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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルの危機」
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8・暴威

 サトルたちを襲う薄青い竜は、パッと見た体のバランスは白鳥のようにスリムで、アオサギのような羽冠を持ち、後ろ脚は野生の兎のように逞しく長い。

 一見すると優雅なシルエットだが、しかし、それは遠目に見ている時の印象。

 こうして近くで襲いに来るその姿は、まるで振り回される長剣の刃のような鋭利さだ。


 走って逃げるには足元が悪く、突進してくる竜を、転がりながら避けるイボリーとオリーブ。

 クレソン、バレリアンは突進の範囲外だったので、身を低くしやり過ごしていた。


「るううおおう!」


 先ほどよりも短い雄叫び。しかし吹き付ける風の強さは先ほど以上。


 竜の魔法で吹き付ける風は、サトルの体感で言うなら、大型の台風で車が揺らされる時の風ほどの強さ。

 ただでさえ耐えることも難しい強風で、更に足場迄崩されていては、セイボリー達もろくに動けはしない。

 辛うじて転倒を避けたとしても、手にしている武器を手放さないよう、膝を突き身を低くするのが精いっぱいだろう。


 風が止むのを待ち、クレソンが立ち上がる。


「んだよさっきの風は! どうすんだ旦那! 逃げるか?」


 クレソンの問いにセイボリーは逃げる余裕はないと答える。


「迎え撃つ、マレイン!」


 名を呼ばれ、地面に伏せていたマレインが立ち上がる。確認しセイボリーは指示を出す。


「あわてるな、建て直せ。相手は一匹、正面しか警戒できないはずだ。クレソン、バレリアン、後ろは気にせず行け!」


 真っ先に飛び出していったのはバレリアン。


「右に回り込みます!」


 次いでクレソンが後を追う。


「っるっせえ! だったら俺は左に行ってやる! 俺が先だ!」


 走りだした二人に竜はどちらを迎撃するべきかと迷うように視線を左右に揺らす。

 再び魔法を使おうというのか竜が息を吸い込んだ。


 竜の咆哮よりも一瞬早く、マレインが魔法を放つ。


「赤の契約の元マレインが命じる! 踊る業火の約束を示せ!」


 赤い光が竜の眼前で弾け、竜の視界を覆うように広がった。突然の炎に竜は驚いたように身を返す。

 竜は吸い込みかけていた空気を吐き出し、前足で喉元を掻くどうやら炎で焼けた空気を吸い込んだらしい。

 はじけた炎が消える寸前に、サトルは叫んだ。


「レオナルド! マレインに力を貸してやってくれ!」


 消えかかった炎に勢いが戻り、再び竜に降り注ぐほどの火が燃え上がる。


 喉を焼かれた痛みからか、竜がギュギギィとでたらめに引いたコントラバスのような声で呻く。

 それが隙と見てか、バレリアンが竜の後ろ脚に切りかかる。

 回り込みクレソンも同じ位置に切りかかった。


「っちくしょ、てめえ一番槍は先輩に譲れよな!」


「貴方がのろのろしてるのが悪いんですよ」


 悪態を吐き合いながら、二人は竜の後ろ脚に切りかかるが、竜もいつまでもそこばかり狙わせるつもりはないのか、前足を地面について後ろ脚を蹴り上げた。

 馬の蹴りでさえ人間の骨は簡単に砕ける。十トントラックほどもある竜の体重を支える脚の蹴りなど、まともに食らっては生きていられないだろう。

 跳ね上がった脚から逃れるために、二人は大きく退いた。


 距離を取りつつも、今だ長剣を構え続ける二人。竜は二人への警戒を解くことが出来ずギュイギュイと唸る。


 ここまで、マレインが魔法を打ち出してからほんの十数秒。


 ふはっと、マレインが空気を吐き出し、喉を鳴らして笑う。


「はは、他人の魔法の威力をあげるだって? でたらめだな。だが有難い」


