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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十一話「コウジマチサトルの奮起」
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5・デビルサンドリヨン

 ちゃんと助けると言ったからには、助けなくてはいけないのだが、目の前の竜からどうやってキンちゃんの仲間たちを助けるべきか。

 とりあえず観察を続けるサトルとニゲラ。


 時間にして一時間以上、ただただ見守っていたのだが、竜は時折サトルたちを気にするそぶりは有っても、わざわざ起き上がる事は無かった。


 そんな竜が大きな動きを見せたのは、サトルたちの死角から現れた、真っ黒なリスのような獣が竜に近づいた時だった。


「ん?」


 あえて暗がりを移動する、ちらちらと動く黒い影。その影が竜の鱗に触れるか触れないかという所で、緑色の竜は急に体を大きくもだえさせ、長い尾を振るって黒い獣を追い払った。

 いったいあれは何だろうかと、サトルが問うより早くニゲラが答える。


「サンドリヨンです」


「サンドリヨン?」


「灰被りの魔物と呼ばれる、火から生まれる魔物なんです。他の魔物や動物の死肉を食べる……」


 おとぎ話のお姫様の名前かと思いきや、黒い獣は立派なモンスターだったらしい。


 サンドリヨンは尚も執拗に手を出そうと詰め寄り、そして竜の尾に打倒される。

 サトルたちの場所にまで響く骨が折れ内臓の潰れる音に、サトルはぐしゃりと顔をゆがめる。


「悪魔かと思った……」


 動物の死肉を食う黒い獣と言えば、自分の世界にも似たような物がいたなと思い出し、口元に苦い笑みを浮かべるサトル。ともすれば可愛らしいが、名前がデビルと付く獣だった。

 しかし目の前の黒い獣は、竜との対比で分かりにくいが、中型犬ほどの大きさがあり、可愛らしさよりも恐ろしさを感じる。


 そんな恐ろしいモンスターが、いつの間にか暗がりからぞろぞろと湧きだすように現れた。


「モンスター同士でも嫌われると言うか、あれが近づいてくると」


 血の匂いがサトルたちに届くころ、竜に潰されたサンドリヨンの死骸に現れたばかりのサンドリヨンたちが集まった。

 いったい何をするのかと思えば、サンドリヨンたちは同族の死体を食らい始めた。

 ゴリゴリと骨を食み、血肉を舐め啜る音。生臭い血臭。キイキイと金属をこすり合わせるようなサンドリヨンの鳴き声。

 何たるホラーだろうか。


 死体であれば共食いもするというのなら、モンスター同士でも嫌われるのも仕方ない。


 サトルはニゲラの肩にもたれかかる。


「悪い、ちょっと、貧血……」


「父さんって血が苦手なんですか?」


「ああ……」


 サトルの背中をさすりながら、無茶をしないでくださいねとニゲラは言う。


「けどなんで……サンドリヨンはあの竜を? あんな対格差、わざわざ死にに行くようなもんだ」


 サンドリヨンには目を向けないようにしながら問うサトルに、ニゲラは簡単なことだと答える。


「死ぬのを待っているんです。死体を食べると言いましたが、死にかけのモンスターを襲って止めを刺すこともあるんです。最初の一匹は斥候だったんだと思います。ここ数日ああやって時々どこかの隙間から出てきて、彼を攻撃するんですが、いつも返り討ちです。でもおかしいな、今日はもう一回ちょっかいをかけに来た後だったのに……」


