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コウジマチサトルのダンジョン生活  作者: 森野熊三
第十話「コウジマチサトルの危機」
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7・特殊個体

 サトルは頬を引きつらせつつルーに問う。


「特殊個体って、もしかしてあの薄い青色の?」


「分かるんですか?」


「いや……妖精が、反応してるから」


「え!」


 サトルの言葉にルーのみならず、その場にいた全員が、モーさんを振り返る。

 急に視線が集中し、モーさんはびっくりしたようにウモーと鳴いた。しかしその背の妖精たちは普段と変わらぬ様子。


「私たちには何も聞こえないが?」


 オリーブが本当に反応しているのかと問えば、サトルは左手を掲げ、発光するキンちゃんとギンちゃんを見せる。


「凄く鳴いてるし、それに……興奮してるのか、妙に発熱してるんだよ」


 じりじりと白熱電球で炙られるような熱さを感じつつサトルは答える。額にはうっすら汗がにじむほどだ。


「そういやサトルっちめっちゃ汗かいてる」


 だいじょぶ? とさして心配でもない様子でアロエは問うが、サトルは冗談でも大丈夫とは言えなかった。


 ふっと、クレソンがサトルから視線を外し、サトルが指した薄青い竜に視線を向ける。

 とたんクレソンの親耳の毛が逆立ち、ピンと天を指す。


「どうしたクレソン」


 セイボリーがそれに気が付き、何か起きたのかと問う。

 答えるクレソンの声には、警戒の色が濃くにじんでいた。


「なあ、その水色の奴、こっち見てねえ?」


「見てますね……」


 ルーはごくりと唾を飲んで答える。


「あの……多分あの水色、というか、薄い蒼の鱗の竜、私がサトルさんと一緒の時に、襲われた奴」


 ルーの言葉が終わるかどうかのうちに、薄青い鱗の竜が、ゆるりと伸びをするように立ち上がった。

 完全にサトルたちの方を向き、近付くように足を動かしている。


 セイボリーが草むらから立ち上がり指示する。


「構えろ」


 数歩前に出るセイボリー、それに無言で従うオリーブ。

 左右に広がるようにクレソンとバレリアンが並ぶ。


「オリーブ、クレソン、バレリアン!」


「はい!」


「おう!」


「ええ」


 確認を取るセイボリーに即座に答えが返る。


「下がってマレイン、アロエ、アンジェリカ、モリーユ」


 マレインはセイボリーの真後ろに、アロエ、アンジェリカは少しずれて視界を確保し、モリーユはアロエとアンジェリカの後ろに着いた。

 魔法を使う人間は無防備になりがちゆえの配置なのだろう。

 自分たちの立ち位置はこう、と、事前に決めているかのようなスムーズさだったが、これは現地での足場の確認をしてからの事だったので、実際には打ち合わせはなかった。


 最後にセイボリーはちらりとサトルたちを振り返る。


「残りは後方で待機。すぐに逃げられるように腰は上げているよう」


「分かりました」


 頷きサトルは腰を上げる。

 モーさんとルーを自分の後ろにかばうようにしながら、更に後方も確認する。

 ワームウッドとヒースも非戦闘らしく、サトルと一緒にルーを守る位置に立つ。


「……セイボリーさん、凄いな」


 完全に警戒態勢が整ったのを見て、サトルが呟けば、ヒースが興奮した声で返す。


「かっこいいよ! 惚れるよね!」


「そこまでいかんが……憧れはする」


 セイボリーが注意を促すよう声をあげた。


「来る!」


 竜が、恐ろしくゆっくりとサトルたちの方へと歩き始めた。

 遅い歩みを表す牛歩と言う言葉が有るが、大きな巨体がのそりのそりと左右に肩を揺らしながら歩くさまは、牛というよりも象に似ていた。

 だからこそサトルは震える。象が本気で怒りを覚えた時、象は車を押しつぶし、木造の建物くらいであればその鼻で平気でへし折り、竹製であれば熊手やベンチでさえも美味しい美味しいとバリバリ食べてしまう事を知っていたからだ。


