐ろしく狭くなっていることを自覚する。

 貧血か、それともどこか神経をやってしまったのだろうかと、サトルは自分の目元に手を当て考える。

 しかしそれもすぐに妖精たちの力で回復をした。

 あっさりと傷が治り、サトルは自分がそれほど疲れていないことに気が付く。


 サトルは周囲を確認する。サンドリヨンは危険を感じて巣の奥へと逃げ込んだようだ。

 当面は襲ってくると言う事は無いだろう。


「失敗だった……藪をつついて蛇を出すというか、必要に無いことをした……」


 もっと慎重にやるべきだったなとサトルは頭の後ろを掻く。


「そういう問題じゃないと思います。父さんはサンドリヨンを甘く見過ぎです」


「ああそうだな。野生のモンスターを知らなかったとは言え、迂闊が過ぎた」


 何の警戒も無しに巣穴をのぞき込んだ自分の考えの無さに、サトルは反省をするが、ニゲラは違うのだと首を振る。


「父さんが反省するんじゃないんです! 反省するべきは僕だった、父さんそこは怒っていい所です。僕がサンドリヨンをどうにかしてくれと言ったから、父さんは……」


 ニゲラは泣くことはなかったが、それでも自分のせいでと、落ち込んだ様子でシャツの胸を掴み、唇を噛む。


「だったら、次は俺が失敗する前に頼む。俺はニゲラが思っているよりもずっと馬鹿でドジなんだ」


 別にニゲラのせいではない。だからサトルは攻めもしないし慰めもしない。代わりに、ニゲラが自分で自分を肯定できるようにと、次のチャンスを与える。

 サトルの言葉にニゲラの目が輝く。


「はい、僕が絶対に、父さんを守ります!」


 ニゲラが元気になったところで、サトルは次の行動に移ろうと立ち上がる。

 体は思った以上にスムーズに動き、服が血染めになっていなければ、先程迄の大怪我が嘘のようだった。


 もしかしてと、懐に入れていたドラゴナイトアゲートを取り出すと、その表面は白濁し、触れるとすぐにボロりと崩れて落ちた。まるで石灰の塊のようにもろい表面をこすると、すぐに内側から艶やかで固いドラゴナイトアゲートが現れる。


「表面が剥げた」


「魔力によって結晶化してるので」


 覗き込みニゲラが答える。


「使ったら消えるってことか」


 魔力を補填すると言うのだから、消耗品である可能性は十分承知していた。

 使い方は分からなかったが、持っているだけで有効だと言う事も分かった。

 ドラゴナイトアゲートの力は、精霊にも妖精にも有効だと証明された。


「実験の手間が省けたな」


 不幸中の幸いだと言うサトルに、ニゲラはそういう物なのだろうかと首を傾げる。


 サンドリヨンがすぐに出てこないにしても、なんとかこの巣穴を封じることはできないだろうかとサトルは考える。


 これがダンジョン石で出来ているというのなら、もしかしたら、この隙間をダンジョン石で埋めて、塞ぐことはできないだろうか。

 幸い、というにはいささか語弊があるが、材料となり得るモンスターの死骸なら、立った今しがた量産したところだった。

 軽く三十は超えるサンドリヨンの死体に目をやり、サトルは後悔する。


「何で自分の怪我よりも、モンスターの死骸で気分悪くなるんです?」


 サトルの様子を見て気が付いたのだろう、ニゲラが心底不思議そうに問う。

 サトルの今の様子は、誰の目から見ても明らかな重傷者のそれだ。

 傷こそ妖精たちが癒しが、福はずたずたに裂け体中にまだ生々しく濡れた血や、むしり取られた肉片がこびりついているのだ。


「うーん、なんというか……グロ苦手なのはただのトラウマなんだよ、俺の場合、自分が痛いのはもう慣れてるから」


 答えつつ、それが一般的でないのは分かっているんだとため息を吐くサトル。

 怖いだの変だの言われる方がまだいい。ニゲラのように純粋に疑問をぶつけてくる相手に、どう答えるのかが一番困るんだと、声に出さず独り言ちる。


 血の気が下がりフラフラと、サトルは手近な壁に手を着く。

 とたん、壁がぐにゃりと溶けるように歪んだ。

 この感覚をサトルは知っていた。


「っそだろ!」


 踏ん張ろうにも足下もまた、まるで混ぜた手のパンケーキの生地のように、とろりととろけて何処へともなく落ちていく。


 ダンジョンの崩落がまさかこのタイミングで起こるなんてと、サトルは自分の運の悪さを呪った。


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