 一日に一度程度のはずなのにとニゲラは言う。

 その襲撃の頻度が上がる理由があるとしたら、それは、サンドリヨンたちが今の竜ならば勝てると判断したからではないだろうか。


 サトルはもう一度サンドリヨンに目を向ける。

 案の定、サンドリヨンは竜に向けて、一斉に飛び掛かる所だった。


 竜が身もだえるように体を振るい、尾を地面へと叩きつけるが、サンドリヨンたちは散会し、再び竜へと飛び掛かる。

 その光景を見て、サトルはとっさに叫んでいた。


「レオナルド! サンドリヨンだけを燃やせ!」


「サンドリヨンは火から生まれます! それは効きません!」


 炎が生まれサンドリヨンたちを舐めるが、ニゲラの言うとおりサンドリヨンたちは怯みさえしなかった。

 竜の金の目がサトルを捕らえる。


「ウワバミ! ベルナルド! 竜を守れ! サンドリヨンを近づけない壁を!」


 炎が効かないのなら、無理に攻撃をするのではなく、優先すべきは竜の身の安全だと、サトルは氷の壁を作る。

 数匹のサンドリヨンがその壁に絡め取られ諸共に凍り付いたのは、ウワバミかベルナルドの配慮だろう。


 それでもサンドリヨンの数はまだに十匹近くいる。

 サトルの攻撃に気が付いて、サトルたちへと進路を変える者もいた。


「ベルナルド! 追撃! 氷の槍だ! 降り注げ!」


 極太のつららのような氷の塊が空中に出現すると、そのままサンドリヨンたちに降り注いだ。

 サンドリヨンたちはサトル相手には分が悪いと感じたのか、すぐさまに転身し、あっという間に暗がりの中へと逃げて行ってしまう。


 死肉を漁るモンスターだと言うからには、そう攻撃性が強くはないか、臆病な類だろうとサトルは考えたのだが、予想通りだったらしい。


 肩で大きく息を吐きながら、サトルはその場に座り込んだ。


「……やばい……これは、ちょっとどころでなく、きつい」


「父さん、無茶をしないでください……」


 今にも倒れそうなサトルを支えながら、ニゲラもまたその場に座り込む。

 妖精たちもフォンフォンと心配そうにサトルの頭上を飛び回り、かなり煩い。


 そんな煩いサトルたちに、竜が気が付かないはずもなく、竜は巨大なアーモンド形の目を瞬きさせ、サトルへと問いかける。


「ぐる……人間か」


「あ、喋った」


 ニゲラが人間の言葉をしゃべることが出来なかったので、きっとこの竜もそうだとサトルは思っていたのだが、そうでもなかったらしい。

 ひび割れた鐘のような、重厚な響きと金属音が混じるその声に、サトルは渋いなと感心する。


「齢を重ねればな……少しは喋りもする」


 喋れるなら後は意思疎通は問題ない。

 むしろ相手側から積極的に対話を望んでくれているなら、願ってもないkとおだとサトルは安心する。


 まずは確かめたいことが一つあった。


「無事か?」


 サンドリヨンに襲われていたこともしかり、それ以上に、体内に要請をため込み疲弊している竜が無事かどうかを確かめたかった。


「おかしなことを聞く……貴様が守ったろうに」


「いや、まあそうだが」


 ゴロゴロと雷が鳴るような音を立てて笑う竜に、サトルは少しだけ怯えて、座ったまま後退る。

 ニゲラは人間が手を出すと痛い目に合うと言っていたが、竜の方から近付いてくるのならどうだろうか。


「もうひとりは、ニゲラか? ふふん、化けおったな小僧」


「お爺ちゃん、気分は?」


「相変わらず最悪よ……いっそ腹を下せば……ふむ」


 ニゲラは最初から竜の事を彼と呼んでいたので、それなりに親しい仲だろうと予想は付いたが、まさか祖父だったのだろうか。

 もしくは、自動翻訳の結果「グランドファザー」のような、名付け親を指す単語が、そう翻訳されているだけかもしれないが。


 お爺ちゃんと呼ばれた竜は、ニゲラに挨拶をするためか、のそりと立ち上がると、足を引きずるようにサトルたちに近寄ってきた。


 シルエットだけで言うならば、兎の下半身に、前足というよりも皮膜の付いたコウモリの羽、太い馬の首に、仮面でバイク乗りなアマゾンか、もしくはバシリスク科のトカゲのような印象的な頭の形の竜だ。


「人間の小僧、これはただの氷か?」


 竜に見惚れていると、思いもかけぬことを聞いて来た。

 竜がこれと言って指したのは、サンドリヨンにぶつけようと魔法で作ったつらら。十本ほど転がっている。

「ああ」


「ならば少し貰おうか」


 竜は言うやつららを口で拾い、ぼりぼりとかみ砕いて飲み込んだ。


「え、うわ……」


 サトルの腰回りほどはある太いつららを、四つも五つも口に運び、かみ砕いて飲み込んでいく竜。

 その強力な顎の力は、一体何トンほどか。


「どうして氷を?」


「我らの口の形では水を多くは飲めんのだ。水物を飲めば吐き戻すことはできると分かっておるんでな」


 ニゲラにでもい聞いたのか、体調不良の原因が自分の腹の中にあると理解しているらしい。

 竜は尚も氷を食べると、その場にずしりと座り込んだ。


「体、冷えないか?」


「少しは……だが問題はあるまい。人間ほど脆くはないでな」


「ならいいんだが……」


「ふふん、面白い人間だの、ニゲラ」


 サトルの人柄を指して面白いと言わられるのは以前にもあった。その時は確かシャム安謝やラパンナをただ人として扱っただけの時だ。

 知らない物である以上、忌避する必要もない、ただそれだけのことが、彼らにとっては面白い事と感じられるらしい。


「素敵な父さんですよ」


 ニゲラは自慢するように大きく胸を張った。


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