 思いの外ゆっくりと歩み寄ってくる竜に、セイボリーが困惑の声をあげる。


「遅いな……」


「でも滅茶苦茶目が合うぞ旦那」


 クレソンもどうすれば正解なのか分からないと、手にした長剣の切っ先を下げる。


 バレリアンがルーへと振り返り問う。


「竜がこんな行動をとることはよくあるんですか?」


 バレリアンの問いにルーはきっぱりと答える。


「ありません、だから特殊個体なんです」


 それならばとセイボリーも問う。


「特殊個体と断定すると言う事は、定期的に特殊な行動を観測していると考えていいだろうか?」


「はい。見かけるようになったのは、私一人でここに来るようになって以降です。けど今まで目が合ったのは、サトルさんと一緒の時だけ。でも他の竜よりも、大分離れたところで一匹で行動しているので、よく目についていました。周辺を見渡すように首を伸ばすことをよくしていたので、見張りのような行動をしていると思っていたのですが……ああして他の竜とは違って、時折周辺を探る様に散策をします。体が軽いようで、こうした安全地帯近くにも平気で近付いてきます。視力がとてもいいようで、時折橋の方を見ていることがあります。人間に興味を持っているのか、橋の上に人がいると、高確率でそちらを見ます。商隊の馬車などにも興味を示します。こんな風に近づいてくるのは半年観観察して、まだ二回目です」


 今まで動きに特異性はあっても、ルーに近づいてくる事は無かったいう。

 自分が一緒にいる時だけなんだなとサトルは理解し、嫌な想像を口にする。


「妖精が反応するってことは、異常行動のモンスターと同じかもしれないんだな?」


「可能性はあります。でも、以前追われたときは、ダンジョンの上には来ませんでした」


 サトルの言葉でその可能性に気が付いたらしく、ルーは毛を逆立て、冷や汗を流しながら何度も頷く。

 セイボリー達もモンスターの異常行動が、もしかしたら妖精と関係があるかもしれない、という話は聞いていたので、そのやり取りを聞き再び身構え竜を注視する。


 サトルたちの緊張に気が付いたのだろうか、ゆるゆると近付いて来ていた竜が、突然甲高い咆哮をあげた。


「ひゅううううううううううううううう」


 まるで虎落笛のような甲高い音が、鼓膜を揺らし不快な眩暈を引き起こした。

 サトルやルー、ヒースはその音にガクリと膝を折るが、セイボリー達は顔をしかめるだけで耐えた。


「何だよ今の……」


 クレソンがそう呟いたとたん、その足元の土が吹き上がった。

 クレソンはバランスを崩し倒れるも、とっさに柔道の受け身に似た動きで前方へと転がり、吹き上がる土塊から逃れた。


 クレソンの足元ばかりではない、セイボリー達が立つ地面の所々が、同じように吹き上がり、セイボリー達に土塊を浴びせかける。


 攻撃力と言えるほどの物はないが、足場を崩し、視界を遮るその土塊に、セイボリー達は陣形を崩し散り散りに。


 マレイン達後衛も、吹き上がる土塊に巻き込まれてはかなわないと、逃げるように散開した。


 通常ではありえない吹き上がる土を、クレソンは魔法だと断言する。


「何だよ! あいつ魔法使いやがる!」


 クレソンの言葉に同意らしく、マレインも苦々しく舌打った。


「くそ、土の魔法とは相性が悪い」


 想定していなかったと慌てる姿を見て、サトルはルーに問う。


「竜って魔法使うのか?」


「使う個体もいると言う話は聞いたことがあります。そもそも竜と対峙した人間の話自体が少ないんです! もし出会ったら、その場で死ぬのが常なので、話しが残らないんですよ!」


 確かに魔法を使われたとしても、その目撃者が死んでしまうのでは、話しが残りはしないだろう。

 しかしこの竜は魔法を使う。それは確実だった。


「るうううううううううううおぉおおおおおおお」


 再び竜が吼えた。

 今度はトランペットの高音のような、小刻みに震える音。

 何が起こるのかと身構えたサトルたちに、立っていられないほどの突風が吹きつけた。


 崩された足場では踏ん張りも聞かず、無様に転がるセイボリー達。

 どうやら竜は最初からそれが目的で、土を噴き上げていたらしい。


 竜が動く。

 先ほどの牛輔は何だったのかと思うほどに、力強く足を動かし、地面を揺らしサトルたち一向に向かい突進する。

 サトルは悲鳴を上げることもできず、ただただルーを守ろうと、その身に覆いかぶさった。


 妖精たちが激しくフォンフォンと鳴きだした。他の妖精が近くにいる時の反応だ。

 やはりあの薄青い竜は、妖精と関係があるのだろうとサトルは確信した。

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