 とんでもない物を見せてくれるとやけに上機嫌なマレインに、サトルはだったらと問う。


「ってことは、水と氷も上がるのか?」


 マレインは苦々しく答える。


「上がるだろうが俺は氷は使えないぞ、あれは特殊技能みたいなものだ」


「どういうことだ?」


 竜から視線を逸らせないマレインの代わりにルーが説明する。


「氷の魔法を使える魔法使いは少ないんです。氷の魔法は、そもそも氷を理解できないと作れないんです」


「理解する?」


「触れたり、観察したりです。感覚的に理解できてようやく魔法の構築に至るんですよ。そして攻勢魔法は自分で構築したものしか使うことが出来ないんです。人によってイメージや理解の形は違うんです。だから普通は他人の魔法を勝手に増幅なんてできないんですよ」


 それはつまり、氷を観察し理解さえすれば、マレインでも氷の魔法が使えるようになるかもしれないという事だろう。


 マレインの魔法を増幅してみてわかったのだが、自分で精霊魔法を使うよりも、人の魔法を増幅する方がサトルにとって負担が少なかった。

 これは是非ともマレインに氷の魔法を習得してもらおうと、サトルはひそかに思った。


「帰ったらまたアイスクリーム作るか」


 マレインが次の攻撃に移らないからか、竜が警戒し、クレソンとバレリアンに再び攻撃を加えようと足に力を籠めるのが見て取れた。


 不意にアロエが叫んだ。


「クレソン! バレリアン! 逃げなきゃ死ぬよ!」


 次の瞬間、モリーユが魔法を放っていた。


「赤の契約の元モリーユが命じる! すべてを焦がす灼熱よ輝き弾けて降り注げ!」


「レオナルド! モリーユに力を!」


 先ほどとは違って、花火を直接浴びせかけるような、はじける光が竜の周囲を覆った。光の色ははじけた瞬間の赤から金に近い白へと変わっていく。伝わってくる空気が熱く乾いていることから、先ほどよりもより高温なのだと分かった。

 サトルの補助により魔法はより威力が上がり、ナイアガラという花火の様なありさまだ。


 クレソンとバレリアンが、考え無しにやるんじゃないと抗議の声をあげながら引き返してくる。


「いやはや、本当にでたらめな力だな」


 マレインは感嘆しながら、サトルの方へと下がる。補助を得られるなら近くにいた方がいいと考えたのだろう。

 モリーユもまた、アロエに連れられサトルの傍へ。

 強力な魔法というのは一回一回がよほど消耗するのか、モリーユは息が上がっているようだった。


 モリーユの息が整わない様子から、次に魔法を放つとしたらマレインだろう。

 これならばとサトルは思ったが、降り注ぐ光越しの竜の影は、身を丸めるばかりで変化が分からない。


「怯んでくれないものか……」


 光が消えた瞬間、竜は大きく翼を広げ、自身にまとわりつく熱い空気を振り払った。


 これ以上火を食らってはたまらないと考えてか、竜が地面を蹴り飛び上がる。

 物理法則を完全に無視した動きで、泳ぐようにぬるりと空中を舞う竜。

 頭上二十メートルほどから、サトルたちを警戒するように見下ろし、ギィギィと不機嫌そうに唸る。


 まるでダメージを受けた様子の無いその姿に、クレソンがあれだけの炎だったとにと悔しがる。


「無傷かよ!」


 しかしバレリアンはよく見ろと、竜を指さす。


「いえ、鱗が白く濁っています!」


 上空に逃げるくらいには、その身にダメージがあるのだろう。

 炎がこれほど効くのなら、希望は十分あるようだ。


「マレイン、モリーユ、ありったけを叩きこめ! サトル! 二人の援護を! 他の者は各自攪乱と三人を守れ!」


 セイボリーの声にしたがい、それぞれが動く。

 それを待っていたかのように、竜は突然の降下を始めた。


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