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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第二話「コウジマチサトルダンジョンに落ちる」
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1・キンちゃんと採取

「随分といっぱいあったんですね」


 採取してくるように頼まれた花を、袋に入るだけ採取してきた結果、感動するでもねぎらうでもなく、ルーはただただ呆然とそう言った。


「群生してるようだったから」


 サトルの感覚としてよくあるポテトチップスの袋より少し大きい位の、荒い布の袋いっぱい。

 何輪あるかはもう数えるのをやめてしまっているのでわからないが、小指の爪より小さな花なので、とにかく軽く何百輪、といったところだろう。


「本来は群生などあまりしない薬草なんですが」


 わなわなと震えるルーの声に、サトルは改めて表情を確認する。

 興奮が行き過ぎて、血の気が下がった白い顔をしていた。


 この世界での通貨価値や流通事を知らないサトルの雑計算でも、日本円で百万円相当は超えてるのではないかと思っているので、まあルーの気持ちも分からなくもない。


「キンちゃんが反応しているところには、何か所か群生地があったみたいだけど」


 というか、この花に関してはキンちゃんが明確に反応していたので、何かしら特殊な効能か、ダンジョンの妖精が反応を示す何かがあるのだろうとサトルは思っていた。


 群生地と聞いて、ルーがひゅう、っと息をのむ。

 このままでは倒れてしまうのではないかと思い、ルーを地面に座らせる。


「まだあったんですか?」


「うん」


 ルーは両手で顔面を覆う。

 その反応が示すところは、たぶん普段はこんなに大量に採れるものではないという事。


 何となく、竹取の翁という文言が、サトルの頭に浮かぶ。

 普段日常的に竹を取りながら細工物を作り、それで生計を立てていた竹取の翁。

 ある日女の子を竹やぶで拾ってからは、まるで天からの貢ぎ物のように金銀財宝を手にするようになった。


 もしかして、かぐや姫って世界最古の異世界人の話だったりするのだろうか。

 サトルは詮無い妄想を頭から振り払う。


「うそ……だって私、苦労して……いつも……ずるい」


 酷くショックを受けた様子でぶつぶつと呟くルー。

 財宝を手に入れたからといって、必ずしも物語のように人が喜ぶとは限らないらしい。

 パトロンに去られてお金は苦労しているようなので、ルーのショックも分からなくはない。


 いやそれとも、サトルの採取してきたその花は、あくまでもサトルの物だと思っているのか。

 もしそうだとするのなら、つくづく小狡く立ち回るのが苦手な女性だ。


「これに価値があるって、俺だけじゃわからなかったし、この袋はルーのだし、花の権利は半分はルーの物だと思うけど」


 慰めになるかはわからないが、サトルは、この花の半分はルーの取り分だからと宣言する。


 白かったルーの頬に赤みが戻ってきたかと思ったら、黒目がちな瞳溢れんばかりの涙が浮かんだ。


「いいんですかあ?」


 涙声でべそべそと訊ねるルーに、サトルは苦く笑いながらもちろんだと答える。


「ありがとうございます……キンちゃんも、ありがとうございます。これで新しい服が買えますう」


「あ、その服やっぱり嫌だったんだ」


 パトロンに媚を売るために着ていたらしい胸元の開いた服。野外に調査だの採取だのをするために着るにはいささか不釣り合いなのではと、サトルは思っていたのだが、他に服を買う余裕がなかったからだったらしい。


 わざわざ個別に礼を述べるルーに、キンちゃんはどういたしましてと言うように、フォーンと上機嫌に鳴いた。


「キンちゃんはルーのことが気に入ったのかな。君の力になりたかったのかも」


 サトルの言葉に、キンちゃんはまたフォフォーンと鳴く。わずかに聞こえる音に、ルーの目元に笑みが浮かぶ。


「それは、なんか……嬉しいです」


 涙をぬぐってルーは立ち上がる。落ち込む時はがくんと落ち込み、立ち上がる時は素早く立ち上がる。

 ルーのその切り替えの早さは、なかなか見ていて面白いものがある。


 とりあえず採取した花は加工をしなくてはと、ルーはサトルの集めてきた花を、乾燥させることに。

 布を広げ、その上に花を均等に散らして更に上から別の布をかけると、四隅に石を置いて飛ばないようにし、弱風を吹き付ける魔法を使った。


「あ、そうやって加工するんだ」


「普段は他のも一緒に乾燥させるんですけど、今回はこれだけ量があるから、これだけで終わっちゃいますね。うん、こんなにたくさんあるなんて思わなかった。とてつもない収穫です」


「そうなんだ」


 そうなんですよと、目をらんらんと輝かせるルー。

 居候先に金銭的余裕ができるのは、サトルにとっても有難いことなので、まあ悪いことではないだろう。


「後は、湿気が来ないように木炭と一緒に袋に詰めます」


 しばし乾燥させた後、慣れた様子でてきぱきと花を袋に詰めていくルー。乾燥させた分少し小さくなってはいるが、それでもやっぱり結構な量がある。


 そんな作業をしているうちに、太陽はすっかり斜めにかしいでいた。

 このままだとあっという間に夕方、夕暮れへと時間が過ぎていきそうだ。

 こんな時間に帰路に付くという事はないだろう。


「今日はここで野宿?」


 ならば今日はここに泊まるのだろう。サトルが問えばルーはすぐに頷く。


「はい、明日の朝一でここを出ます。早朝の方がモンスターに遭遇しにくいんです」


「もしかして、昨日君はここに野宿していたのか?」


「ええ、まあ」


「女性一人では止めとけよ」


 さきほどのようにモンスターに襲われたらどうするつもりだったんだろうか。


 普段はここにモンスターが出ることはないとルーは言っていたが、何事にも例外はあるのだと、まさに今日証明されてしまった。


 しかしサトルの苦言にルーは悲し気に顔を伏せる。


「すみません、今は、一人しかいないので」


 今は、という事は以前は他にいた。

 その他にいた誰か、が誰なのかは、わざわざ聞く方が無粋だろう。


「あー……じゃあ、今度からは俺も付いて行くから」


 失言の挽回のつもりでそう言えば、ルーはちょっとだけ泣きそうな顔で笑う。


「……ありがとう、ございます」


 その顔は好きじゃないなと、サトルはルーから視線を逸らす。

 目についたのは、邪魔にならない場所に放置された、モンスターの死骸。


「あ、やっぱりこれそのままか」


 いつまでたってもダンジョンに取り込まれる気配がない。ルーは何時取り込まれるとは言っていたなかったのでこういうものかもしれないとサトルは納得する。


 しかし勝手に納得しているサトルを遮り、そんなはずはとルーがいぶかしむ。


「変ですね、もうとっくにダンジョンに取り込まれていてもおかしくないのに」


 サトルとルーの会話に、まるで割り込むようにフォーンと鳴くキンちゃん。ギンちゃんも共鳴するようにフォーンフォーンと鳴きだした。



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