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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルの危機」
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12・タチバナへの追想

 地図を指しローゼルは妖精に問う。


「さて、ではシーちゃんとやら、君の仲間はこの地図のどのあたりだい?」


「こちらよりも、ヤロウ山脈の形状と、ダンジョンとの比較地図の方がいいでしょう」


 ルイボスは別の地図をと、アリの巣のような地図の下から、山脈の峰を描いたものを引き出した。

 白いハイライトで輪郭を強調するそれは、タチバナの描いたものだった。


 更にもう一枚引きずり出したのは、先程のアリの巣の地図と似たような、しかし一つ一つのホールの縮尺がかなりでたらに見える地図。

 こちらもタチバナが描いたもので、実際の山脈と大まかなホールの位置を合わせて書かれているため、縮尺がでたらめに見える物だ。


「うん? これが必要、という事は……彼を迎えに行く場所は、すでに分かっているのだね?」


「ええ」


 ルイボスは山脈の形を丁寧に描いた、地図というよりも遠景画のようなそれを指さし、このあたりだと示す。

 シーちゃんもルイボスが挿す場所と同じ場所に飛んできて座ると、フォフォンフォフォンと何度も鳴いた。


「なるほど、子羽冠岳の中腹か……しかもここは確か……ルイボスたちが正確な場所やルートは分かっているね?」


 地図に書き込まれた嶺の名前を口にして、ローゼルは何かに気が付いたようにルイボスを見る。

 ルイボスもその地図上の薄紅に彩色された場所に覚えがあると同意を示す。


「この時期ならば何度か、行ったことのある場所ですからね」


 ローゼルとルイボスには覚えのある場所だと言う。

 その言葉に、そういうことかとセイボリー達も気が付いたようだった。


「どういうことですか?」


 分かっているのはセイボリー、マレイン、ルイボス、ワームウッドの四人。他の者にはいったい何があるのかと分からない。


 きょとんとするルーとアンジェリカに、ルイボスが答える。


「覚えてないかい? タチバナが春になると必ずダンジョン遠征に付いて行くことがあったのを」


「ええっと、はい、年に何度か、決まった時期の遠征があったように思います」


「そう言えばあったわ。そうね、確かにこの時期よ……ワームウッドがいつも一緒に付いて行ってたわ!」


 ワームウッドもまた、何かを懐かしむように目を細める。


「そうだね、思い出した。それの一つがちょうどこの時期で、いつも向かっていた場所が、たぶんサトルが連れて行かれた子羽冠の中腹、タチバナ曰くサクラの場所だよ」


 年に数回、それぞれ決まった場所に行くことがあったタチバナ。理由は定期的な観測が必要だと思われる場所があった以外に、その場所がタチバナにとって意味がある場所だったからだ。

 サクラの場所は、タチバナにとって意味のある場所の一つだった。


 竜の巣がある羽冠岳、その南西にある子羽冠岳には、ダンジョンの内部から外部に出ることのできる、小さな出口が何箇所かある。

 サクラの場所はその一つで、外部の山脈を登っても切り立った崖や起伏の激しい地形のせいで、たどり着くのは難しい場所だったが、ダンジョンの内部を通っていくことで、険しい山登りをせずに行くことが出来た。


 そんな場所に同じ世界から来たサトルが連れて行かれた、それには何か意味があるのではないだろうかとルーは言う。


「サトルさんが連れて行かれたのは、先生と関係があると言うのでしょうか?」


 しかしルイボスは首を横に振る。


「いや、それはあり得ません。サクラの場所には竜などいなかったのですから」


 サクラの場所は元々ダンジョン内の空間が地表面近くに来ている場所のため、本来なら竜が近寄る事はほとんどなく、だからこそ戦闘技能を持たないタチバナでも連れて行くことのできた場所だった。


 そのため竜がタチバナとサクラの場所の関係を理解しているとは思い難い。


 マレインもまた竜はいなかったはずだと言うルイボスの言葉を肯定する。


「タチバナが亡くなるまで毎年行っていたのでそれは確実だ……だが、サクラの場所が竜の巣になったのは結構最近だな」


 自分が肯定した竜はいなかったという言葉を、マレインは翻す。

 タチバナが亡くなるその年までは竜はいなかった、しかし今はそうではないと。


「そうですね、先生の残した資料には、竜の生息域にサクラの場所、という名前はありませんでした」


 サクラの場所に覚えはないとルーも肯定する。


 ならば何故マレインはサクラの場所に竜がいると断言するのか、何か根拠があるのだろうかとオリーブは問う。


「という事は、マレイン殿はあの薄青い竜を見たことが?」


「いや、竜の足跡や生活痕が見られるようになったと言うだけだ。ただかなりしっかりとした巣を形成しているようでね、縄張り化しているなら近付くべきではないと、つい最近決まったばかりの場所だったはずだ……」


