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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルの危機」
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9・矯激

 降下をしながら竜は奇妙な咆哮を上げる。


「ぎゅぐううううううううううううう! ゴウ!」


 叩きつけられる質量を持ったような複数の風の弾丸に、サトルたちは弾き飛ばされ地面を転がる。

 頭上からの広範囲攻撃では避けようにも避ける場所が無い。


 散弾銃のようにあちらこちらに風の弾丸が叩きつけられ、サトルも斜め上から頭部を殴られるように、強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。


「っ……!」


 ルーを庇い覆いかぶさっていたサトルは、避ける間もなく直撃し、そのまま地面に転がった。


 倒れたままサトルは考える。

 グラグラと視界が揺れ、こめかみに鈍痛と激痛の両方がわだかまっているようだった。

 額が濡れた感触があるので、何処か皮膚が裂けたのだろうことが分かった。

 眩暈や嘔吐感もある。眼振を起こした時の感覚を以前覚えていたので、それだと分かった。

 脳震盪を起こしているらしく体は動かない。思考ができるのは以前似たような経験があったおかげだろうか。

 とりあえず今は動けない。


「サトル!」


「サトルさん!」


 ヒースとルーが泣き声に近い声で名を呼ぶのが聞こえて、サトルは答える代わりにピクリと指先を動かした。


 サトルの腕にとりついていたキンちゃんとギンちゃんが強く発光し、サトルの傷を癒す。


 キンちゃんたちのおかげで回復したサトルは、すぐに身を起こし周囲を確認する。

 動けるのなら動くしかない。

 何時だっていざという時を考えるサトルだが、竜襲われた時など想定したこともなかった。それでもサトルがこれを災害の様な物と置き換えて、今自分ができることをすることにした。


 ほっとするルーたちの姿が目に入った。


「怪我は?」


「私はありません」


「俺も平気」


 その横でモーさんたちも大丈夫だと言うように、モーっと鳴いて答える。

 サトルは決心すると、荷物を括り付けるためのモーさんの腹帯を掴んで引き、明後日の方向へと駆け出す。

 モーさんは一瞬驚いたようだったが、サトルの考えを察したのか、ルーたちから離れサトルに従った


「サトル!」


 突然のサトルのでたらめな逃走に、ヒースが驚き叫ぶ。

 駆けだしたサトルを、ワームウッドが無言で追いかける。


 サトルは行くべき方向は決めているとばかりに、振り返ることなく走る。


 サトルの走る先は草丈が短くなっている安全地帯の外。

 ルーが叫ぶ。


「サトルさん! そちらは駄目です! ダンジョンの上から出てしまいます!」


 しかしサトルは振り返らない。

 ならばと、サトルを追ってオリーブが走り出す。遅れてクレソンとバレリアンも、サトルを負う。

 その上空を影を落としながら竜が過ぎた。


「来るな!」


 振り返り叫んだサトルの真上には、薄青い鱗の竜。竜はサトルへと前足を突き出し降下してきていた。


「こいつの狙いは俺たちだ!」


 サトルが竜を見上げれば、竜はまっすぐにサトルを見返した。深い黒い瞳。その奥にはまるで遠い宇宙のような星雲のきらめきがあった。

 息をのむほど美しい瞳に、サトルは動きを止める。

 太い前足が、サトルの肩を掴み、鉤爪が食い込む痛みにサトルは呻いた。

 それでも言わなくてはいけないことがあると、サトルは掴んでいたモーさんの腹帯を離し、妖精たちに指示を出す。


「皆、一斉に光れ!」


 目を閉じていても瞼越しに感じる眩さに、サトルはたまらず顔を覆う。それは竜も同じだったようで、サトルを掴んでいた前足が離れると同時に、竜は地面に墜落し悲鳴を上げた。


