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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルの危機」
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10・彼らと彼女らの悔恨

 悠々と羽ばたき飛んでいく薄青い姿を呆然と見送り、すっかり羽ばたきの音も聞こえないほどの距離になってようやく、クレソンは叫んだ。


「何で竜があいつを攫うんだ!」


 クレソンの疑問に答えられる者はいない。

 ただルイボスは、バレリアンの傷の処置をしながら、サトルの言葉を繰り返す。


「殺すつもりはない、と彼は言っていましたが……」


 実際に竜はサトルを殺すのではなく、大事そうに抱え連れて行ってしまった。

 ルイボスは自身の得意とする魔法の特性上、戦闘中はほぼ傍観に徹することが多かった。今回もそうあったのだが、それ故にサトルが竜が自分たちを殺すつもりはない、と言っていたことに、異存はなかった。


 竜は突進する勢いのまま人を跳ね飛ばせば、それだけで人間を殺すこともできたのだろう。しかし土塊を飛ばし、風を起こし、自身が直接触れようとはしなかった。

 さすがに切りつけられてはたまらないと、じたばたと暴れる様子ではあったが、尾や前足を振りかぶっての直接攻撃などはなく、一番の怪我をしているバレリアンでさえ、掠めた足の爪で腕が軽く裂けたくらいだ。


 唯一、直接狙われたサトルは内臓に達する怪我をしていたようだったが、それに気が付いた竜が、びくりと身を震わせていたことは、離れていても見てわかるほどだった。


 いったいなぜ手加減したのか、理由は分からないが、手加減されたという事は分かる、そんな戦いだった。

 その理由は何か、ルイボスは自分の考えが及ばないと首を振る。


「分かりませんね。ですが……今ここで殺さないと言う事は、何か意味があるはずです」


 チームの知恵袋でも考えが至らないのなら、まだ情報が足りないのだろうと、セイボリーは戦闘に入る直前の会話を思いだし、ルーに問う。


「ルー、あの異常行動をする個体は、以前も君達を襲ったんだな?」


 セイボリーの言葉にルーは少し困った様子で頷き、すぐに首を横に振る。


「そうなんですけど……以前見たあの竜の行動自体は異常行動ではありませんでした。通常の竜と見比べても、単独行動が多い事や、鱗の色が特殊というだけなんです……異常とまで言えるものではなかったんです」


「先の話では君達の持っていた荷物を狙ったのではなかったのか?」


「そのはずです。実際に私たちは荷物が食い荒らされた跡と、その際に吐き戻した荷物の残骸、一緒に吐き戻されたドラゴナイトアゲートを見つけています。それ自体は異常行動というには難しい話です。少なくとも当時私たちは竜の好物を持っていた可能性が高く、その好物に引き寄せられただけとも考えられるので」


「ではなぜ今回サトルを?」


「分かりません……」


 結局ルーが分かるのは、あの薄青い鱗を竜が特異な個体ではあるが、サトルに目的を定める以外は異常とは言えないと言う事。


「何か……手掛かりになりそうなことは?」


 ルーはまたも首を振る。


「竜の行動には見られませんでした。ただ、サトルさんが竜と話していたことくらいしか」


 しかしその会話の内容を、ルーたちは理解できなかった。


 クレソンが地面に剣を突き立て、歯をむき出して唸る様に愚痴をこぼす。


「お手上げだってのか? 飛んで行ったっ方向はヤロウなのは間違いねえけど、どの嶺か分かんねえ、生きちゃあいるだろうが何で連れてったのかもわかんねえ、分かんねえことばっかじゃねえか」