 それを聞き、オリーブはようやく合点がいったと、自分の知る情報を口にする。


「そうか、竜の生息域が変わったかもしれないと言う話は聞いていたが、そういう事か」


 オリーブは山脈の形状に合わせて描かれた地図の方に指をあて、そこから繋がるいくつかのホールを順に指さす。


「竜の生息場所が変わった理由は、ダンジョンの崩落による内外の変化。それまでサクラの場所に行くために通っていた、大型のモンスターの出ない小ホールで大規模な崩落が起き、ほぼ空間が埋まってしまったのだったか。今は凶暴なグリードボアの生息域を通らなくてはたどり着けないのだろう?」


「ああ、そうだとも」


 そう言うとマレインは最初にローゼルが広げた地図を、一番上に広げる。

 アリの巣のような地図を指でなぞり、幾つかのホールを抜けた先の一カ所を、長い指でトントンと叩く。そこは先ほどオリーブが挿していた場所と同じ場所。


「ここだな。ここを通らないと、どうやってもサクラの場所まではたどり着けない」


 マレインの説明に、セイボリーのパーティーメンバーは特に問題はないと考えているようだったが、オリーブのパーティーメンバーはやや当惑した様子で言葉を交わし合う。


 索敵や探査に長けているが、火力の無いアロエがげんなりとこぼす。


「グリードボアってめっちゃ強い奴じゃんか。あたし苦手だ」


 強度のある相手にはほとんど手立てを持たないので、アロエは実質荷物持ちとして付いて行くのがせいぜいだろう。


 カレンデュラは日数と人員を考え、オリーブに問う。


「この距離という事は数日がかりよね……十二人、サトルを連れ帰る事を考えて十一人ね。グリードボアの生息域を踏破するなら、それなりの人数の手練れが必要として、モリーユではまだ厳しいかしら?」


「いやアンジェリカがいるなら大丈夫だろう。獣のモンスターに関しては、アンジェリカ一人でも十分だ」


 オリーブの言葉に、アンジェリカはそうは言うけどと、厳しい表情。


「数が多いとさすがに一回の戦闘ごとに足止めが精いっぱいよ。グリードボアのスタミナに拮抗しようとすると、私も疲弊するわ。生息域という事は複数回の戦闘もあるのでしょう?」


 ルイボスがあまり気負う必要はないと穏やかに言う。


「サクラの場所へは一般人であるタチバナを連れて行くことも可能でしたからね、グリードボアの生息域以外はそれほど問題はありません。人数がいれば、全員が一度に戦闘という必要もありませんしね」


 クレソンはもう一度ヤロウ山脈の遠景を書いた地図を引きずり出し、一を確認する。


「けどよ、ここは空間があったこともだけど、本来なら竜が降りてくるには賑やかすぎる場所なんだよな。ただ日当たりがいいし、サクラの場所自体は結構緩やかな斜面で開けた場所もある。そりゃあ小型の竜が好んで居座るのも分かる、って場所ではあるが巣までとなるとかなり珍しいだろ……何でここに竜がいるんだろうな?」


 バレリアンもクレソンと同じように地図をのぞき込み考えを口にする。


「ダンジョンの変化のせいでしょうかね? 仮に竜と戦闘になるとしたら、この桜の場所でということになるのか……それは、出来れば避けたいですが」


 サクラの場所での戦闘は避けたいと言うバレリアンに、ルイボスも頷く。

 ルーにはここにサトルが連れて行かれたのは、タチバナとは関係が無いとは言ったが、それでも思い入れのある場所。荒らしてしまう事は心苦しく思うのも仕方なかった。


 しかし、そんな感傷やその場に竜がいるかどうかよりも、サトルの元にたどり着けるかどうかが問題じゃないかとワームウッドが口を挟む。


「今更でしょ。竜の巣については、そこにたどり着けるルートがあるかどうか、以外はどうでもいいんじゃない? 問題は、ルートがあってサトルを助けられると確信できるかどうか、でしょ」


 それは絶対に大丈夫だと、セイボリーが頷く。


「必ず、サクラの場所へたどり着ける」


 誰もがサトルを助けると、心に決めて意見を出し合っていた。


「だったら問題ない。サトルは助けられる、ね、ルー」


 ワームウッドの言葉に、ルーは声を詰まらせながら、お願いしますと頭を下げる。


「……はい、こんどこそ……助けてください」


 大切な人を、二度と失いたくないからと、ルーはボロボロと涙を流した。


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