「グギャ!」


「うっ……」


 とっさに体を倒し、直撃を避けるも、完全には逃げられなかったサトルは、竜が地面に放り出した翼の下敷きに。

 学生が体育で使うマットよりも重い皮膜が覆いかぶさり、サトルは身動きが取れなくなってしまった。


「無茶をするな馬鹿!」


 ワームウッドがためらいなく竜の下敷きになったサトルを引きずり出そうと近付くが、竜はすぐに身を起こし、翼の下敷きにしていたサトルの上に、前足を落とした。


「ぐあ……」


 子供が無邪気に小動物を潰すように、サトルの体のもろさなど気にしないかのような無造作な仕草。サトルは自分の骨が折れる音を聞きながら、失敗したなと自嘲する。


「サトルさん!」


 師う子を混濁させるほどの激痛に、サトルは音にならない悲鳴を上げる。

 ゴボッと空気交じりの吐血をするサトルに、ルーが悲痛な声で名を呼び駆け寄ろうとするが、とっさにヒースに抑えられる。

 サトルの吐血に竜も驚いたのか、びくりと体を震わせる。


 だが骨折や内臓の傷は問題ない。八匹の妖精たちが一斉にサトルに群がり、傷を癒す。

 疲れは残るがサトルはよほどの致命傷でもなければ、すぐに命を落とすと言う事は無いようだった。


 未だ竜の前足はサトルの上にあったが、サトルは息苦しい中必死に妖精たちに伝える。


「キンちゃん、ギンちゃん、みんな俺から離れないでほしい! モーさんは逃げるんだ、ルーを守ってやってくれ」


 モーさんはサトルを竜の前足の下から救い出そうと、必死に服を噛み引いていたが、サトルの言葉に従い口を離す。


 しかしそれはサトルの言葉を納得してではなかった。

 モーっと力強く鳴き竜の前足に体当たりをくらわせるモーさん。

 モーさんに合わせるように、追いついたオリーブが斧を振るった。


 さすがにそれは無傷では済まないと感じたのか、竜が何度目かの咆哮を上げる。


「るううおおう!」


 叩きつけられる風に、オリーブは尻もちを着くように倒れる。

 遅れて駆け寄っていたクレソンとバレリアンも、膝を折り顔を覆って突風を耐えしのぐ。


「やめろ!」


 サトルの叫びに、竜がサトルを見下ろした。

 まるでサトルの言う言葉の意味を理解しているかのようだった。


 ずっと感じていた、竜のこの目を合わせ、何かを訴えてくるような仕草。

 サトルは淡い希望を抱きつつ言葉をかける。


「やめてくれ、俺はもう抵抗しないから。あんた……もし俺の言葉が分かるなら、他の奴らには手を出すな……」


 サトルの言葉に竜は「ぐおう」と唸るった。

 それが肯定か否定か分からないが、竜の前足は、サトルを掴み上げた。


 知らない言語を同時翻訳する不思議な力をもってしても、竜の訴えたいことは分からない。しかし、竜はサトルの言っている言葉だけは完全に理解しているようだった。


「サトル殿!」


 あわてて立ち上がるオリーブに、サトルは待ったをかける。

 掴み上げられ、不安定な態勢で必死に竜の足に縋りながら、サトルはオリーブを説得する。


「動くなオリーブ! こいつはすぐに俺を殺すつもりはない、はずだ」


 根拠はなかったが、確信はあった。掴み上げられて気が付いたが、竜はサトルを握り潰すのではなく、サトルを傷つけずに掴み上げるのに最適な、力の加減に苦労しているのが、触れた指の動きから感じられた。


「だが、ならばなぜそいつは我々を襲った!」


 オリーブの問いにサトルは答えられなかった。

 ただ理由がわからなかったのではない。竜が大きく翼を広げ飛び上がったのだ。


 両の前足で、まるで宝物でも持つかのようにしっかりとサトルを抱え上げる竜。

 ぐんぐんと地面が離れていく恐怖に、サトルは引きつった声で「うそだろ」と呟く。


「おい、待ってくれ、お前俺をどうするつもりなんだ!」


「ぐるう、ぐるぁお」


 サトルの問いかけに応える竜。やはり何を言っているかはわからない。

 サトルは嘘だろうと繰り返し、竜の前足に必死でしがみつくしかなかった。


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