 サトルを守るためにわざわざ理由を付けて平原迄出てきたはずだった。竜を見たいという言い訳も嘘ではなかったが、半分以上はサトルの護衛がメインのはずだった。


 ダンジョンの異変を解決しうる手掛かりであるサトル、それを今失うわけにはいかなかった。

 それはここにいる誰もが思う事だった。


 話が長くなるようならと、経験が浅いため会話には加われないアロエとモリーユは、周囲を警戒する役割をするため会話の輪から離れる。


 あらためて対策会議をという重い空気の中、アロエやモリーユ以上に経験の乏しいはずのヒースが、おずおずと手を上げた。


「あのさ……」


「んだよ?」


 睨むようなクレソンに、ヒースは申し訳なさそうに手にしていた光を差し出した。

 小さなフォーンフォーンという音がその光から聞こえていた。


「それ! あいつの妖精!」


「だよね! やっぱりそうだよね! 光ってたからもしかしてと思ったんだよ! モーさんの背中にテカちゃんいるし、ダンジョンの妖精の方だよね?」


 クレソンとヒースの叫びに、その通りだと言わんばかりにフォフォンフォフォンと鳴き声を強くする妖精。


「どういう事でしょう? サトルさんは妖精をみんな自分に集まる様にしていたはず」


「指示は聞きくが、それだけでなく自分で考えて動く子たちのようだからね。もしかして攫われる瞬間、サトルから離れたのかもしれない」


 マレインの予想に、やはり妖精はフォフォンフォフォンと激しく鳴く。

 騒がしくなった話の輪に、興味を引かれてかアロエが戻ってくる。


「あ、ほんとだ光ってる。自分でここに残ったの? わざわざ? サトルっちのこと見捨てたの?」


 ヒースの手をのぞき込み問うアロエには、フォーンと低く鳴いて、額に向けて飛び上がる妖精。


「あいた、なんかぺちってされた」


 どうやら額を強かに叩かれたらしく、アロエは自分の額を押さえて一歩下がる。

 見捨てたというわけではないらしい。

 その分かりやすい言動に、ルイボスは思い当たる節があった。


「おや……貴方は、シーちゃんですね?」


 妖精がフォフォーンフォフォーンと肯定する。


 自分には光にしか見えないのにとルーは驚く。


「え、分かるんですか?」


「分かりますよ、この子は他の子に比べて、とても友好的なんですよ。その分意思の疎通も、分かりやすく行動で示してくれるので、好き、嫌い、はい、いいえの簡単な受け答えはできますよ。そうですね、何かこちらからの質問などで、伝えたいことをすり合わせていくといいかもしれません」


 キンちゃんがサトルの質問に、鳴き声の強弱で答えたり、ギンちゃんがサトルの周囲を騒がしく鳴きながらまとわりつく様子を見ていたルーは、それがとても当たり前のように思えた。

 しかし改めて考えてみると妖精たちは、サトルに対しては騒がしいが、ルーたちに対しては一歩距離を置いたような態度だったようにも思う。


 意思の疎通が他の妖精よりも簡単ならば、確かにルイボスの提案する方法で、伝えたいことを聞き出せるだろう。

 何故シーちゃんがわざわざこの場所に残り、自分たちに向けて激しく主張をするのだろうかとルーは問う。


「シーちゃんは何を、伝えたいのでしょうか? サトルさんの事に関してですか?」


 シーちゃんはフォフォフォンと肯定する。


「シーちゃんはサトルさんを助けるのに協力してくれますか?」


 またも肯定。


「サトルさんを探す手がかりを知っているんでしょうか?」


 するとヒースの手の上の光、シーちゃんは浮かび上がり、ひゅうんとある方向に向かって飛び立ち、すぐに戻ってきた。

 その方角は先ほど竜が飛んで行った方角。


「竜が飛んでった方向だ。あっちに何かあるって言いたいの?」


 ヒースの問いに、シーちゃんはフォフォーンと鳴いた後、ヒースの頭に飛び乗り、ヒースの耳を掴んで引っ張った。


「いたた、何? 違うの?」


「もしかして、あっちに引っ張っていこうとしているのかもしれないわ」


 アンジェリカがそう言うと、ヒースの頭上で妖精がフォフォーンと肯定して鳴く。

 それを見てルーが、だったらとさらに予想を立てる。


「もしかして、他の妖精の居場所がわかるのかも! キンちゃんたちはサトルさんと一緒にいるはずです、それを目印に、サトルさんを探せると、そういう事ではないでしょうか?」


 フォフォーンフォフォフォーンと、いっそう激しく鳴くシーちゃんに、ヒースはたまらず耳を押さえる。


「正解のようですね」


「よくわかったわね」


 アンジェリカの少し呆れたような賞賛に、ルーは大きく胸を張る。


「キンちゃんたちが隠れんぼをしているのを見たことがあるのですが、最初から相手の位置が完全に分かるらしく、全く遊びになっていなくて……それは楽しいのか? とサトルさんが呆れていたんですよね」


「ああ、そう言えばそんなことしていたわ。あれ何だったのかしらね?」


 もちろんそんなサトルを見ていたルーとアンジェリカも、呆れた顔で見ていたのだが。


「サトル殿はそれを観察して楽しかったのだろうか?」


 本気で疑問に思っているのだろうオリーブに、ルーとアンジェリカはこくこくと頷く。


「サトルさん妖精だったら一日中見てられるんだそうです」


「あの人ちょっと変なのよね」


「だからこそ妖精にも懐かれると思うんですけど」


 おかげで、妖精たちもサトルのために力を尽くしてくれるのだが。


 すっかり脱線してしまった話を戻すように、ヒースが頭上のシーちゃんと一緒に、竜の飛んで行った方角を指さす。


「それより、居場所がわかるなら、助けに行けるよ!」


 しかし、そんなヒースの頭をがしりと掴んで、クレソンは無理だと断言する。


「行けるわけねえだろ、ぶわーか」


「何でえ?」


「お前あっちって、あっちだぞ?」


 ギリギリと歯を軋らせ、クレソンはヒースと同じ方角を指さす。

 その言葉に、何を知っているのかセイボリー達が一様に唸る。


「竜の巣……ではないわね?」


 ヤロウ山脈のいくつかある嶺の内、竜の巣のある東の峰よりわずかに南西の低い峰、その中腹を指しているように見える。

 遠目に見た感じでは、その嶺はあまり高くないためか、春の気候に雪がすっかっり溶けて瑞々しい緑色をしていた。

 その中腹には花の咲く木が密集している場所があるようで、薄紅に靄がかかったように見える一帯があった。サトルならば桜の群生地があるのだろうと思うような光景だ。


「あの場所に何かあるのかしら? 知ってらして?」


 セイボリー、ルイボス、マレイン、クレソン、バレリアンの五人だけが知るナニカがあるのかと、カレンデュラが問う。


 セイボリー達は渋い顔で視線を交わし、言うしかないのかとため息を吐く。

 代表するようにバレリアンが口を開く。


「あの嶺の中腹にあるのは、竜の巣の縮小版ですよ」


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